異世界に行く方法

お題:異世界に行く方法/くろひつじ一松十四松小説

 夢だと思いたいんだけど、おれはその真実を弟に聞くことが出来ないままでいる。

 * *

 その日、家には誰もいなくて。ただただ暇を持て余していた。
 ニートで他の兄弟みたいに好きなこともないし、はやく来世にならないかなって思うくらい。
 暇だから家の中にある雑誌をあれこれ読んでいたんだけど、押し入れに誰のか分からないけど妙なオカルト雑誌が仕舞われているのを見つけた。
 今思えば、なんでそんなオカルト雑誌がうちにあるのか不思議だったし、あの後いくら探しても出てこないから、きっとそういう何かに呼ばれていたんだろうと思う。
 おれはそのオカルト雑誌に載っていた『異世界に行く方法』を試してみようと思ったんだ。

 その異世界にいく方法はカンタンなものだった。
 紙によくある図形を組み合わせた魔法陣みたいなヤツを描き、その中心に『飽きた』と書く。その紙を枕の下に入れたり、握ったりして、寝るだけ。

 小難しい手順は要らないし、時間の指定もないから手軽だしいいな、と思った。
 なにより一番必要な条件である『今の世界に本当に飽きていること』を十二分に満たしていると思ったのだ。
 体験談を読むと、寝ている間に真っ黒なお迎えが来て、魔法陣みたいなヤツを描いた紙を切符として連れて行ってくれるらしい。
 真っ黒なお迎えというのがちょっと怖いけど、暇つぶしにはちょうどいい。
 家に誰もいないのを確認して、切符となる魔法陣をつくり、その紙を枕代わりのクッションの下に置いて、ソファに横になった。
 しばらくして、何をやってるんだろう、という気持ちになってきた。
 雑誌の言葉を真に受けて、少しばかりでもワクワクしながらこんなことをやって。

 バカらしくなってきた……。
 何が起きるわけでもない。
 アホらしい。

 そう思って、身体を起こそうとした、次の瞬間、
「うわわわ……!」
 ガクガクがたがたと部屋の中が大きく揺れ出し、ソファから振り落とされそうになった。
 大きな地震だと思って、必死でソファにしがみついたけど、周りの本棚も壁に掛けた額縁も全く揺れていなくて、おれとソファだけが激しく揺れているのだと分かった。
 いったい何が?そう思っていると、部屋の隅からじわじわと真っ黒い闇が広がってきた。影とかじゃない、見たこともない、本当の真っ黒。それはゆっくりと辺りに広がって、まるでおれを飲みこもうとしているようだった。
 おれは恐ろしくて思わずぎゅっと目をつぶった。
 目を閉じてしばらくすると、あんなに激しかった揺れがおさまっている。
 それに気付いて、そーっと目を開けると、辺りは全く違う世界になっていた。

 * *

 自分達の部屋だったはずの場所は、みたことのない植物だらけの世界になっていた。
 シダ植物にも似ているが、色がパステルカラーでカラフルな色をしていて、頭がおかしくなってるのかと錯覚する。
 とりあえず探検してみるか、としばらく歩いてみると、植物だらけの場所から出て、辺りが開けた。遠くに小高い山々が見えたが、見たこともない風景だった。
 すぐそばにトンネルのようなモノがあって、そこに掲げられた看板には、文字と思われる見たことがない記号のようなものが描かれていた。トンネルの外と中をさす矢印のようなものが描かれていたから、きっと行き先かなにかが書かれているんだろう。

 本当に、異世界にきたのか?

 見渡す限りカラフルな自然の世界。
 空から釣り下がる木々に、芋虫が巨大化したような変な生き物も見た。
 もちろんおれは麻薬なんてやっていない。
 でも、眠り落ちた記憶はない。
 あの真っ黒な何かに覆われたことしか覚えていない。

 異世界って、あるんだ。

 なんだか実感がなかった。
 変な夢でも見ている気分だ。
 せっかくだ、夢でもなんでもいい。
 暇つぶしに散策しよう。

 そう思って、トンネルに背を向けて歩き出した。
 すると、トンネルの中から、ぺたぺたぺたぺた、となんだか聞き覚えのある音がしてきた。
 なんだっけ、この音。
 もといた世界ではよく聞いた、ような。
 ああ、そうだ、これは確か十四松の足音だ。
 振り返ってトンネルの方を見やると、予想通りの顔がみてきた。

「……十四松」
「あ、一松にーさん、みーっけ!」

 口をぱっくり開けて、焦点の定まらない目で笑う、一つ下の弟・十四松。
 袖の伸びきった黄色いパーカーに、成人男性らしからぬ半ズボンに白靴下、そしてお気に入りの黄色いスリッパ。
 紛れもなく、十四松だった。

「え、なんでお前がここに?」

 夢ならまぁ分からんでもない。
 普段から一緒にいるから、日常的な夢の中で会うことはあった。
 しかしこれは夢ではない。
 一人で異世界に来たはずだから、こいつが現れるはずはないのだ。

「え?迎えにきたー」
「むか、え?」
「そ。にーさんてば、一人で変なとこ行っちゃうんだからさー」
「いや、え?」
「さ、帰りやしょーぜ!」

 ニコニコ笑う十四松が手を引いて、トンネルの中へ行こうとする。
 しかし、おれは自分の意志でこっちに来たのだ。

「い、いやだ!」
「え」
「帰らない」
「えー?なんでー?」
「そっちの世界は、飽きた、から……」
「まじっすかーへこみ〜」

 十四松が心底しょんぼりしてうなだれる。
 その様子に少しばかり心が痛んだ。
 元の世界に戻ったって、ニートでただ時間を浪費するだけの毎日だ。そんな場所で暇に殺されながらだらだらと過ごすのはもう飽きてしまった。かと言って、面倒な就職活動をして、働いて生きたいとも思わない。
 何も知らないこの世界が楽園だとは思わないけど、まだマシな気がした。

「兄さんがこっちに残りたいなら、無理にとは、言えないけど……」

 十四松がしょんぼりした顔で、おれの手をぎゅっと握って、

「兄さんがいなくなったら、さみしいっす」

 そう言った。
 そう言われて、おれは気付いた。
 元の世界にあって、こっちの世界にないもの。
 自分と同じくらい、クズなニートの兄弟達。
 そうだ、こっちに残ったら、会えなくなるんだ。
 おれはなんて単純なことを忘れていたんだろう。

「……十四松」
「あい」
「かえろっか」
「あい!」

 十四松が嬉しそうに笑うので、おれも思わず顔がほころんだ。
 元の世界に帰るには、このトンネルを通ればいいらしい。
 なぜ十四松がそんなことを知っているのかは、追求するのはやめた。たぶんきっと、おれには理解出来ない。

「十四松」
「なんでっしゃろ?」
「帰ったら、野球やろっか」
「まじっすかー?!やったぁ!!」

 トンネルを進むと、その先は真っ暗だった。一寸先も分からないくらいの。
 来た時にみた、あの真っ黒な何かを思い出す。
 おれはぎゅっと目をつぶって、その中にゆっくりと溶け込んでいった。

 * *

 はっと気付いて目を開くと、いつもと変わらない部屋の真ん中で仰向けで寝ていた。
 ソファにいたはずなのに、転がり落ちたのだろうか。
 こうして現実に戻ってくると、あれは全て夢だったような気がする。
 いや、たぶん、夢だったんだ。
 気付けばすぐそばで、十四松がぐーすか眠っていた。

「十四松、起きて」
「んぁ。一松にーさんおはよー」

 寝ぼけて目を擦りながら、十四松が目を覚ます。

「お前、いつから寝てたの?」
「えー?わっかんない!」

 時計を見れば、横になった時から30分も経っていない。結構時間が経ってたようにも感じたけど、所詮は夢か。
 十四松がうーんと伸びをして、あ、そうだ!と跳ねるように立ち上がる。

「一松にーさん!やきう!やきうしよ!」
「えー……」
「約束したじゃないっすかぁ!」
「っ!」

 夢で行った異世界でした約束を、なんでお前は知ってるんだ?

「さ、いきまっせー!」

 にっこり笑う十四松は、さっそくバットを担いで玄関へと向かう。
 部屋を出る前に、ソファの上に枕代わりに置いたクッションの下を覗いたら、あの魔法陣を描いた紙がなくなっていた。

「にーさんはやくー!」
「あぁ、今行く」

 玄関の方から十四松の急かす声がする。
 きっと、異世界はあるんだと思う。そしてきっと、弟の方が詳しい。
 でもおれはそれを、未だに聞けないままでいる。

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