優しい声のヒト

お題:病院/くろひつじ十四松小説

 なんとかなるって過信してたんだよね、きっと。
 一松兄さんにそう言うと、一松兄さんは泣き崩れてしまって、でもぼくは何も見えないから何もしてあげられなくて、ごめんね、と言うことしか出来なかった。

 数時間前。
 車通りの多い道路で、一松兄さんのお友達が、中央分離帯の辺りで動けずにいるのを見つけたんだ。どうしよう、と思っていたら、その子ってば勢い良く飛び出しちゃって。一気に駆け抜ければなんとかなるって思っちゃったんだろうね。
 でも、大きなトラックに轢かれそうになって。ぼくは気付いたら飛び出していて、その子を庇ってトラックに跳ねられた。
 トラックの方もスリップして横転の大惨事。
 そしてぼくは、手足を骨折した上、頭や顔に大けが。
 それも最悪なことに、眼球に傷がついてしまったのと頭を打った衝撃で、目が見えなくなってしまった。
 失明ではなく一時的なものなのが不幸中の幸い。
 ただ、傷が癒えるまで目を使えないので、ぼくは目隠し状態で入院することになった。

 * *

「今日から6人部屋だからねー」

 検査や治療で入院してしばらくは個室だったが、あとはリハビリと回復を待つのみの状態になったので、大部屋に移された。
 相変わらず目は見えないけれど、周囲に人がいる気配はちょっとだけ落ち着いた。
 ぼくは6人部屋の一番端で、窓際らしく、日差しの暖かさを感じる。
 看護士さんが居なくなると、隣のベッドの人が声を掛けてきた。
 元気いっぱいの、明るい小学生くらいの女の子の声。

「こんにちわ!よろしくね!」
「よろしく!ぼく、松野十四松!」
「わたしはミカっていうの!お兄ちゃんはどうしたの?目が見えないの?病気?それとも事故?」
「あ、えっと……」

 矢継ぎ早に出される質問にたじろいでいると、向かいのベッドの人が、これこれ落ち着きなさい、と彼女をなだめてくれた。声の感じからして、結構年配のおじいさんだ。穏やかで優しそうな声をしてる。

「ゆるしてやってあげてね、十四松くん。周りが年寄りだらけだから、嬉しいんだよ」
「ごめんなさぁい」
「だいじょーぶだいじょーぶ!」

 声しか聞こえないから、表情は分からない。
 でも、それでも気持ちが伝わるから、人の声っていいなぁって思ったんだ。

 * *

「十四松ぅ、きたぞー」
「着替えもってきたよ」
「あ、おそ松兄さん、チョロ松兄さん!」

 その日は二人が見舞いにきてくれた。
 なんだかんだ言ってニートで暇だから、日替わりで誰かしらが遊びにきてくれる。
 着替えを持ってきてくれたり、他愛もない話をしたり、それだけだけど、兄弟の声はやっぱり安心する。
 ただ、一松兄さんだけは、後ろめたいのか来てくれていない。

「一松兄さんは、元気?」
「……うん。まぁそこそこ」
「声、聞きたいのにな」
「……そうだね」

 部屋の隅で背中を丸めて、おれのせいだといじけているのが目に浮かぶ。
 ぼく自身の、せいなのにな。
 気付けば面会終了の時間になっていて、兄さん達はそれじゃあ、といなくなる。
 一人部屋の時は、その後の時間が寂しくてしかたなかったけど、今は6人部屋だ。
 隣はおしゃべりなミカちゃん、お向かいは穏やかな声のサイトウさん、斜め向こうはハヤシさん、ミカちゃんの向こう側はタグチさんで、反対の隅はササヤマさんだ。

「今日も、言ってたお兄ちゃん来なかったね」
「うん。でも、目が治ったら逢えるから、大丈夫!」

 ミカちゃんにはぼくが視力を失ったきっかけの話をしてあった。そして、事故のせいでふさぎ込んでしまった一松兄さんのことを、ミカちゃんは気にかけてくれていた。

「それなら、早く元気になってあげないとねぇ」
「はい!」

 サイトウさんの声に笑顔で答えた。

 * *

 ぼくはあっという間に腕と足の骨折は治ったものの、視力の方だけはなかなか戻らなかった。
 傷はすっかり癒えているからと目隠し状態の包帯は外してもらえたものの、ぼくの視界は真っ黒の一色きり。ただ、太陽の光を見た時のような眩しさは感じとれた。
 時間が経つのを待つしかないのだといわれ、ぼくは仕方なく手足がなまらないよう、リハビリ室で運動をしていた。退院したら、一松兄さんとやきうをいっぱいしたいから。体力をつけておかなくちゃ。

 看護士さんに手をひいてもらって自分の部屋に戻ると、ミカちゃんが小さな声でぼくに話かけてきた。

「十四松お兄ちゃん、言ってたお兄ちゃんかな?そこの椅子に座ってるよ!」
「え?一松兄さん?」

 声をあげると、パイプ椅子から人が立ち上がる音がして、サンダルがぺたんぺたんと、病室の入り口に立つぼくの元へ近づいてきた。そして、ぼくの手を取ると、ぼくをベッドの方へと導いてくれた。

「一松兄さん、なの?」
「……うん。つか、なんで分かった?」
「え?ミカちゃんが教えてくれたよ!」
「ミカちゃん……?」

 ぼくは隣のベッドのミカちゃんのこと、向かいのベッドのサイトウさんも紹介した。一松兄さんは相変わらず人見知りらしく、歯切れ悪く返事をしていたけどね。

「ほんとに見えてないの?」
「うん、光みたいなのは分かるんだけどね」

 自分の症状について話していると、チカッチカッと目に痺れのようなものが走った。
 これは何だろう、いたい、と目を抑えていると、一松兄さんはおろおろして大丈夫か?誰か呼ぶ?と聞いてきた。
 チカチカは激しさを増して、ぎゅっと目をつぶった。
 そして、ゆっくり開いてみると、薄ぼんやりと、白っぽい世界が見えてきたのだ。

「え?あれ……?見える!」

 薄暗くはあったし、ぼやけていてよく分からなかったが、心配そうに覗き込む一松兄さんの顔がしっかり見えたのだ。

 * *

 視力が突然戻った。

 それが分かるとすぐにあれこれ検査をした。
 急速に回復しつつある視力に医師達も困惑していたが、結果オーライということで、早々に退院する日が決まった。

「お兄ちゃん、よかったね」

 ミカちゃんがベッドカーテン越しにそう言ってきた。
 検査だなんだとバタバタして、ようやく落ち着いてベッドに横になれたのは、消灯してからのことだった。

「うん。ようやく退院だよ!」
「本当に、よかった……」

 まるで自分のことのように喜ぶミカちゃんの声に、ぼくは嬉しくなった。
 視力が回復したと言っても、本当に少しだけなので、夜になると殆ど見えない。
 朝になったら、ミカちゃんの目を見てお話ししたいなと思いながら眠りに落ちた。

 翌朝。

 目を開けると、ベッドの周りを囲むベッドカーテンに、太陽の日差しが透けて入っているのが見えた。
 あ、見える!もちろんまだぼんやりとした部分はあるが、久々に真っ黒以外の色を見た気がする。
 ああ、本当に見えるようになったんだ!
 ぼくは嬉しくなって、ベッドカーテンを開けた。

「ミカちゃん、おはよー!ようやく見えるように…」

 ぼくはそれ以上言葉を続けられなかった。
 ベッドカーテンを開けた向こう側。だだっ広い6人部屋で、誰もいないベッドが5つ。
 枕と、畳んだシーツが置いてあり、ベッドカーテンも開けっ放し。長らく誰も使っていないような状態。
 部屋の入り口に走り、ネームプレートを見ると、6人分の名前が書けるそこには、やはりぼくの名前しかなかった。

「十四松、これで全部?」
「うん、ぜんぶ!」

 数日後の退院する日。
 一松兄さんが荷物をまとめる手伝いをしてくれていた。
 ぼくしかいない6人部屋。
 視力が戻ってからは、その部屋でミカちゃんの声も、サイトウさんの声も聞くことはなかった。 

「さ、行こう」
「……うん」

 ぼくは部屋を出てすぐ立ち止まると、くるりと反転して部屋の中を見渡した。
 来た時からずっとぼく一人しかいなかった。
 でも、寂しくはなかったんだ。

「ありがとーございマシタ!」

 ぼくは大きな声で部屋に向かって叫んで、一礼した。
 部屋の中に確かに居た彼らが、がんばれよ、げんきでね、と言ってくれてるような気がした。

「よぅし!かえろーかえろーぅ」

 くるりと回れ右をして、病院の廊下を歩き出す。
 隣では一松兄さんがぼくの荷物をいくつか持ってくれていた。

「ねぇ、兄さん」
「なに?」
「ぼくがミカちゃん達を紹介したとき、なんで言ってくれなかったの?」
「……見えないし聞こえなかったけど、十四松が楽しそうだったから」
「そっか!」
「どんな声だったの?」
「んとねー、明るくてね、元気いっぱいでね、優しい声だったよ!」

 病院の出口では看護士さん達に見送られ、花束までもらった。可愛い看護士さん達の顔、まともに見れたのが退院するときだけだなんて、ちょっと残念だ。
 ふと病院の、ぼくがいた辺りの窓を見上げると、誰かが手を振っているように見えたから、じゃあね!とぼくも一生懸命手を振ったんだ。

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