幽霊タクシー

お題:オリジナル/くろひつじ一松十四松小説

 夜遅く、一松と十四松の二人は、近所のコンビニまで行った帰り道だった。
 ジュースとお菓子をそれぞれ買って、アイスを食べながら歩いていた。
 いつもと変わらない景色。
 月も出ておらず、慣れた道だから懐中電灯など持たず、街灯の明かりだけで歩いていた。
 いつもと違うといえば、夜だというのに、濃い霧が出ていたくらいか。
 少し視界は悪いが、知った道。多少見えずとも家くらい辿り着ける。そのつもり、だった。

「ねぇ、兄さん」
「んー?」
「ここ、何処なんだろ?」
「うん……」

 いつもなら、辻に突き当たり、そこを右に曲がり、更に行った辻を曲がって道なりに行けばいつもの玄関が見えるはず。
 しかし、いくら歩いても、最初の辻に辿りつかない。
 おかしい。
 もう数十分は歩いている。
 いつもならとっくに家に着いているはずだ。

「何処だろうな……」

 霧の漂う辺りを改めて見渡すと、コンクリートの塀だらけのはずが、どうにも見慣れない風景に変わっている。
 よくよく目を凝らせば、低木の垣根の向こうは、墓石だらけの墓地である。心なしか空気も冷たくなって、半袖では少し肌寒い。
 どうしたものか、と思いつつ歩いていると、霧の向こうから、キラリときらめく丸い光が二つ。車のヘッドライトのようだ。

「……道、聞いてみようか」
「そっすね!」

 何処なのか分からないが、この車を見送ると、家に帰れない気がした。
 十四松が道の真ん中に出て、ブンブンと腕を振り回す。向こうは気付いてくれたようで、減速したのち、近くに停車してくれた。
 よくよく見れば、車の屋根には小さなランプ。タクシーだ。
 後部座席のドアが開き、中からどうぞーと声が聞こえた。少々申し訳なく思いながら内を覗く。運転席の方から、少々白髪の混じる壮年の運転手が制帽をかぶって此方を見ていた。

「あ、すみません、客じゃ、なくて……」
「迷子なんで、道教えてください!」
「迷子?」
「はい、あの、信じてくれなくても良いんですけど……、その、気付いたらこの辺にいて……、えと、え、駅とか、近くにあれば道を教えて欲しいんです、が」

 他人と話すのは苦手だが、弟の手前もあって、一松は何とか説明をする。すると、運転手は少し驚いていたが、なるほど、と頷いた。

「じゃあ乗りなさい。ここから駅までは随分あるし、送ってあげよう」
「あ、でも、おれたち金が……」
「いいよいいよ。この時間にこんな山奥にいるなんて、なにかしらあったんだろうしね」
「ありがとうございます」

 タクシーが雲の中を突き進むように濃い霧に包まれた山道を下っていく。坂道だという実感はなかったが、しばらく乗っていると、なるほど、緩やかな下り道だ。

「君達双子なの?そっくりだねぇ」
「えぇ、まぁ……」
「しかし、災難だったね。家はどこなの?」
「赤塚区だよ!」
「なるほど、隣の区だね。それなら駅まで行けば大丈夫そうだね」
「ありがとうございます」

 運転手はなかなかのおしゃべりで、放っておいても一人で喋るタイプだろうか。

「あんな山奥の墓地のそばにいるから、てっきり幽霊かと思って、おじさん心配だったんだよね」
「やっぱりタクシーだと幽霊乗せたりするの?」
「ああ。そんなにしょっちゅうではないけど、やっぱりそういう体験は多いよ。
 ちゃんとのせたハズなのに、お客さん居なくなってたり、墓地の近くで車止めて仮眠取ってたら、鍵かけてるはずのドアが開きそうになったりね」
「ひぇ〜!」
「そういう話って、運転手同士で話したりするんですか?」
「まぁたまにね。話してるとほら、その場所に呼ばれたり、寄ってきちゃったりするから。情報交換として話すことはあるけどね」

 タクシーという仕事柄、やはりそういう体験は多いのだろう。
 いつだったか、そういうタクシーの運転手が心霊スポット巡りをしてくれるツアーが話題になっていたことがあった。

「そういう体験したときって、どうしてるんですか?」
「見たり聞いたりしたら、何もしないのが一番さ」
「何もしない?」
「そ。見たり聞いたりしても、反応しないの。スルーしちゃった方がいい。
 無闇に反応するとね、気付いてくれたって思って、ついてきたりね、あれこれしてきたりするからね。
 ”御見送り”っていうんだけど、これが一番良いよ」
「へー」
「さ、着いたよ」

 気付けば、タクシーは小さな駅のそばに停車していた。
 駅名を見れば、自宅のある最寄り駅から3〜4駅ほど離れた駅だ。
 まだ終電までは時間があるはずだが、なんだか駅が異様に暗い。入り口からほど近くに自動改札が見えたが、その辺りくらいしか電気が点いていない。
 周囲を見るとちょうどガード下にいるようだが、それにしたって、人通りもなければ、明かりもまるで真夜中であるかのように暗い。駅も含め、その周辺が濃い灰色だけで描かれた絵画のようにしんと静まりかえっていた。

「お代は結構。気をつけて帰りなさい。今度は迷わないようにね」
「はい」
「ああ、そうだ。タクシーを降りたら、駅の中に入るまで振り向いちゃダメだよ」
「え?」
「いっただろう?”御見送り”、だよ」

 にっ、と歯を見せて笑う運転手の顔は、制帽の影でどんな表情をしているのかよく分からなかった。
 言われた通り、タクシーを降りると、後ろ手にドアを閉め、駅に向かって歩き出した。
 しかし、やはり気になって、振り返りそうになる。

「にーさん、ダメでっせ」
「……うん」

 隣に立つ十四松に制された。相変わらず口は開きっぱなしだが、十四松は猫目で駅の改札の辺りを凝視して、振り返りたい衝動を抑えているように見えた。
 ぐっとこらえて、アーチ状になっていた駅の入り口をくぐる。
 すると、辺りの灯りがポツポツと光り始めた。そして、ボリュームが少しずつ大きくなってくるかのように、人の話し声や駅のアナウンスなどの喧噪が耳に聞こえ出す。
 気付けば、終電も近くて少しざわついた、なんの変哲もない駅に立っていた。

「これは……」
「どうなってんすかね……」

 二人して後ろを振り返ると、そこにはタクシーの姿はなく、違法駐車の自転車が数台並んでいるのしか見えなかった。

「帰ってきた、のか」
「みたいっすなぁ」

 理由もきっかけも分からない。
 ただコンビニに行っただけだったのに、余計な電車賃が掛かるのがなんだか腹立たしい。

「……帰るか」
「あいあい!」

 そうして、切符売り場へ足を向けようとした時、ちょうど二人の間のすぐ後ろから、

「ご乗車ありがとうございます。お憑かれさまでした……」

 あのタクシー運転手の声がした。
 二人して同時に振り返るが、やはりそこには誰もいなかったのであった。

↑ ページトップへ