カメラと心霊写真に関する弟の考察と見解、空き家にて

お題:カメラ/むてきT一松十四松小説

 夏の盛りに簡単なアルバイトをする事になった。一つ下の弟と、最近生まれた子猫を見に行った夕暮れの帰り道。出っ歯の眩しい昔なじみから「お金をあげるからちょっと頼まれ事をして欲しいザンス」と否応なく黒いバンに乗せられた。またブラックな工場にでも連れて行かれるのかと思ったのだけれど、僕達を乗せたバンは意外にも、何の変哲もない住宅街の外れ、少し古びた民家の前で止められた。促されるままバンを降りて、手渡されたのは一台のデジタルカメラ。何でも、テレビ番組に売りつけるための心霊写真を撮ってこい、との事だ。真夜中の廃墟で有れば、そんな写真も撮れるかも知れない。けれど今はまだ空が赤い時間帯で、ひとの気配こそ無いとはいえ廃墟と言うにはキレイすぎる一軒家、所謂ただの空き家。撮れるわけないと帰ろうとする僕を、「撮れる撮れる!お金もらってうんまーいもの食べよう!」と弟が、十四松が強引に一軒家の中に連れ込んだ。

 ピッ、ピッと無機質な電子音を立ててシャッターが切られる。その度にピカピカとフラッシュが光り、僕は眩しさに何度か目を瞬かせた。
「こんな時間でも意外と暗いねー!」
「電気止まってるしね」
 外観からは想像つかない程、室内は荒れていた。ホームレスや何かが出入りしていたんだろう。居間らしき部屋には酒瓶やコンビニ弁当のゴミが散乱していて、つけっぱなしのカーテンは所々焦げたり破れたりしている。それでもやっぱり廃墟と言うにはキレイすぎて、怖くも何ともなく住めと言われれば喜んで住むレベル。十四松はデジタルカメラが物珍しいのか、時折変なボタンを押しては首を傾けたり、撮ったばかりの画像を液晶に映し出しては「おー!」と声を上げている。僕はと言えば、早々に飽きてしまって足元の空き瓶をつま先で蹴ったり意味もなくカーテンを開け閉めしたりして時間を潰していた。
「こんな所で心霊写真……撮れないんじゃない?もう帰ろう」
 数十分はそうしていただろうか。飽きもせず写真を撮っていた十四松に声を掛けた。帰るか、もしくは他の部屋に行くとか、とにかく僕はこの部屋に飽きてしまったのだ。それにとにかく暑い。風通りの無いこの家の中はじっとりと湿っていて、体に纏わりつく生ぬるい空気が、とても不快。十四松は立て続けに電子音を数回鳴らして漸く振り返り、デジタルカメラを僕に差し出した。
「カメラって凄いよねぇ、一松にいさん」
「凄いって……何が」
 凄い、事は凄いのだろう。何で映るのか、とか。原理も良くわからないし作ったやつは凄いんだろうとは思う。けれど十四松の言わんとしていることはそう言う事では無い様だった。
「ひとの目で追えない様なさ、一瞬と一瞬の間の一瞬がさ、見えるんだもんね」
 焦点の合わない目が差し出したままのデジタルカメラに落とされる。受け取ろうと手を伸ばすと、たとえばね、と十四松は妙に落ち着いたトーンで話し始めた。

 たとえば、ニンゲンが目で追えるスピードなんてたかが知れてるでしょう。あ、一松にいさんは猫みたいだから普通の人より見えるのかな。まぁいいや。でね、カメラって、一瞬を映すでしょ、シャッター押したら、映るよね。その一瞬の中に、たまーに、混ざるんだよ多分。一瞬と一瞬の間が。その一瞬を切り取るんだから、カメラってすげーよね。一秒と一秒、一瞬と一瞬、見えない時間の中にはやっぱり見えない何かが有って。瞬きの瞬間写真撮られちゃって白目で映った!とかそんなののもっと一瞬バージョンみたいな。そんなのが有って。その一瞬の中にも時間は流れてて、だからそこにもやっぱりこの時間と同じように何かが居るんだよ。それは猫かも知れないし、人かも知れない。でも同じように時間が流れてるって言っても、やっぱり同じじゃないからね。ちょっと変かも知れない。例えば目が縦に付いてたり、わき腹からも手が生えてたり、関節が逆に曲がってたり、するかも知れない。それは時間も場所も関係なくて、ただ時間ってものさえ有ればそこに存在し得るわけだから、真夜中である必要も、廃墟で有る必要も、無いんだ。ただその一瞬を捉える事が出来れば。ニンゲンの目じゃムズカシイし、ビデオカメラでもちょっと、ムズカシイかも。でも写真なら、どうかな。シャッターを押した瞬間たまたまうまい事見えない時間を捉えたとしたら、どうかな。たまたま、その見えない時間に住む何かが居る場所で、たまたまその時間を認識している誰かが、写真を撮ったとしたら、どうかな。

 そこまで話すと、十四松はふぅと息を吐き、額に滲む汗を乱暴に手の甲で拭った。
「一松にいさんわかる?」
「いや、全然」
「だからつまり、何処でだってしんれーしゃしんは撮れるんじゃないかな」
 あはは、といつも通りバカみたいに笑いながらもう一度「わかる?」と、僕に尋ねてくるその視線は、あっちをこっちを、グルグルと探っている様にも見えた。
「……つまり、時間と時間の隙間に何かが居て、それがいわゆるオバケとかユウレイとか、って事?」
「オバケとかユーレイとかよくわっかんないけど、ちょっと違う何かがそこに居るのかもねってはなし!でね、」
 咳ばらいを一つ。十四松は視線を僕に固定すると、再び口を開く。 
 
 たまたま、色んな偶然が重なるでしょ?場所、時間、カメラの種類、シャッターを押した人。色々重なったうえで、カメラのフラッシュなんて瞬間的で大きなエネルギーを放った場合、何か起こったって不思議は無いと思うんだ。一瞬を切り取ったカメラの中に、例えば文字通り、切り取られて入っちゃったりとか、あると思うんだよね。でさ、切り取ったのはほんの一瞬だから、すぐ次の一瞬が有るわけで。一瞬とは言ったって自分が切り取られたんだから怒るよね、ぼくでも怒る。カメラの中から、外から、何かしらで復讐しようって、なると思うんだ。それがつまりきっと、呪いとか祟りとか、そんなヤツなんだよ。
 

 十四松の話はいつだってわかりづらい。それにこんなはなし、今こんな場所で、こんな状況で、する事ないと思う。そうこうしている間に日は急速に落ちて、暗闇に近くなった住む人のない部屋で聞くには少しばかり、怖い話だ。十四松は僕が受け取りそびれていたデジタルカメラを引っ込めると、背面に付いたディスプレイを眺める。電子音を鳴らしながら、どうやら撮った写真を見返している様だった。
「これ売れるかなー、いくらくれるんだろうね!焼肉食べたいなー、その後パフェも食べたいね!」
 ピッ、ピッ、と次々に写真を見ては時折ハッと猫の様に固まって、また次の写真を見る。僕にはその液晶を覗き込む勇気がどうしても無かった。
「それにしても、こえーね!」
 デジタルカメラを操作しながら踵を返した十四松がそんな事を言い出した。その足は玄関に向かっているようで、他の部屋に行く気は無いらしかった。僕もノロノロと、後ろをついて歩く。
「怖いって、何が」
 僕は正直、さっき淡々と話していた十四松が一番怖いのだけれど。それは言わないでおくことにする。変な話を聞いたからか、ここから出て良いならさっさと出たかった。
「目が縦に付いてて、わき腹からも腕が生えてて、関節逆なの! やべーよね、動きとか虫みたい!裏っ返しになってたりー、真っ黒い穴あいてたり! あ、でも向こうから見たらぼくもそう見えんのかな?」
 見る?と不意に差し出されたカメラを受け取る勇気はやっぱり持ち合わせていない。手で制すと十四松は大人しくカメラを引っ込めた。
「そんなのが見えちゃうんだから、カメラってこえーね、一松兄さん!」
 そんな想像だってしたくない何かが、このカメラに収められているんだろうか。けれど僕はそんな物より、そんな恐ろしい物を輝かんばかりの笑顔で語る、この一つ下の弟が今、何よりも怖かった。一歩足を踏み出せばすっかり空が黒くなった外。背後で何かがガタ、と音を立てた。

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