昆虫採集

お題:オリジナル/はいどのれいんおそ松カラ松小説

真夏のかんかん照りだった空は一変して、瞬く間に表情を曇らせた。
豪雨であっと言う間に色を変えた土。
それを跳ねさせ駆けるは、おそ松とカラ松だ。
用意周到とは程遠い二人は、予報も確認していなければ雨具やタオルも備えていなかった。
しばらく駆け、葉を多く茂らせた大木の元へ揃って避難する。

「あーもーなんでぇ!?さっきまでちょう良い天気だったのに!」

おそ松はそう言いながら恨めしげに天を仰ぎ見た。
その拍子で眼球に雨粒がぶつかり、いてぇと喚く。

「レインアウトでエイトシャットアウト・・・これでは虫捕りも出来ないな」

隣のカラ松は、滴るシャツを絞りながら言う。

虫とはカブトムシやクワガタの事だ。
テレビ番組でみた、虫を採集し、売り、大金を儲けていた出演者に影響を受けたのだ。
卑しい六つ子が、ならば自分たちもと軽率な気持ちで虫籠を持ち山へ赴いた今日。
虫が多く出るとの口コミがあったその山はそれなりの広域で、手わけが要ると考えた六人は二人ずつのチームにわかれる事に決めた。
兄弟全員が安易に、ムシキングの称号を手に入れ金を荒稼ぎする事を夢見ていた。
因みに、一番大きい虫を捕ったチームには褒美を。
ビリケツのチームには罰ゲームをと、至らないルールを設けてもいる。

「これは当分やまねぇな。今日はここまでか?あいつらどうしてっかなー、俺たちのよりデカイの捕ってたら嫌だな」

「心配には及ばないぜブラザァ・・・俺たちのSGH号に勝る虫は居ないさ」

SGH号とは、シャイニングゴッドヘラクレス号の略称である。
カラ松が勝手に名付けた彼は体長50mmの普通のカブトムシだ。
かのヘラクレスオオカブトではない。

「えぇでもそいつすげぇ普通じゃん。プレーンすぎ」

「なんて事を言うんだ。俺にはわかるぜ、こいつの熱いジャパニーズスピリット・・・それに大きさなど関係ない」

「いや、関係あるある。大きさ競ってるからね俺ら。しかも大和魂のわりに名前の洋モノ臭なに?」

「俗な言い方はよせ!」

二人が言い合う中、SGH号は居心地悪そうに籠の中を這っていた。
雨脚はどんどん強まり、雷が鳴る事を恐れているようにも見える。
何気なく籠の中を眺めていたおそ松がふと、あることに気付いた。

「あれ?そいつなんかおかしくね?」

その言葉にカラ松も自分の手の中の籠を覗き見る。
そしてその違和感の正体を確認した。

「ああ・・・本当だ・・・」

SGH号の右側の一番後ろの足が欠損していたのだ。
捕まえた時には気付かなかったが、確かにない。

「もしかして、木から剥がす時にもいじゃったかな」

「オウ、マイ、ゴッド・・・だが、乱暴に扱ってはいないぞ。もともとじゃないか?」

カラ松が言うように、木に張り付いていたSGH号は角を掴めば大人しく木肌から足を離した。
欠損の原因が他にあるとすれば、縄張り争いが妥当だろう。
心なしか動きが鈍いのも、それで弱っているからなのかもしれないと二人は思った。

「なぁこいつ逃がさねぇ?なんか弱ってるぽいし、足ないんじゃ値段も付けらんないでしょ」

「ンン・・・そうだな、俺も今そう思っていたところだ」

こんな狭いところで残り少ない生涯を終える事も無いだろう。
カラ松は籠の蓋を開け、それを抱えた両腕を天へ突き出した。

「飛び立てSGH号!お前はラストサムライにふさわしい!その生きざま、しかと見届けたり!
黄金の羽根を広げ、フリーダムスカイにフライアウェイエスケープだ!」

その横顔には「弱った虫を逃がす、カッコイイ俺!」と書かれてあった。
しばらく腕を突き出していたが、中の存在はピクリとも動こうとしない。
それもそうだろう。弱っているのだから。
おそ松は何も言わず、真顔でそれを眺めている。
やがてその状態がきまずくなったカラ松は、そっと腕をおろした。

「・・・安全な場所に降ろしてやるか」

「うん、そうしな」

おそ松が変わらぬ真顔で頷いた後だった。
二人して同じ方向を見やる。
茂みの奥から、人の気配を感じたのだ。
それは一人では無く、何人もの。
空は相変わらず暗く、雨は更に強かに土を叩いている。
その音に混じり、大勢の足がぬかるみを踏んでゆく音がする。
その中でカラ松は、木々の隙間から色々な子供の顔が通り過ぎるのを見た。
十歳程もいかぬ少年少女が、ゾロゾロと足場の悪い道を進んでいる。

「キッズだ」

「子供ぉ?こんな雨ん中なにしてんだ、子供会か?」

虫がよく捕れるで有名なスポットだ。
子供がいてもなんらおかしくないが、やけに大人数なことから地区の集まりで昆虫採取のイベントでもされていたのかもしれない。
それが、このゲリラ豪雨で一斉退散といったところか。
雨音に混じり、若く高い話声がかすかに聞こえてきた。

「ひゃー、普通この雨の中で子供歩かせる?最近の親御さんはうるさいぞー」

「モンスターペアレンツというやつだな。だが、じっとしているだけというのも不安だろう」

まさしく、ただ立ちすくんでいるだけの二人も一抹の心もとなさを感じ始めたところだった。
二人の間には足音が絶え間なく響く。
子供らに紛れてついて行って、一緒に保護してもらったりもいいんじゃないか、と考えだした時だった。
二人のすぐ近くの茂みが揺れる。
するとそこから徐に、一人の少女が出てきた。
「わ」とおそ松が小さく声を上げると、すぐに少女は顔を上げて足を止めた。

「よっ。お嬢ちゃんびしょぬれじゃん。風邪ひいちゃうよ?」

おそ松が軽く声をかける横で、女子慣れしてないカラ松はそわそわ視線を泳がせていた。
呼びかけられた少女は、表情も無くじっと見つめると口を開いた。

「お兄ちゃんそこでなにしてるの。おいてっちゃうよ」

それだけ言い放ったと思えばまた、足早に他の子供の列へと戻っていった。

「ええー、おいてっちゃうってよ。どうするカラ松?合流しちゃう?」

「とても可憐な子だったな・・・」

「お前ストライクゾーン広くね?まあいいや、行くか」

じっとしている事にも飽きたと、列を追って足を進めた。
ちょうど最後尾だったらしく、二人が合流する頃には後ろに続く子供はおらず少し先の茂みの隙間から何人かの子供の後ろ頭が見えた。
列の先頭にはちゃんと保護者がいるのだろうかとカラ松の脳裏に一瞬不安がよぎるが、自信満々に歩く兄を横目にすれば何とでもなる気がして、すぐに考えを止めた。
頭のてっぺんを強かに雨が打つ。
泥が跳ね、足元も土にまみれていた。
滴るしずくで、目もまともに開けていられない。
その状況にげんなりしつつ、森を抜ければ洗い場ぐらいはあるだろうと期待を持って歩いた。

足元に注意しながら進んでいるときだった。
突如二人の視界に、サンダルを履いた華奢な足が飛び込んできた。
顔を上げると、そこには先ほどの少女がじっと佇みこちらを見ている。

「さっきの子じゃん。まっててくれたの?やっさしー!」

「可憐だ・・・」

二人は口々に言うと、少女に近づいた。
雨が酷いせいか、少女の顔は俯き加減になっている。
泥まみれの足もとと、濡れて滴る洋服や髪が寒々しい。

「お兄ちゃんきた。からっぽだね」

少女は相も変わらず無表情でそう言った。

「おい、カラ松。お前おつむからっぽなのバレてるぞ」

「えっ・・・俺・・・?」

カラ松はみるみる消沈してしまった。
その様子を見てか、少女ははじめて表情を和らげるとクスクス笑い、再び先へと消えて行ってしまった。
再び置いて行かれた二人は呆然と立ち尽くす。

「うわあ、あの子は将来、トト子ちゃんばりの小悪魔ちゃんになるよ絶対・・・」

「笑顔も可愛かった・・・」

カラ松がそう言ってさめざめと泣いている時だった。
後ろから何かが駆けて近づいてきたのだ。
突然の足音に二人は驚いて振り向くと、急速に近づいた影はカラ松にぶつかってきた。
するとそれはそのまま体制を崩して倒れこみ、泥沼の地面に尻もちをついてしまった。
一方のカラ松はというと、咄嗟の事に対応できず、衝撃をうけた拍子に足をぬかるみにとられ、すべって反回転し、一瞬だけ浮き、そのまま体が倒れ、後頭部から地面に着地した。
ンアーウチッホゲェ!という独特の悲鳴は、雨音に混じって泥の中に消えた。

「おい!なんだよ、あっぶねーな!」

思わず、おそ松が叫ぶ。
ぶつかってきた正体は、先ほどの少女よりも少し大きい少年だった。
転んだ拍子に跳ねた泥が、黒茶色の髪にまでついていた。
顔から全身泥まみれで、恨めしそうにおそ松を睨んだ。

「カーッ、謝りもしねえ!まあ、俺には害が及んでないからいいけど?」

「・・・・おそ松、俺はよくない・・・」

少年同様に全身が泥まみれとなって仰向けになったカラ松が、ぼそりと呟いた。
しかしすぐに、ハッとして自分の手の中の籠をみる。
手さえ離さなかったが、かなりの衝撃がSGH号にも及んでしまっただろう。
まさか死んでしまってはいないだろうか。
しかし確認する前に、何かが倒れる音でそれを妨げられた。
音がした方に目線を送ると、少年が立ちあがろうとしたのだろう、
しかし足でもひねったのだろうか再び体制を崩して両ひざをついていた。

「あーもーしゃあねえな。ホラ、お兄ちゃんの手をかしてやるよ」

おそ松がそう言いつつ、手を差し伸べる。
すると意外にも、少年は素直にその手をとった。
ぬかるんで滑る地面に注意しながら、そのまま立ちあがらせる。
しかし少年は黙って俯いたまま何も言わなかった。

「おい、お礼ぐらい言えないと世渡り上手くなれないぜ?」

すると、少年の口がかすかに動いた。

「・・い・・・し・・・」

しかし声は限りなく小さく雨音も相まっておそ松の耳には届かない。

「あ?なんて?」

聞き返したときだった。
唐突にカラ松が声を発した。

「おそ松、その手、はなせ」

「は?」

おそ松がカラ松をみる。
カラ松は上半身だけ起こした状態で少年を凝視していた。
そして

「手を離せ!!」

次には大声を出した。
その声に、ビクリと肩を揺らしたおそ松は反射的に手を振り払う。

あっさり離れた少年の細い腕。
しかしそれはあろうことか、宙を舞い、その立ちすくんだ足元にベチャリと落ちた。

腕が、もげている。

おそ松はそれを目で追っていたが、理解が追い付かないままに硬直していた。
うしろでカラ松の「ひ、」という短い悲鳴が上がる。

少年はまだ立ちすくんでいた。もがれた腕に目もくれず、おそ松を見開いた黒い目で凝視している。
そして徐々にその口を「お」の形に変えてゆく。
おおきく、不自然な程におおきく広がる、口。

「ギ・・・・ギ・・・ギ」

その口の形には不適すぎるつぶれた音で、少年が鳴きだした。
ノコギリとガラスが摩擦するような不快音。
同時に首や、残った手足が、カクカク奇妙に動き痙攣している。

二人は思考よりも先に体が動いた。
おそ松は踵をかえし、カラ松は体を起こし、急いでその場から離れようとした。
理解は追い付かない。しかし本能で体を反転させる。
が、

「お兄ちゃんそこでなにしてるの。おいてっちゃうよ」

少女が目の前に立っていた。

「うわ!」と同時に声を上げ、二人は動きを止めざるを得なかった。

すると、声を上げ蠢いていた少年がピタリととまった。
少女は無表情で動かない。
その視線の先には少年が居るはずなのに、その瞳から何の感情を得る事もかなわなかった。

「え、おにいちゃん?」

おそ松が違和感を覚えた頃には遅かった。
後ろの少年が近づいてくる音が聞こえたのだ。
おそ松とカラ松は、反射的に道の両脇へと飛びのいた。

少年はそんな二人に目もくれず、ゆっくり覚束ない足取りで少女に近づいて行った。
少女はと言えば、驚きや恐怖もないどころか、それを確認するやいなや笑顔を張り付け、
そしてまた元来た道を戻っていく。
その後を追うように少年は足を進め、そして姿が見えなくなった。

やがて、足音も小さくなり、消えた。

おそ松は顔を引き攣らせたまま硬直し、少女と少年が消えた道から目を離せないでいた。
大勢が歩いたぬかるみ。
その少年の一番新しい足跡に、あるはずの右足の形がなかったのだ。
一方のカラ松は思い返していた。
少女の目線は常に、自分の手元にあった事を。
そして感じていた。
自分の手にある籠の中から生命の気配はなく、まさに「からっぽ」である事も。

気付けば雨はやみ、雲間から光が差し込んでいた。

おそ松とカラ松は籠の中の抜けがらを埋める事にした。
終始無言で作業を終えると、逃げるようにその場を後にした。
子供が列をなしていた道を速足で引き返しながら、何匹ものカブトムシの死骸が転がっているのを見た。
しかし二人は見て見ぬふりをしながらひたすら無言で突き進む。
しばらく会話をする気も失せていた二人だったが「ひとつだけ聞きたいことがる」と先に口を開いたのはおそ松だった。

「お前なんであの時、俺に手を離せって言ったの」

おそ松の横顔に覇気はない。
カラ松はしばらく口を噤んでいたが、ゆっくり話し始めた。

「俺は、あの時寝ころぶようにしていただろう?その位置が悪かったんだろう。あいつの顔がよく見えたし、それと。・・・声が聞こえてしまったんだ」

 
 
 
 

『てはいらない。あしがほしい』

 
 
 
 

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