豆之助

お題:こびと/小さいおっさん/ぽらんカラ松チョロ松十四松その他小説

就職するタイミングと場所とがかち合い、僕と十四松とカラ松とで共同生活を送ることになったのは、まだ桜も咲かない春先のことだった。
「あっ、ヒジリサワショウノスケだー!」
引っ越しのトラックも去って荷解きをしている最中、十四松がダンボールを放り出し、パタパタと台所の方へと駆けて行った。

聖澤庄之助。十四松がどこからともなく連れて来ては、デリバリーコントや史上最低なクイズに参加させたり、NEWおそ松兄さんとして家に上げている謎の人のことだ。そもそも人なのか、あれ。姿を見かける度にフッとそんなことを考えるし、実際その疑問を口にしたことがある。その時たまたま側にいた末弟が、小さいおじさんかもね、と珍しく話に乗ってきた。
ほら、と見せ付けられたスマホの画面には、小さいおじさんに関する記事が並んでいた。小さいおじさんとは都市伝説の一つ。中年男性の姿をした小人で、家の中にいたり外で見かけたりと色々な姿で発見されている、らしい。正体としては幻覚というのが有力だけど、いや未確認生命体だ、霊の類だ、などと様々な憶測が飛び交ってるみたいだ。
ああでもアレは小さいおじさんの定義に当てはまらないっぽいね、と画面のある部分を指しながらトド松は続けた。大きさは大体8センチから20センチ。大きくても40センチ程度。聖澤庄之助は大体1メートル強ぐらい。なるほど、当てはまらないなと頷きあった。結局アレはただのおっさんだろうという結論に達したんだっけ。

ぼんやり思い返しつつも手は動かし、ダンボールの中身を出していたら足音が戻ってきた。どうせ聖澤を両手で抱きかかえてるんだろうな、と思いながら顔を上げる。
「十四松、ソイツと遊んでないでさっさと……」
しかし弟の姿を見た瞬間、言葉が途中で止まってしまった。
「え……えええええええ!?」
「ど、どうしたんだチョロ松!?」
叫んだ瞬間、玄関のドアが開く。買い出しに行っていたカラ松がちょうど戻ってきたのだろう。外まで聞こえてたのか恥ずかしい。……じゃなくて!
「ヒ、ヒジリサワショウノスケダー……?」
「は?」
「ショウノスケだよ!」
「その……小さいのが?」
「うん!」
十四松の腕の中じゃなく、伸びきった袖の上。茶色いスーツ、ハゲ頭、間抜けた顔。弟の掌にちょこんと座っているそれは、紛れも無く聖澤庄之助だった。ただ、いつもよりだいぶん小さいサイズでのお出ましだったが。
「うわー……こんなサイズのもいるんだな……」
「フッ、なんともキュートな姿じゃあないか……いてっ!」
撫でてやろうとでもしたのだろう。カラ松がスッと手を伸ばした途端、カプリと指先を噛まれていた。おいおい、こいつ結構凶暴だぞ。表情変わってないのがまた怖い。お腹空いてるんじゃないかなー?と十四松は呑気に買い物袋を漁り、おやつ用に買ってあったらしい豆大福を取り出す。
「おお……食ってる」
「すごい勢いだな……」
小さな両手で大福を持ち、モチモチと頬張る様はなかなか可愛く思えた。顔はおっさんのくせに、サイズ感のせいかハムスターとかそんな類のものに見えるから不思議だ。おっさんのくせに。やがて食べ終えたそいつは、満足したのか忽然と姿を消した。十四松は残念がりながらも、また来てねーと家の隅に向かって叫んでいた。ああ、あれが件の小さいおっさんだったのかなと思ったのは、寝る直前のことだった。

さて十四松の願いが届いたのか、単純に腹が減ったのか、小さいおっさんは翌日また現れた。十四松はものすごく喜んで、朝飯用の食パンをちぎって与えていた。昨日ほどの勢いは無いものの、両手できちんと持って頬張っている。
「……ヒジリサワショウノスケは庄之助だからー……んーと……豆之助!」
「豆?」
「豆大福食ってたから!」
安直過ぎだろうと返したが、悪くないと思えた。豆って小さいって意味もあるし。とりあえずコイツの名前は豆之助で決定。パンを食べ終えたら何処かへ行ってしまったが、きっとまた出てくるだろうなとなんとなく思った。予想通り数時間後にまた現れ、何やら食べては姿を消し、食べては姿を消しを繰り返す。
「何だろう……エサだけ与えてりゃいいペット?」
「たまぼっちみたいだな」
「たまぼっちはエサだけ与えてりゃいいわけじゃないだろ」
豆之助と遊ぶ十四松を、カラ松と二人眺める。だんだんと姿を現す時間は長くなっていき、エサ(という名のおこぼれ)を食べ終わっても姿を消すようなことは無くなった。懐いたってことだろうか。まあそうなんだろうな。
兄弟三人と、見慣れた小さいおっさんと、ごくごく普通の日々。傍から見たらちょっとだけおかしいかもしれないが、非日常の乱入に慣れている僕らにとっては、限りなく平和で理想的な毎日だった。順風満帆にとまではいかなくとも、この奇妙な同居生活は上手くいっていた。いっていたのだ。
そう、あの夏の日までは————。

安さだけが売りのボロアパート。空っぽだった隣の部屋に人が引っ越してきたのは、梅雨が明けきらない初夏のことだった。
「あ、あの……突然すみません。隣に引っ越してきた者ですが……」
新品のタオルを手にやって来たのは、妙齢の女性だった。恐らく僕らと一回り程度離れていて、少々幸薄そうな風貌ではあったけど、十分美人さんの部類に入る。ちょ、ちょっとだけドキドキしたよね。何か良い匂いしたし。か、嗅いでないから!自然に漂ってきたというか何というか。うん。
「オレも是非お目にかかりたいものだな……そのビューティフルレディに」
「ぼくもおねーさんに会ってみたーい!いつ会える?」
「隣に住んでんだから、いつでも会えるだろ」
わいわいと夕飯を囲んでいる中で、サッと何かが食卓を横切った。最初は台所昆虫Gだと思ってビビってたけど、もう慣れた。十四松がヒョイッとつまみ上げる。
「豆之助、お腹すいたのー?」
「さっき僕の肉団子食ってただろ?もう無いよ」
「それでもハングリーならば致し方無いな。ほら、特別に一つ分けてやろう」
カラ松が箸を使って、肉団子を半分に割って渡してやる。しかしそれをじっと見つめるも、プイッと顔を背けた。珍しいな。無表情のくせに卑しん坊のコイツが、飯に興味を示さないなんて。なんて思っていたら、ガブリと僕の指先を噛んだ。何でだよ!

「おい豆!ふざけんなよ!!」
「んー、しょっぱいものの気分じゃなかったのかなー」
そのまま何事も無いような顔で食卓から降りると、ちらっとこちらを振り向く。そしてそのまま姿を消す……なんてことは無く、トテテと寝室の方へ歩いて行ってしまった。
「早く十四松と遊びたいんじゃないのか?」
「あっ!そうかも!よっしゃー!すぐ行くねー!!」
ごちそうさまでしタァーッチアップ!と勢いを付け、十四松は寝室へすっ飛んで行く。食器片せよー!と投げた言葉は、多分聞こえてないだろうなと思った。

それからゆるやかに季節が進んでいく中で、変わったものがある。それは職場での関係だったり、家事スキルの向上だったり、家事当番の順番だったり。その中でもとびきり変わったのは、隣人との関係だろうか。
会えば挨拶をする程度だったけど、意外にもあの風貌で(と言ったら失礼かもしれないが)アイドルが好きなのだというのが判明して以来、すっかり意気投合してしまった。今では彼女の家にお呼ばれしたり、共にアイドルのライブに行ったり、外でお茶したりなんてこともしている。何故だかこちらの家には来ようとしなかったけど、充分だ。数カ月前の自分、いや今までの自分からすれば考えられないぐらいの環境。幸せの絶頂だった。
「で、明日の夜もデートなんだ。仕事場から直接行くし、夕飯はいらない」
「う……うん」
「わかった……」
あれ?いつもにも増して反応が鈍い。ああ、二人とも疲れてるんだろうな。それとも耳だこって奴かな。どっちにしろ悪いことしちゃったな。ひけらかすような真似はしたくないって思ってたけど、いざそういう人が出来ちゃうと自慢したくなっちゃうよね。ごめんごめん。
「ふああ……ごめん、もう眠いから先に寝るよ」
最近、何だか寝ても寝ても眠いのだ。夕飯を終えたばかりの二人を残して、僕は寝室へ足を向ける。
「チョロ松兄さん……やっぱり……」
「ああ……だろう……でも……」
「だって……隣からは……」
途切れ途切れに聞こえてくる兄弟の声を聞きながら、重たい瞼をスッと下ろした。

「じゃあ、また明日」
手を振りながら、それぞれの家へ帰る。ああ幸せだなあ。まだ手を繋ぐことしか出来てないけど、段階を踏まえてあんなことやこんなことも…!なんて妄想が広がる。童貞卒業の道もそう遠くは無いだろう。
「ただいまー」
ガチャリとドアを開けたけど、誰もいない。もう夜の九時を回ってるというのに、二人ともどこへ行ったんだろう。携帯にも連絡、入って……ないし……。
「ん……?……あれぇ……?」
ここ最近の比でないレベルの眠気が、急に襲って来た。何か重たいものにのしかかられてるみたいだ……とてもじゃないが立ってられない。玄関先にもかかわらず膝を付き、ズルリと身を横たえた。まあここで寝てても……夏だから風邪ひかないだろ……十四松かカラ松が起こしてくれるか、最悪布団まで運んでくれるはず……。回らない頭でそんなことばかり考える。
「あ……良い匂い……」
あの人の香りだ。とても心地良い。ふわりと鼻孔をくすぐる甘い香りに包まれながら、僕は意識を手放した。

カンカンカンカン
カンカンカンカン
うるさいな、僕はまだ寝ていたいのに。
カンカンカンカン!
カンカンカンカン!カンカンカンカン!!
その内止むだろう、放っとこう。
カンカンカンカン!カンカンカンカン!!!
カンカンカンカン!ガブリ。

「いってえ!……ってお前かー!」
鼻先を噛まれた痛みで飛び起きた僕の前にあったのは、間抜けた表情。豆之助だ。何の用事だろうと思ったが、まあ大体分かる。飯の催促だろう。アイツ専用の小皿をフォークで叩くのは、そういう合図だ。
「カラ松か十四松が帰って来たら貰えるよ……もう眠いから寝かせ……いっだだだ!!……ああもう!分かったよ!」
重たい体を引きずって冷蔵庫を開ける。うわ、何にもない。卵と牛乳しか無い。……どうしようと豆之助の方を見ると、何やら引きずっている。……豆大福の入ってた袋?
「……まさか豆大福買ってこいってこと……?」
カンカン!正解!と言わんばかりに二回叩く音。もう眠くて眠くて仕方ないのに……。重い溜め息を吐いてゆっくり立ち上がる。側に落ちてたカバンを拾い、鍵をかけそこなっていたドアに手を掛ける。
「豆大福なかったら、饅頭だからな」
カンカンカンカン!これは抗議なんだろうか、単にいってらっしゃいと言っているのか。どうでもいいことを考えながらドアを開け、生ぬるい風を全身に浴びた。

家から出た瞬間、さっきまでの眠気が嘘のように吹き飛んでいった。体が軽い。何だか不気味なぐらい軽い。首を傾げながらも近所のコンビニまで歩く。が、豆大福どころか饅頭すら置いてない。違うものでもいいけど、無かったら饅頭なと言った手前なんとなく悪い気分になる。仕方なくもう少し足を伸ばして別のコンビニへ。ここも無い。もう一軒、無い。じゃあもう一軒……とムキになって、とうとう町外れまで来てしまった。
「あ、あった……豆大福……」
ハシゴした甲斐があった。良く分からない達成感に包まれながら、夜道を戻る。これ食わしたらさっさと寝よう。あんな玄関先で寝てしまうなんて、疲れがたまってるからに違いない。ゆっくり風呂に入って眠れば疲れもとれるだろうし。
——そう、思っていたのに。
「…………え」
駐車場付近には人だかり。立ち上る煙、ゴウゴウと燃えて爆ぜる音、オレンジ色の火に包まれたアパート。にわかには信じられない光景が目の前に広がっていた。そんな、たった数十分前にはここにいたのに……。呆然と立ち尽くしていると、前の方から聞き慣れた声が響いた。
「兄さん!チョロ松にーさん!」
「離してくれ!弟が中にいるんだ!」
「えっと……十四松……カラ松……」
消防隊員らしき人に取り押さえられていた二人に、そっと声を掛ける。小声になってしまったのは、ここまで心配してもらってるのにノコノコ出て行くのが、少しばかり恥ずかしかったから。それでもちゃんと聞こえていたらしく、十四松とカラ松は全く同じタイミングでバッ!と振り向いた。
「チョ……チョロ松……?」
「チョロ松兄さん……っ、うわああああん!!!」
涙と鼻水で酷いことになっていた二人に抱きしめられ、途端に身動きがとれなくなる。ギュウギュウと押しつぶされ、正直苦しい。それでも振り解こうと思わなかった。思えるはずが、無かった。

——後から聞いた話によると。出火場所は僕らの住んでいた隣の部屋からだったようだ。しかしそこはずっと前から誰も住んでいない空き部屋で、更に言うと訳あり物件だった。十数年前、あの部屋で一人、焼身自殺を図ろうとした女性がいたらしい。それ自体は未遂に終わったけど、結局その後飛び降りで自らの命を断ったらしい。
「チョロ松は、きっと気に入られてしまったんだろうな。だから連れて行こうとして、あんなことを……」
「隣の部屋、人の匂いが全然なかった……でも言いたくなかった。チョロ松兄さん、すっげー幸せそうだったから……」
十四松とカラ松は早い段階で気付いていたみたいだった。反応が鈍いなと思い込んでいたアレは、単純に心配してくれていただけだったんだ。今更思い返して恥ずかしくなる。
「だけど、もっと早くに言っておけば良かったな。もう少しで、取り返しの付かないことになっていた」
「ううん……僕も、なんとなく心のどこかでおかしいとは思ってたんだよ」
思い返せば幾つか思い当たる点は有った。大好きだったはずなのに、名前が分からないとか、ぼんやりとした記憶しか無いとか、声も顔も上手く思い出せないとか。どう考えても違和感ばかりだった。それらに目をつむって楽しい気分に浸っていたのだから、自業自得だ。
「……豆之助が、助けてくれたんだね」
賞味期限の切れそうな豆大福を、そっと見つめる。きっとアイツは、二人よりももっと早く気付いてたんだろう。確かめる術は無いし、確かめようとも思わないけど。でも……多分そうなんだと思う。
「豆大福、食べさせてあげたかったな」
あれから実家に戻ってきたけれど、豆之助の姿は見ていない。妖精のようなものだったから、消えてどこかへ行ったのか。それとも、火に巻かれてそのまま……。僕は、前者であると信じたい。恐らく二人も同じことを思っている。
「また、ひょっこり出てくるさ」
「そうだね」
少し固くなった大福を、そっと小皿の上に置く。蚊取り線香の匂いが夕焼けに溶けていく。
もうすぐ夏が、終わろうとしていた。

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