会いたい

お題:オリジナル/十四松トド松小説

 八月の半ば、時は午後二時。僕と十四松兄さんの二人はいつものように扇風機のある家の広間……ではなく、太陽がギラギラと照りつける真夏の河川敷を歩いていた。「隣町のスーパーで二時まで牛乳と卵が安いの、家で転がってるくらいなら二人で行ってきてちょうだい」と言ったのは勿論母さんで、千円札とメモがそれぞれ一枚ずつ入った財布を握らされ僕らはお使いに駆り出されたのだ。メモには『牛乳は一家族あたり二本、卵は一パック限り。余ったお金で一人に一つずつ好きなもの買ってよし』と書かれており、嬉々として駐車場のベンチでアイスを食べてきたのだが、それが失敗だった。
「飲み物にしとけばよかった」
 ペットボトル飲料はかさばるかと思い、せめて一時の涼しさを感じようとアイスを選んだのだが、ただ立っているだけでも汗が噴き出すこの暑さの中、ささやかな涼は十分もしない内に消え去った。これなら多少ぬるくなることやかさばることには目をつぶって飲み物にすれば良かったのかもしれない。昼食を食べながらなんとなく聞き流していたテレビの天気予報では正午を境にこれまでにない暑さに見舞われるだとか何だか言っていた気がする。このまま歩いていれば間違いなく喉は渇ききってしまうことだろう。 

* * * *

 ただ立っているだけでも汗が噴き出す暑さの中でも十四松兄さんは相変わらず元気だ。もしかしたら蝉の大合唱にも負けないのではないかと言う気さえしてくる。
「1、2、3、ドゥーン!」
 今だって僕の隣で掛け声に合わせて牛乳と卵が入ったスーパー袋をぶんぶんと振り回している。小さなものがいくつも入っているわけではないため隙間から零れ落ちるということはないだろうが、いつ手を滑らせて飛んで行くかと思うと気が気でない。あ、今牛乳パックの角で袋の隅に穴が開いた。最初は小さな穴だったがだんだんとそれは大きくなり、やがて牛乳パックは……。
「って、実況してる場合じゃない!」
 慌てて腕を広げ、地面に落ちるすんでのところで何とかキャッチする。
「トッティナイスキャッチ!」
「もう、違うでしょ。あー、袋破けちゃったから手で持っていかなきゃ」
 手を叩いてはしゃぐ兄さんをよそに僕は炎天の下を生ものを持って歩くことを想像し、一人ため息をつく。
 直後、近くの草むらからぽすり、と何かが落ちる音がした。
「もしかしてだけどさ、財布も袋に入れてたってことは」
「……すっごいね、もしかしてエスパーだったりする?」
 若干目線を逸らしつつ後ずさりする十四松兄さんを見ながら僕は思考をめぐらせる。もしこのまま財布を見つけられないまま家に帰ったら、……うん絶対に叱られる。何としてもそれは避けたい。

 草むらに入るべく、仕方なく破れたビニール袋を下敷きにして道端に買ったものを置いたが、草むらの中にあるということ以外は財布が何処に落ちたかわからない。正直気乗りはしないが見つかるまでは帰れないため、足元から捜索を開始する。足を動かす度にさわさわと草が揺れ、ズボンとソックスの隙間の素肌に当たりくすぐったい。
「ほぼノーヒントってきついよね」
「すいやせん……」
「良いって。他の兄さん相手なら切れてたけど」
 こういうところが特別十四松兄さんに甘いと言われる要因なのかもしれないが、十四松兄さんが相手なのだから仕方がない。でもビニール袋振り回し禁止令くらいは出した方が良いのかもしれない。そんなことを考えながら草をかき分けていると聞き慣れない声が耳に入った。

「あの、もしかして財布ってこれのこと?」
 不意に後ろから声をかけられ振り向くと、そこにはいつの間にか白いワンピースを着た女性が立っていた。ベージュの帽子を被っており顔の全体は窺えなかったが、声の調子からするに僕たちよりも少し年上、といったところだろう。彼女の右手には十四松兄さんが先程飛ばした財布の姿があった。
「お姉さんありがとうございマッスルー!」
「どういたしまして。私もちょうど探し物をしていたところだから」
 ふふ、と笑いながら女性は兄さんに財布を手渡す。
「それって大切なもの?」
「ええ、大切な人にもらった時計なの」
 優しそうな声でそう話す彼女を見た十四松兄さんはばっと僕の腕を引いて「じゃあ、財布見つけてくれたお礼に僕たちもお姉さんの探し物手伝うね!」と声を上げた。

「ちょっと、十四松兄さん突然どういうことなの!?」
 引かれた手はそのままに一旦女性から距離を取り、僕は発言の真意について訊ねた。
「そりゃあお礼に手伝ってあげたい思いもあるけどさ、こんなに暑いのに買ったもの置いておけないでしょ」
 確かに兄さんの手伝ってあげたいという気持ちもわからないことはない。それでも生ものをこのまま炎天下に放置するわけには行かないし、僕自身早く帰りたいという思いがあったためどちらかといえば手伝うことには反対だった。
「でもでも! あのお姉さん時計見つからなかったらすっごい困るはずだよ。大切な人にもらったっていってたし……助けてあげたいんだ」 
 だめかな、と首を傾げ僕の顔を覗き込む十四松兄さんの瞳に迷いはなかった。きっと目の前の彼女に、かつて恋をしたあの子の面影を重ねたのだろう。兄さんがこの目をしたら最後、他の人が何と言おうとも簡単には退かないことは僕が一番知っている。
「……わかった。でもその前に一つ! 袋の中身を家に持って帰ってからね。流石にこの暑さじゃ牛乳も卵も傷んじゃうし」
 瞬間、兄さんの表情がぱっと明るいものとなり、腕をばたばたと上下に動かしながらその場で飛び跳ね始めた。
「トッティ……! ありが盗塁王!」
「そういうわけでお姉さん、ちょっと時間もらっても良いかな。また戻ってくるから」

* * * *

 無事に家まで辿り着き、卵と牛乳を冷蔵庫に移した後水分補給を済ませた僕たちは急いで彼女の元へ戻り、一緒になって時計を探すことになった。相手がどうやら自分たちよりも年上らしいということに最初は緊張したが、話してみると意外と気さくな人だということがわかり、無言のまま背中合わせで探す心配は消えたためひとまず安心する。
「——まあ、貴方たちって六つ子、なの? 道理で似ていると思ったわ」
「そうだよ、珍しいでしょ! 僕が五男の十四松でこっちのトド松が六男」
「長男から末弟までみんな似てるって言われてねー。昔からの知り合いでもたまに間違えるよ」
「そうなの」 
 やはり双子や三つ子までは聞いたことがあっても六つ子は珍しいようで、話の一つひとつに相槌を打ってくれる。近所の人は昔から僕たちが六つ子だと知っているため今更驚く人はおらず、目新しい反応を示してくれる彼女の存在は話している方としても気持ちが良かった。 
 盛り上がった話の流れで思い切って僕は気になったことを口にする。
「気になってたんだけどワンピース着て探し物って動きづらくないの? 僕たちみたいに一回戻って他の服に着替えた方が良いんじゃないかな」
 ぱっと見ただけでは白いワンピースだということしかわからなかった彼女の服装だが、よく見ると袖はふんわりと膨らんでいて、各所にフリルやリボンがあしらわれており、いかにも今から外出しますといったデザインだった。万が一汚れが付いたり穴が開いたりしたら、と思うといっそのこと着替えたほうが良いのではないかと思ったのだ。
「そう思うわよね……私も本当は違う服を着る予定だったんだけど」
 僕の質問に彼女は苦笑いしつつ一旦言葉を切り、ぽつぽつと胸の内を明かしてくれた。
「でもこの服、あの人が、私に似合いそうだからって選んでくれたものだから、少しでも長く着ていたくて」
 俯きながらもその時のことを思い出すかのように微笑むその姿は幸せそのものだ。
「それに、私にはあまり時間がない。この時期しかこっちに来られないもの」
 仕事が忙しいからなのか今の時期にしか来られないと自分に言い聞かせるかのように話しながら、ずっと手を動かし続ける姿に僕は何故かもうこれ以上何かを聞いてはいけない気がして、「そっか、今じゃないとだめなんだね」とだけ返し、再び捜索に専念することにした。

「わっせわっせ、お姉さん! 探し物ってこれじゃないかな!?」
「あら……これだわ、私の時計」
 三十分程経った頃だろうか、離れた場所からものすごい勢いで走ってきた十四松兄さんが手にしていたのは細い鎖の付いた銀色の懐中時計。ところどころ土で汚れてはいたが、文字盤に薔薇の模様があしらわれたそれは汚れていてもなお、本来持つ美しさを失ってはいなかった。一つ気になるところを挙げるとすれば、時計の針が中途半端な時間を指したまま止まっていることだろう。
「ありがとう十四松くん、勿論トド松くんも」
「でもこれ、止まってる。どこかで直して……」
「やっぱり。……ううん、良いの、このままで。この時間は変えちゃいけないから」
 十四松兄さんの言葉に彼女は特に驚いた様子もなく、代わりに左右に首を振りどことなく寂しそうな表情を浮かべながらネックレスのように懐中時計を下げた。

「二人とも本当にありがとう。これでやっとあの人の傍に行ける」
 深々と頭を下げ、お礼を言う彼女を僕たちは制す。
「そんなにかしこまらなくても大丈夫だって。ね、十四松兄さん?」
「トッティの言う通り!」
「本当に優しいのね。……私、そろそろ行かなきゃ。短い間だったけどさようなら」
 名残惜しそうに別れを告げ、今までとは逆方向に向き直った彼女に二人でそっと手を振った。

* * * *

「……あのさトド松、少し良いかな」
「うん、良いけど急にどうしたの」
 歩き始めた彼女の後ろ姿を見送りながら、十四松兄さんは声を潜め、とても言いにくそうにしながら僕に話しかけてきた。普段ならトッティと呼んでくるはずのところを敢えて名前で呼んでくるということは何か思うところがあったのだろうか。
「トド松は気づいてたかわからないけど……さっきのお姉さん、もう亡くなってるよ」
 『彼女はもう亡くなっている』、兄さんの口から出たのは僕が予想もしていなかった衝撃的な言葉だった。
「え、は、何……言ってるの、だってさっきまで普通に話してたし、亡くなってるってそんな……」
「しばらく見てたらわかるよ」
 さっきまでは探し物に夢中で気が付かなかったが、彼女が草むらから抜けた時、僕はその言葉の意味を理解し言葉を失った。彼女の足元には本来存在するはずの『影』がなかった。

「……兄さんはどこで気が付いたの、あの人が……僕たちとは違うって」
 言いたいことはたくさんあるはずなのに、頭の中で様々な感情が交錯し、やっとの思いで絞り出した言葉はとてもシンプルだった。
「何か違うなって思ったのは最初からなんだけど、決定打、って言うのかな……そういうのは『この時期にしかこっちに来られない』ってお姉さんが言ったこと。
 『この時期にしか来られない』、あれは普段の仕事が忙しいから休みが取れる今しか来られないってことじゃなくて、あの人が亡くなってるから決められたお盆の三日間にしか来られないってことなんだよ」
「……」
「後ね、こればっかりは推測になっちゃうんだけど、さっきの時計土で汚れてたでしょ。実はあれ落ちてたんじゃなくて鎖だけ地面に出てて本体は土に埋まってたんだ。中の電池が切れたままだったり時計自体が埋まる時間を考えると少なくとも五、六年必要だからあのお姉さんは……あれ、聞いてる? おーい」
 十四松兄さんの言葉はもう途中から耳に入っていなかった。ただ一つ確かなことといえば、この体験が非日常的と言えることだけ。本当に彼女の探し物を手伝っても良かったのか、そもそも懐中時計が土の中で数年間眠ったままだったということは持ち主であった彼女の亡骸は本当はまだ見つかっていないのではないか、そんなことを考えながら僕は意識を手放したのだった。

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