青い貝殻の夢

お題:オリジナル/くろひつじカラ松小説

次男の異変に気付いたのは、みんなで海へ行った3日後だった。

夏というにはまだ早いけれど、やたら暑い日が続いていて、長男のわがままで兄弟6人で海へ行った。
電車を乗り継いで行ったその海は、シーズン間近にしては人も少なくて、それなりに騒いでも誰にも怒られず、迷惑にもならないくらいには人が少ない砂浜だった。
確かに漂着物も多く、綺麗に澄んだ海ではなかったけれど、小学生をそのまま大きくした成人男性6人が遊ぶにはちょうど良い場所だった。
泳いだり波乗りしたり、日焼けを楽しんだり、砂で埋めたり。
一通りの遊びをして、帰りの電車では座席に一列並んで座って、6人そろって寝こけていたくらいには、楽しんだ。

最初に次男の異変に気付いたのは、四男の一松だった。

6つ子といえど、体質も生活リズムも違っていて、例えば十四松やチョロ松はニート生活とはいえ朝の時間帯には起きる。そして少し遅れてカラ松とトド松が起きて、時計が昼近くを差す頃にようやくおそ松と一松が起きてくる。
なかでも一松は一番遅く、大きな布団を独り占めして昼頃まで微睡んでいることすらある。
そんな一松が、いつものように起きてぎょっとした。
普段なら隣にいないはずの次男が、未だ布団の中にいて、しかもまだ寝ていたからだ。

「おい、クソ松起きろ」
「んぁ? おはよう一松、もう朝か……早起きだなぁ」
「おめぇが遅いんだよ。もう昼だぞ」
「……え?」

一松がカラ松を蹴飛ばして起こすと、カラ松はビックリした顔で時計を見ていた。
これが1日だけなら、そんなに気に留めることもなかったのだが、これが立て続けにおきてしまい、さすがの一松も気になった。

「……おい、起きろクソ松」

今朝もやはり、カラ松はまだ隣で眠っていた。
殴りたくなるような、それはそれは幸せそうな寝顔だったので余計に殴りたかった。しかし、そんな幸せそうな様子のわりに、目の下には青黒いクマができており、こころなしか少しヤツレているようにも見える。
これは、もしかしたら良くないことが起きているのではないだろうか。
一松はカラ松をそのまま布団に残し、兄弟が朝食を取っているはずである1階の居間へと向かった。

「おはよぉ一松」
「……おはよ」

兄弟たちは、それぞれ寝ぼけ眼で朝食を口に運んでいた。
一松はとりあえず自分の席に着き、みそ汁に口をつけた。

「あれ?カラ松は?」
「……まだ寝てる」
「最近遅いねー?」
「いつもはもうちっと早いよなぁ」
「ここ最近ずっとそうだね」

やはり、みんなも気になっていたのか。
一松は安堵して、今朝気付いたことを皆に告げると、兄弟達はそういえばと頷き合った。

「確かに……。最近昼間も横になってるよね?」
「ギターも弾いてないよ!」
「具合悪いのかなーって思ってたけど」
「どこかワリィなら病院に……」

そんな話をしながら朝食を終えたが、カラ松はやはり降りてこない。
5人は顔を見合わせると、2階へ向かった。
6人用の布団に、カラ松が一人、ヤツレた顔で幸せそうに眠っていた。

「うへぇ、マジだ」
「これは怖い……」
「でしょ?」
「おい、カラ松、カラ松ってば!」

チョロ松がカラ松の身体を揺すって起こす。
んん…っと呻きながら目を覚ましたカラ松は、自分の周りを囲むように兄弟がいることに吃驚していた。

「んん?みんないったいどうしたんだ??」
「カラ松兄さんだいじょうーぶ?」
「カラ松、お前、身体平気か?」
「え?」
「顔色ひでぇぞ」
「いや、特にどこも悪くはないが……」
「嘘つくなよ!今朝だって全然起きてこないし」

問いつめられたカラ松は困惑していたが、自分の顔色が酷いというのは自覚していないようだった。見るからに具合が悪そうなのだが、本人にその自覚はなく、これまでよりも長い眠りについてはこんな風に答えていた。

「すごく、幸せな夢を見るんだ」

**

カラ松は横になっている時間が増え、身体の具合は明らかに悪くなっていっていた。
無理矢理病院に連れて行ったがコレと言った病名はつかず、疲労が溜まっているようだからよく休むようにと言われただけだった。

「いったい何が原因なんだ?」

カラ松に聞いても分からないという。
ただ、すごく幸せな夢を見るので、出来るならばずっと眠っていたいとすら言っていた。
どんな夢なのか聞くと、叶いそうもない願いが叶った状態の夢で、寝る度にその前の続きから始まるのだそうだ。
まるで、眠っている間は願いの叶った世界で過ごしているかのようだという。
詳しく聞くと恥ずかしいからと教えてはもらえなかった。

「幸せな夢、ねぇ」
「どんなんだろうねぇ?」

叶った世界で生きたいと願うほどの、幸せとはなんだろうか?
2階の部屋のソファではカラ松が眠っていて、一松と十四松はそれを眺めながら哲学的なことに想いを馳せていた。
幸せ、幸せか。自分にとっての幸せなんて、考えてこともないな。
思考をぐるりと巡らせていると、襖が開いてパチンコに行っていたはずのおそ松が帰ってきた。

「よぉ。カラ松どうよ?」
「あ、おそ松にーさん!カラ松にいーさんなら寝てるよ!」
「あーやっぱりダメ?」
「……うん」

はぁ、とため息をついて眠っているカラ松に近づく。
カラ松は、目の下のクマはより濃く、以前にも増してげっそりとした顔つきで、幸せそうに眠っていた。
さすがのおそ松も気がかりだった。なんなんだろうな、と二度目のため息をついて離れようとしたしな、あるものに気付いた。

「なんだこれ?」

カラ松の顔の近くに、青い貝殻が落ちていた。
おそ松はそれをひょいとつまみ上げ、しげしげと眺める。

「貝殻?」
「あ!こないだ海に行ったとき、カラ松にーさんが拾ってたヤーツ」
「へぇ……」

カラ松が握っていたのか、眠っているその手からこぼれ落ちたらしいそれは、手のひらですっぽりつつめる程のサイズの巻貝だった。
貝の主はさすがにいないだろう、と貝の穴を覗き込んだおそ松は、次の瞬間、げっ!と汚い悲鳴を上げてそれを放り出した。

「どうしたの?」
「なんかいた……」
「え?」
「黒っぽくて、目玉が光ってた……」
「……は?」

通常、一般的な貝に目玉などはない。
見るからに住人など住んでいなさそうな貝殻だが、どうやら不気味なものが潜んでいるようだ。
畳の上に転がった貝殻を3人で見つめていると、どうした?騒がしいな?、とカラ松が起き出した。

「おい、カラ松。これ、なんなんだ?」
「え?」
「この青い貝だよ!」

カラ松は貝と言われて、ハッと気付いたかのように慌てて己の座っていたソファの上で何かを探し始めた。
そして、畳の上に転がる青い貝殻を目に留めると、ほっと胸を撫で下ろしながらそれを拾い上げた。

「これはな、幸せな夢を見せてくれる貝殻なんだ」

そういうカラ松は、げっそりとした顔で幸せに満ちた虚ろな目をして、青い貝殻を愛おしそうに握りしめた。
その場にいた3人が、それを見て気付いてしまった。

原因は、その貝殻だ。

「十四松!」
「あいあい!」

おそ松の掛け声で、十四松はカラ松に飛びかかると、その手に持っていた貝殻を取り上げた。
何をするんだ!と叫び取り返そうとするカラ松を、一松は羽交い締めして押さえ込む。いつもならチカラで敵うわけなどないが、弱った身体に負けるはずはない。

「いっくよー!バックホォォォム!!」

威勢の良い掛け声と共に、十四松はその貝殻を窓から思い切り放り投げた。
カラ松はそれを見て、へなへなと崩れ落ちた。
あんなに小さいのだ。探そうとしてもきっと見つけることは出来ないだろう。

「オレの、幸せが……」
「そんなに願うんなら、頑張って叶えろよ。どんな夢だったかしらねーけどさ」
「……うぅ」

うなだれ涙を流すカラ松に、おそ松はそう声を掛けたが、果たしてそれが慰めに足りえるのかは、分からなかった。

**

貝殻が無くなってから、カラ松の回復はめざましかった。
顔色もすっかりよくなり、クマも消え、何より朝は以前のようにちゃんと起きて朝食をとるようになった。
しかし、やはりあの幸せな夢を見ることはなくなったという。

「ま、健康が一番よ」

屋根の上からギターの音とともに聞こえてくるカラ松と十四松の歌声を見上げながら、おそ松は鼻の下を指の背で擦ってみせた。

「そういえば、チビ太が心配してたよ」

屋根の上から部屋に戻ると、チョロ松はカラ松にそう声を掛けた。
カラ松があの貝殻に捕われている間、いつもは6人で行くところを5人で行っていて、その時にカラ松の様子を話していたのだ。
たしかに、具合の悪さも手伝ってチビ太のところには行けていなかったな、と気付いたカラ松は、せっかくだからとチビ太の元へ向かった。

「へい、いらっしゃい!おーカラ松じゃねーか!久しぶりだな!」
「おう、来たぜ」

のれんをくぐると、チビ太が嬉しそうな顔で出迎えてくれた。

「はっは、元気そうじゃねーか!具合わりぃって聞いてたから心配してたんだぜ?」
「ああ、もうだいぶ良くなったよ」
「そいつはよかった!ほれ、快気祝いだ!食えよ!」

にこにこ笑いながら、おでんをよそった皿を出してくれた。
久々に食べるチビ太のおでんは、懐かしさもあってやっぱり上手い。

「やっぱり、健康が一番だよなぁ」
「まったくだ。思い知ったぜ。そっちは大丈夫なのか?」
「てやんでぃ!こちとら元気だけが取り柄だからな!」
「そうか」
「最近はなんかしんねーけど、やたら幸せな夢を見るから、寝覚めもサイコーよ!」
「……え?」

チビ太の言葉に、カラ松は箸を止める。
いやいやそんな、まさか。
そして、視界の端にあるものを捕らえてしまう。

屋台の側面、写真などが飾ってあるそこに、見覚えのある青い色。
にこやかに笑うチビ太の顔をよくよく見れば、目の下にはうっすらとクマのようなものが見えた気がした。

↑ ページトップへ