船影

お題:船/くろひつじカラ松小説

 それは高校の頃、オレがバスケ部の遠征で海の近くの民宿に泊まっていた時のことだ。
 遠征試合は土日を含めて1週間ほど。そこそこ大きな大会で、対戦相手もそれなりの強豪が集まっており、試合のない日も練習に明け暮れていた。
 海を臨む民宿だというのに、遊びに行く雰囲気でもない。ただ、道路を挟んだ向こう側がすぐ砂浜ということもあって、ランニングなどの基礎練習はその砂浜で行っていた。
 お盆の季節だから、海水浴客の邪魔になるのではないかと懸念したが、不思議とその海には人が寄り付かず、不気味ながらも練習に精を出していたのを覚えている。
 海岸にほど近い民宿をバスケ部がほぼ貸し切ってしまっていたから、遊ぶ人がいないのだろうと結論づけた。

 大会は順調に勝ち進み、負けたら即帰宅のはずであったが、既に3日目の朝を迎えていた。その日は試合もないため、午後から練習という予定であったが、まだ朝日も昇らないうちに目が覚めてしまった。
 部員たちが思い思いの寝姿で転がる布団を抜け出し、廊下へ出た。小さく軋む木の床板を踏みしめながら、海の見える窓際へいくと、薄墨を流したように薄暗い水平線がうっすらと見えた。
 ーー少し、走るか。
 みんなを起こさないよう、ジャージに着替えていると、

「あれぇ?カラ松先輩どこに行くんですかぁ?」
 後輩が一人起きてしまった。
 寝ぼけ眼の彼は、1年生ながら実力のあるいい選手で、後輩の中でも親しいうちの一人だった。

「ああ、起こしてしまったか、すまない」
「いえいえ〜。どこに行くんです?」
「目が覚めてしまったから、少し走ろうかと思ってな」
「いいですねぇ。オレも行っていいですか?」
「あぁ、いいぞ。一緒に行くか」

 んーと大きく伸びをすると、後輩はササッと準備を済ませてくれたので、二人でそっと民宿を出た。
 夜明け前のわりに気温はそこそこ高く、夏らしい空気を感じる。
 道路を渡って砂浜の方へいく。ザザァザザァと打ち寄せる波の音と海風が心地よい。
 いちに、いちに、と軽く準備運動をして、よし、と走り出した。
 とりあえず、と弧を描くような入り江の、端の方へ向かって走る。右側に水平線、左側に民宿の裏手にそびえる山々。
 見ため以上に距離のある砂浜を二人、朝早いのに暑いですねぇ、天気イイですねぇ、風が気持ちいいですねぇと、他愛無く語らいながら走っていると、水平線の向こう側の空が白み始めた。
 ゆっくりと朝がやって来る気配がする。
 そんな朝日をちらりと見やった視界の隅に、黒い影を捕らえた。

 海のうえに漂う、小さな船影。

 こんな時間からすでに船は出ているのだな、とぼんやり考える。
 民宿に魚を卸しに来ていた魚屋を手伝った時、漁は朝早くから行くのだと言っていたのを思い出した。
 出される食事の海鮮がとても美味しくて、その美味しさの秘密が鮮度だとも言っていた。
 そんなことを思い出しているうちに、ある違和感を覚えて立ち止まった。

「カラ松先輩?」

 後輩もつられて立ち止まる。水平線を眺めるオレを不思議そう見ていた。

「なぁ、アレ、何だと思う?」

 オレの指差す先を、後輩は眼を細めて眺めて、

「どれですか?」
「いや、あの、黒っぽい、船のように見えるんだが……」
「えー?」

 後輩は水平線を見える範囲でキョロキョロとしていた。
 オレは間違いなく、海の上の船影を指差していたのだが、彼には見つけることが出来ないらしい。
 ーーやはり、か。
 オレは小さくため息を吐いて、なんでもないように繕いながら、

「ああ、すまない。見間違いだったようだ」
 そう言ってランニングを再開した。

 気付いてしまった違和感。
 民宿に魚を卸しに来ていた魚屋は言っていた。

『明日からしばらく船が出ないんですよね』

 だから、しばらく冷凍ものになってしまうよ、という話をしていたのだ。
 夏の海は、この時期漁に出ない。

 色々なモノが帰ってくるからだ。

 入り江の端まで走り、キリをつけて折り返す。
 その頃になってようやく、水平線の向こうから、眼の眩むような朝日が顔を出す。
 まぶしいねぇ、気温が上がってきたねぇ、なんて話しながら、民宿の方へと向かう。
 その道すがら、キラキラきらめく海の上に視線をやれば、こころなしか自分にしか見えない船影が近づいていた。
 船体が青みがかった綺麗なグリーンだったことをはっきりと覚えている。
 走りながらも、そちらに注意を向けていると、船の下の方から、大きな黒い手のようなものがザァっと出てきて、あっという間にその船を飲み込んで、海中へと沈んでしまった。

「?!」

 さすがに驚いて立ち止まる。後輩は、どうしたんですか?とつられて立ち止まった。
 オレの視線の先の、何も無い海を見つめて、後輩は不思議そうに首を傾げた。

 後日、大会も終わり地元に帰ると、オレはその出来事がどうしても忘れられなくて、学校のパソコンで調べた。
 その民宿のあった辺りの海洋事故を探っていると、予想した通りの出来事が出てきた。

 当時からもう数十年も前、漁から帰ってくる途中で一艘の船が沈没した。その日は天気も快晴、海も凪いでおり、沈没する要素がなにもないような状況だったという。
 あるとすれば、夏のお盆の時期。
 突然沈んでしまったその船の船体は、青みがかったグリーンをしていた。

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