同じ顔

お題:むじな/くろひつじおそ松カラ松チョロ松小説

 その日彼は、会社の帰りに同僚と浴びるように居酒屋で酒を飲んでいた。
 大きなプロジェクトも無事終了し、明日は休みの花金である。呑まない理由があるだろうか?
 最寄りの駅までついたが家路を歩く姿は、あっちにふらふら、こっちによたよた、見るからに酔っ払いの千鳥足。
ついに、ごっちん!と電柱に打つかって、その場にどたん!と尻もちをついた。
 あいてててー、と尻をさする。少し太ってきていたから、スーツが尻から破けてやしないかと心配したが、杞憂であった。
「大丈夫ですか?」
 上からそんな言葉が降ってきた。
 気づけば緑のパーカーを着た二十代くらいの青年が立っていて、手を差し伸べてくれていた。ああ、すみません、 すみません、いやぁみっともないところをお見せして、と彼の手を掴んで立ち上がる。
 おや?この手はやたら冷たいな。自分が酔っているからそう感じるのか?
 顔を見ると、少々三白眼気味で、口をへの字に閉じた、普通の青年であった。しかし、なんだかどこかで見たことがあるような気がする。
 酔っていて記憶が曖昧なせいかもしれない。
 どこかで会ったことはありませんか?と聞くと、
「え?いえ、初めてですけど。あーでも、よく言われるんですよね」
 少々困った顔で穏やかに言う彼は、どこにでもいる顔なんだろうか。でもやはり、会ったことがあるような不思議な気持ちになってしまう。
 変なことを聞いて申し訳ない、それじゃあ、と告げる。そして彼から離れようとした次の瞬間、彼の頬の盛り上がった辺りにすっと細くて短い一本線が入り、それがぱくり、と開いた。
 きっと、酔っぱらっているんだと言い聞かせたが、それは中心のまあるい瞳孔をぎょろりと動かして見せた。
 眼、だった。
 ひぃぃっ、と声にならない悲鳴を上げた。引きつった顔をした彼に、青年は、あっと気付いて手を伸ばす。しかし、酔っぱらっていても、危険かどうかぐらいは分るのだ、と言わんばかりに後ずさり、そのまま脱兎のごとく走り出す。
「あの、ちょっと…!」
 呼び止める声が遠ざかる。追いかけては来ないようだ。よかった。
 しかし、何であるかは分らない。なるべく離れておかないと。
 彼は自宅の方へ向かって夜道をひた走った。
 無我夢中で走っていたら、横道から出てきた人に思いきりぶつかってしまった。
「うわぁっ」
 ドンッと鈍い音と共に、跳ね返されるように尻もちをつく。いたた、と尻をさすりながら、ハッと気付いて相手を見る。両手両膝をついたその相手は、赤いパーカーにジーンズのまだ二十代くらいの青年だった。
 パーカーとジーンズという組み合わせに、先ほどのことを思い出してドキリとした。
「いってぇなぁ!あーもーチクショウ」
 何をするんだと青年が身体を起こす。す、すみませんと謝りながらその顔を見ると、
「……ひっ!」
 先ほどの、緑色のパーカーの青年と同じ顔!
「ん?おっさん大丈夫?顔色真っ青だよ?」
 背丈も身体つきも、その顔の特徴も、全てが同じで違うものはパーカーの色くらい。
 ここまでソックリな人間が世の中に存在するだろうか?もう同一人物の域だ。
「ねぇ、ちょっと…本当に平気?頭打った?」
 鼻の下を人差し指の背で擦りながら青年がいう。
 彼の脳裏には、先ほどの緑色のパーカーの青年のことしか頭になかった。頬がパクッと割れて、そこからギョロリと覗いた目が忘れられない。
 大丈夫?と手を伸ばしてきた青年を、彼は言葉になりきらない悲鳴をあげながら、振り切るように走り出す。
化け物だ!
 逃げ出した先で、逃げ出した相手とぶつかるなんて、きっと見てしまった自分を捕らえてしまうつもりなのだ。
 彼はヒィヒィ言いながら走り続け、公園の近くまでやって来た。
 はぁはぁと肩で息をしながら辺りを見渡す。だれでもいい。先ほどのパーカーを着ていないような、違う顔の人間に会いたかった。
 しかしあいにくと、時間帯はもう日付も変わろうとする頃。マンションの立ち並ぶこの辺りは、人の気配もなく、公園の街灯くらいしか明かりらしいものはない。
 誰か、誰かいないのか?ふらふら辺りを歩いていると、公園を出たすぐ近くに、提灯の明かりがあることに気付いた。
 屋台だ。提灯と屋台の看板には「おでん」とある。屋台ならば人がいるはずだ。
 彼は藁にもすがる思いで屋台へと走る。暖簾の下には客が一人。黒っぽい革ジャンに、なんだろう?やたらキラキラする生地のズボンを履いている。危惧していたパーカーとジーンズではない。
 ああ、よかった。
 彼は早々に安心したくて、すみません!と勢い込んで暖簾の下へと飛び込んだ。
「お、おう、いらっしゃい!……どうしたんでい?」
 ぐつぐつと美味そうな匂いのおでんが入った鍋の向こう側、腕組みした店主らしき小さい男が驚いた顔でそう言った。
 暖簾の下にいた、革ジャンの男も驚いてこちらを見ていた。その顔には夜だというのにサングラスが掛かっていて、服装といい若干不審に思ったが、自分の身に起きたことを誰かに言いたくて仕方ない。
「あ、あの、あの、」
「落ち着けってんでい。ほら、水でも飲んで」
 店主の差し出したコップの水をひといきで飲むと、彼は頬に眼のついた男に会ったこと、そしてその男とまったく同じ顔の人間に会ったことを話した。
 すると、隣で黙って聞いていた革ジャンの男が、ふむ、と思案した後、サングラスを外しながら、
「その男ってのは、こんな顔をしていなかったか?」
 サングラスを外したその顔は、まさにパーカーを着た化け物と同じ顔をしており、彼の意識は一瞬にして真っ暗になった。

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