昨日の御馳走。今日のご馳走。明日のごちそう。

お題:オリジナル/くけ番長おそ松カラ松チョロ松一松十四松トド松小説

 赤塚警察署内の休憩室は、金曜日の夜ともなると、やはりと言えようか人の出入りは少ない。
 ぼくは同僚のケンさんと勤務明けの一服にお付き合いしながら、やれ昨晩食べた肉は硬くて食べにくかった事や、今日の社食は鮭で美味かった等……、缶コーヒーを飲んでいた時のことだ。
 ふと会話の間で休憩室前の廊下を見遣ると、一松警部とチョロ松警部、そのやや後ろをトド松警部補が揃って歩いていたのを目撃して、はたと気づく。
 そういえば、彼らにお呼ばれされていたのは今夜だった。あの後ろについていけば、もしや集合は楽に済みそうかな? と察すると、飲み掛けのコーヒーを一気に胃へと流し込んでいく。
「あれ、松野。急に急いで、なんか用事でもあるの?」
「あっ。ケンさんゴメンなさい! 今から年行事があったの、すっかり忘れてました!」
「あーー、あれか。毎年懲りないというか、よくまあネタがあるよね……」
「まあトド松警部補に至っては、毎回死にそうな顔してるけど……じゃ、あの人たち追っていきます! また来週ー!」
「はいよー、良い連休をー」

 
 

 今夜は、警部達と年行事の怪談語り大会。
 誰がやり始めたかは忘れたが、警察や鑑識官の類は少なからず死と隣り合わせな現場ともあり、多少なりに「説明するには少し厄介な事柄」と言うものがある。
 それを年に一回、夏に披露していこうじゃないかと言うことで、鑑識官のぼくにも白羽の矢が立った。
 廊下を早歩きをして前の三人に追いつくと、そのまま勢い余ってトド松警部補の肩を思い切り掴んでしまう。
「んびゃぁぁあぁああああ?!!? なっ、ななななん、なんっ?!! はっ!? 鑑識さん?!! 君ねぇ本当にっ、勘弁して!?!」
「トド松。ここまだ署内だから」
「んんっ……すみません、一松警部……」
「あははは……御免ね、トド松警部補。お疲れ様。今年は来ないと思ってたよ。去年も怯えて震えて散々だったの見てたから……」
 廊下で悲鳴をあげるトド松警部補を宥めるかのように肩を叩いてやると、涙目ながらにこちらを振り返ってくる。廊下ですれ違う女性警官にくすくすと笑われていたのが目に入ったのだろう。
「ぼ、ボクだって……こんなの参加したくなかったけど……、今年は特別だから皆来いって……」
「えっ? 皆? ここの四人と誰が来るんだろう……?」
「ほら、少し前に事件になった館主のカラ松さんと、あの探偵も来るらしいよ。まあボクは話なんて聞かないで、ご飯食べてるだけだろうけど!」
「……ふーん、結局館主さん、ギャグ的に生きてましたしね。まったく人騒がせな事件でしたよ……ん? じゃあ何処でやるんです? この会」
 毎年、一松警部が住むマンションで開催されていたものなのだが、ふと疑問符が飛んでいく。
「『良かったらウチを使ってくれ!』って、カラ松さんの豪邸にお呼ばれです。ご馳走いっぱいらしいから、それだけでいいよ本当に!」

 
 

 
 

 チョロ松警部の車で道中、探偵も拾って一同連れ立って館まで向かう。
「いやぁー、いつ見てもデカイよねぇ。ここ。なんか懐かしいなぁ。ねえチョロさーん?」
「……というか、本当になんで探偵まで来てるの?! 怖い話とか出来るの?!」
「ふふふ、俺の目的……それは、今夜のご馳走だ! それにトド松警部補だって怖い話が苦手なら、目的は同じようなもんだろう?」
「うううううるさい! ボクは毎回、そ……そりゃあ怖いしアレだけど、お呼ばれされてるんだからいいの!」
「はいはい、皆騒がしいよー? お邪魔しまーす」
「ヨッシャ! チョロさんに続け!!」
 仰々しいまでの館の玄関扉をチョロ松警部が押し開けると、子供のようにバタバタと探偵がエントランスを走り抜けていった。
 その後ろから、ぼくと一松警部とトド松警部補が「やれ、困ったな」と眉を顰めながら後に続く。
 ふと視線を中央階段へやると、丁度館主のカラ松さんが物腰柔らかに降りてくるところだった。
「ようこそ皆さん、我が城へ。何やら楽しそうな催しを開催すると風の噂で聞いて、是非ともまた皆さんとお会いしたいと思ってね……食堂では立食式ではあるが食事も用意してある。どうぞ寛いで行ってくれるとオレも嬉しいぜ」
(と言うか、風の噂って何処から嗅ぎつけたんだろうか……こんな身内のちっさい怪談話会……)
 乾いた笑いを一人で堪えていると、一松警部が一歩歩んで帽子を取って顎を少し上げた。
「お招き頂きありがとうございます、カラ松さん。ウチでは少し手狭になっていたので、とても助かりました」
「いやいや、オレも何分暇人だしな。場所提供くらいならお安い御用だ。さあ、食堂はあちらだ。入ってくれ」
 カラ松さんが誘導してくれた方の扉へ皆がぞろぞろと移動していくと、食堂までの廊下は電気が落とされ、代わりに床には無数の蝋燭が明かりを灯して道筋が作られていた。
「んんんっ?! ななな、なんっなんの演出ですか、カラ松さんっ?! エントランスではシャンデリアが煌々と点いてたのに?!」
「ん? ああ。折角だし雰囲気を楽しんで欲しくてな! 食堂は普通にしてあるから大丈夫だ!」
「あ、あの、これ火事とか大丈夫ですか……? こんなに蝋燭があると洒落にならないですよ……?」
 トド松警部補がぼくの背後に震えながら隠れる反面で、それよりも火災報知器が発動しないのかなぁと至って現実しか見えていなかった。
 百物語は蝋燭を百本立て、一話終えたら消していく。そんなスタイルであるが、この廊下だけでも二百本程ありそうである。
「まあ何かあったら燃えるだけだ! そうしたらまた建て直せばいいだけの話!」
「ヒュウウ! スケールデカイっすね! 流石大富豪! ヨッ大富豪!」
「有事の際は近くに消防署もある。まあそんなに心配するなトド松警部補!」
 探偵のヤジとチョロ松警部を軽くあしらいつつ、炎に灯された道を進むと、食堂の扉が現れる。
 一松警部とぼくとで開くと、エントランスよりやや小振りなシャンデリアが光源を湛えてぼく達を歓迎してくれた。
「わぁー! ごっちそうだー! チョロさん見てみてー!」
「酒も各種取り揃えてある。良かったら振る舞おうじゃないか」
「すごーい! あっ。でも、一松警部が飲めない……? 今日車だし……」
「そんな事! 警部達さえ良ければ、うちの部屋を使うと良い。皆、明日は休みなのだろう?」
「何処までリサーチ済みなんですか?! 確かにそうですけどね!?」
 泊りのワードが出た辺りで、一松警部は早速と言えるかグラスに注いであった白ワインを手にして口につけていた。何とも素早さすぎる。
「の、喉が渇いていたから……」
「別に言い訳しなくて良いですよ。後はチョロ松警部が運転できるし……って、もう飲んじゃったみたいですね。うわぁぁぁでもビール美味しそう…… ぼ、ぼくも貰ってこよう!」
 探偵とチョロ松警部が楽しそうにビールを注ぎあい、喉を鳴らして飲んでいるのを目の当たりにすると、じわじわと舌や喉が渇いてきて仕方がない。
 小走りでビールのあるテーブルへ急ぐと、手酌でグラスに注いで一気に流し込む。
「んんんんっ! 夏はビールに限るっ!」
「ははは、鑑識くんも飲める感じぃ? 酔っ払う前に料理も取ろうよー!」
 早くも上機嫌に絡んでくる探偵と「そうですね! 食べないと!」そうして一致団結すると、二人で皿を手にすると各種多彩な料理を遠慮なく乗せていった。
 他の警部達も、各々に好きなものを取っていくのを見計らったところでカラ松さんが高めに手を叩く。
「適当に料理を取ったら、あちらまでどうぞ。そこで今回の会を進行していこうと思う」
「はーい」
「了解ですー。わぁ、プディングがある! 後で食べようー!」
 あちらと言われた場所は、食堂端に設けられたスペース。アンティーク造りの椅子が六脚と、同じくアンティーク造りのテーブル中央には蝋燭が火を湛えて鎮座していた。
「おれ達も別に、話を百個するわけじゃないけどねぇ……」
「近況ついでに怖い話というか……まあ、たまにはいいんじゃないですかね、こんなのも」
 一松警部とチョロ松警部も皿にこんもりと料理を乗せてテーブルに乗せると、カラ松さんもグラスに並々と赤ワインを入れて着席した。
「さて、まあ毎年の事だし、今日は少し演出も趣向も変わっているが始めようか。トド松、まあそう怯えるな。今年も楽しい会にしよう。じゃあ、おれから始めようか」
 一松警部がジャーマンピザを一口齧ってから、ゆっくりと語り始めた。

 
 
 
 

 一松警部は、大戦時、軍の演習場として使われていた某地での写真を資料館から見つけた時の事。
 遠くの草の陰に銃剣を構えた日本兵らしき人物が写り込んでいたのを見つけてしまった後日、枕元に同じ日本兵らしき人物が立った話。
 

 チョロ松警部は、放火殺人現場の写真に野次馬を映したものを倉庫整理の時に発見した時の事。
 ふとなぜか野次馬の中の一人が、赤い炎に包まれるような色をした人間が居て薄気味悪くなり、写真を元の倉庫へと戻してやった。
 後の発表で気づいたが、その時火事場にいたはずの犠牲者と写真に写る人間と特徴が合致してしまい、再度写真を見たときには黒焦げになった被害者らしき人物が野次馬の中に居た話。
 

 トド松警部補は、たぶん寝ぼけてたんだろうけど……と前置きを置いて、深夜に事件現場に駆けつけた時にお面のような何かがパトカーの外でずっとぐるぐると回転して、その夜はずっとそのお面に付き纏われていた話。『あんまり怖くないな!』と探偵にヤジを飛ばされながらも、よく話してくれたと思う。
 

 ぼくは、高速道路の事故現場を訪れた時の話。
 車は勿論大破。その事故車を連続して撮ったうちの一枚が問題だった。
 犠牲者の御遺体を見ている犠牲者が写った写真が撮れてしまっていたのである。擦り切れた服や乱れた髪形は本人と見て間違いない。
 しかし、不可思議はそれだけに止まらず、その犠牲者を取り囲むようにして、十数人もの薄い影が無表情で写り込んでいた。
 何を意味していたかは、ぼくの知るには及ばなかった。
 

 さて、なごみ探偵とも言われる人間に怪談なんて語れるのか? とトド松警部補に逆に野次られると『俺は今日ゲストだから、飯食って話聞きに来ただけ。言うなれば【聞き専】ってやつダヨーン』との事。
 どうやらチョロ松警部に誘われたらしい。こちらは別段困る事もないので、そのまま飲み食いして頂いていた。
「あっ。でも、こないだ婦警さんからチラッと聞いた話なんだけど、アレは怖かったなー! なんかね、本当に最近、死体安置所にあった死体が消えたって。なんと赤塚警察署内で! ヤッベーーめっちゃこええええ!! はい、次どうぞ」
 トド松警部補が『そんな語り、ズルくない?! なごんでないよ!』と詰め寄っていたが、探偵は素知らぬふりでビールを呷り、煮込みを頬張っていた。
 

「さて、オレの番が来たかな? と言っても、オレは怪談らしい話は、これといって持ち合わせていないんだ。すまない……」
 突然ワイングラスを持って立ち上がり、話し始めたので、何か語られるのかと身構えたがそんな事はなかったらしい。が、
「いやいや、まあ聞いてくれ。つい先日オレは……とある能力を身につけたんだ! 今夜は余興がてらにそれを披露しても……良いだろうか?」
「おおー、いいね! 余興だってー!」
「と言うか、それを披露したくて僕達を呼んだとかじゃ無いですよね……?」
「フフフ……ビンゴォ……!」
「なんだ、やっぱり裏があったんですね……まあ場所提供と食事がいただけてるから何にも不満はないですがねー」
 探偵がビールを水のように飲みながら囃し立て、トド松警部補が顎に手を当てながら納得していると同時。ぼくは食べ物のお代わりをしにそっと椅子を引いてその場を立ち去った。
 いやでも、お世辞抜きで本当に美味しい料理である。昨日の夕飯には劣るかもしれないが、それにしても美味で顔がほころんでいく。
 ミートボール入りのパスタを皿に山盛りに盛っていると、後方では『おおー!』やら『凄いなぁ』などと歓声が沸いていた。
 確かに毎年怖い話だけでは、トド松警部補にも可哀想かもしれないと思ってはいた。だが、そもそも怖い話が嫌いなのになぜ来るのか。そこもふんわりと疑問だったが、本人が来るのなら止めはしない。それだけの話である。
 ポテトとチキンのグラタン、クラムチャウダーのポットパイ、サーロインステーキを皿に乗せて戻ってくると、一松警部がぼくの皿を受け取ってテーブルの上へと運んでくれた。
「あ、ありがとうございます」
「ん。いいよ。つかそれより、カラ松さん……なんか超能力っぽい感じの、やってもらえるぞ。お前も見てもらったら?」
「へ? 超能力……ですか?」
 ふと他の面子を見ると、皆はその能力とやらを試してもらったような空気である。この空気は断りにくい……
「ほらほら、鑑識さんもやってもらいなよ! 何をするかはお楽しみ!」
 そう言いながら、トド松警部補が着席寸前だったぼくの体を押すように、カラ松さんの前へと誘っていく。
「さっきからね、みーんなドンピシャなんだよ。鑑識君はどうなるかなぁ?」
 何かを期待するような発言をするチョロ松警部に、ぼくの脳内にもクエスチョンがいっぱい飛んでいく。
 ……暖かいものは暖かいうちに食べたいなぁと思いながらも、場の空気を読み、ここは館主の余興とやらに付き合うことにした。
「で、ぼくは何をしたらいいんですか?」
「ノンノン、君は何もしないでいい。ただ、オレに指を出してくれ」
「は、はい、こうですか?」
 言われるがままに、右手をカラ松さんの身体へと差し出すと、カラ松さんがぼくの手を握り始め、双眸をそっと伏せて語り出す。
「そう! オレがこうして君の手を握っていると、不思議と! 君が昨日…………、た……んっ、え? いや……あ? あれ、お、おかしいな、み……見えな……はっ、そ、んな……」
「えええーー? どしたのカラ松さぁん? さっきまで百発百中だったじゃーん?」
「……? カラ松さん? どうかしました? 顔色が冴えません、水でも持ってきましょうか?」
 先程までは酒の力も多少ありとて、自信に満ちていた彼のその顔は、見る見ると木っ端微塵かの如く砕け散り、血の気が引いた水死体の顔色になっていく。
 ぼくが声を掛けると、彼は小さい悲鳴をあげ、握られていた右手を投げるように放された。
「しっ、失礼ながら……少し気分が優れない……おっ、オレは先に休ませていただく。料理はまだまだあるから、皆は存分に楽しんでくれると幸いだ。そ、それじゃ……」
 口元を押さえつつ、気持ち早歩きで立ち去るカラ松さんの背中を見ながら、ぼくはトド松警部補に耳打ちをしてみた。
「あれ……何? ぼく、なんかしましたかね?」
「鑑識さぁん、昨晩は何食べました?」
「…………はっ?」
 

「探偵さんは鯖の味噌煮定食、チョロ松警部は冷や汁とホッケ、一松警部はカップ焼きそば、ボクはキャラメルパンケーキ。これ、全部カラ松さんが言い当てたんですけど……って、鑑識さんっ?!」
 

 トド松警部補の言葉を聞き終わる前に、ぼくはトップスピードで走り出していた。
 そうだ、走る事には長けている。
 これでも学生時代の部活は、野球部だったのだ。

 
 
 
 

 
 
 
 

 オレの中で突如目覚めた超能力。
 それは『昨晩食べた物が判る』という、なんて事のない本当に余興でしか使えない代物であった。
 人と向き合い、その手に触れると、その食事の光景が見て取れる。
 唯々それだけの…………

 
 

「カラ松さん」

 
 

 背後から聞き馴染みのあるその声に、心臓が肋から飛び出しそうになる。
 何故オレは、こんな雰囲気抜群の廊下でノロノロと吐瀉物を撒き散らしながら牛歩をしていたのか、ほんの数分前の自分を呪いたくなった。
 そして、声を聞いた事によって記憶がより鮮明になると、更なる吐き気を催し、胃と胸が痙攣して止まらない。
 息が浅く細かくなり、過呼吸気味になっていた。
 

 そういえばさっき、署内では何が消えた と、探偵は言っ ていた?
 

 あ、ああ あ、ああああ……
 背後からやってくる足音が どんど ん と 近付 い てくる。
トン…… と足音がオレの真後ろで止まった。

 
 
 
 
 
 

「ぼくのひみつ、知っちゃいました?」

 
 
 
 
 
 

 耳元で、浅く息を吐く吐息と、ぴちゃり。舌と水が絡まる音がする。
 ゆうらりと蝋燭の火が燃え上がり、その一つが消えた。

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