美味しい話には大概裏がある

お題:飲食店/くけ番長チョロ松小説

「うえええええ! こっ、今年のニャーちゃんのライブがっ、ぜっ全国ツアーなの?! ほっ本当に!?」
 茶の間での団らん中にチョロ松の携帯が鳴り、そっと席を立って玄関まで行った三男であったが、会話の内容が全てにおいて筒抜けであった。
 兄弟達が映画を観ていた故の配慮だっただけに、最早と言えようか。
 今、多分ヒロインが良いセリフを言ったと思ったんだけどなぁ……ドル松兄さんのせいで何も聞こえなかった……と溜息を吐くトド松が玄関方面を恨めしげに見やると、チョロ松が勢い良くその襖を開け放って叫んだ。
「トッティ! バイト紹介して! 割が俄然良いやつで!

「……そんなん、僕がやりたいくらいなんだけど……」

     *

「初めまして、松野チョロ松です。トド松がいつもお世話になってます」
「お話をするのは初めてですね! あつしです。どうぞ宜しくー。ご兄弟の話は予々トド松君から伺ってますよー」
 約二日程トド松にスッポンのように食らい付き、泣き縋りながら頼み込むと「じゃあ紹介してくれそうな人を紹介するから!」とお前には負けたとの一言を頂くと、トド松の友人である彼を紹介された。
 僕だって、ちゃんとした目的があれば働けるんだ! と鼻息荒くあつし君の車に乗り込む。
 今日は彼の紹介にてバイトの斡旋をして貰い、面接まで漕ぎ着けると「折角なので送りますよ」とスマートなまでに送迎を買って出てくれた。
 これがエリート様の余裕というものか。何にしても僕一人より紹介者がいてくれた方が気持ち的には楽である。
 今回のバイトの最たる要因は、僕の大好きなアイドルのツアー参加に他ならない。
 ニャーちゃんのライブは基本的に都内の地下ライブハウスで行われていたのに、主催の人がどうやら遠征ライブを他のアイドルとやるとの事で、ニャーちゃんにも出演の白羽の矢が立ったと親衛隊から聞き、更には新曲発表もそこでやると聞いては居ても立っても居られない。
 ライブは約一ヶ月後。今からバイトをすればギリギリ資金は作れそうである。
 吉報の電話を貰った日の内に履歴書を買いに文房具屋まで走ったくらいの張り切りようは、僕自身も正直びっくりした。
「履歴書はもう書いて頂いているんですよね?」
「はい! 鞄にはいってます」
「良かった。あそこの店長さん、とても気さくで良い人だから、きっとチョロ松さん位に丁寧なら気に入ってもらえますよ」
「ははは、そうだと良いんですが……。そういえば、この……時給千三百円、深夜は千五百円ってファミレスだと大分と羽振り良いですよね? 賑わってるんですか?」
「うーん、それは行ってからのお楽しみで。因みにトド松君も誘ってみたんですけど、振られちゃいました。あそこであいつが働いたら面白いのになぁ……」
 ハンドルを握りながら意味深ありげに目尻を緩める彼を見て、ふっと過ぎった違和感。
(あのトド松が、こんな高給バイトを蹴るなんて……)
 その違和感の正体は見事バイトに受かり、働いてから知る事と相成った。

     *

「チョロ松君、次これ八卓ね」
「あっ、はいっ!」
 国道から一本外れた所にあるレストラン。
 チェーン店で名前は知っていたが、こんな所にあったんだな……とここで第一印象。実家から自転車で二十分も走れば辿り着くであろう。
 あつし君と共に車を停めて店内へと入ると、これはワザとなのか店のコンセプトなのか。店内が若干暗めの照明で、よく言えば落ち着いた雰囲気。これが第二の印象。
 最後は、スタッフみんなが少しばかり疲れている顔をしている位だろうか。
 だが、働き始めて一週間。そこまで過酷な労働を強いられるわけでも、客の入りがとてつもないわけでもない。それよりも普通のファミレスより客入りは少ない気がするくらいである。

(トド松が嫌がる理由って言ったら、やっぱりお化け関係かと思ったけど……今の所は平気そうだな。)
 休憩はエプロンを外して外の長椅子で。これも普通なのかなぁと缶コーヒーを飲みながらぼんやり空を眺めていると、フロア担当の先輩がゆったりとした足取りでこちらにやってきた。
「チョロ松君、どうよ? もう慣れたかな?」
「あっ、先輩。少しずつですが慣れてきました!」
 緩く目尻を下げて笑う先輩は、二つ上らしい。
 彼は僕より僅か一ヶ月違いではいったらしいが、あまりバイトに来ていないらしく、会うのも今日で二回目程だろうか。
「チョロ松君、シフトめっちゃ入ってるよね。なんか欲しいもんでもあるの? 彼女とか居たりする?」
「い、いや、欲しい物はありますが、彼女はいないですよ!」
「はは、そっか! でも、ここに来たら案外……モテるかもよ?」
「えっ、いやいやいや! 確かに女性スタッフさんは何人かいますけど、皆さん既婚者だし……」
 缶コーヒーを持たない手を左右に揺らすと、先輩が煙草を取り出しながら屈託無く笑う。
「あれっ。聞いたことない? ここの噂」
「……何でしょうか、いやな予感がして堪らないんですが……」
「俺がね、あんまりここに来ないのも、ユーレーってやつに目をつけられないようになんだー。割がいいからチョットだけでも来ちゃうんだけど。やっぱりお賃金が高いのは……そういう意味なのかなーって」
 今時珍しい使い捨てマッチを器用に擦って、煙草に火を点けると、美味そうにそれを吸っていく。
 嗚呼、何ということだ。この一週間、本当に何もなかったから安心していたというのに。
 

『ま、聞いただけだし、俺も実際会ったわけじゃないんだー。だからまだいいと言うか。ほら、こういうのってスイッチ? が入ると見えるとかって言うじゃん。
でも、見た人曰く【憑かれてる人みんな、男性だった】って聞いちゃうとさ。気にしちゃうよね』
 そうですね、バッチリ気になっちゃいますよね!
 休憩が明けても脳の裏側に残る例の噂。無いといいなと思ってはいたが、やはりと言うか。
 あつし君を恨むなどお門違いだが、確かに流行りに敏感なトド松ならばこのファミレスが曰く付きと知っていても何ら不思議はなかった。
 そして、良く良く考えてみると思う節が幾つかあった気がする。
 トイレ前にあるボックス席の座席には人が混雑していても不思議と案内をしなかったり、バイト明けに自転車で帰宅すると末弟は心配そうな目で見て来るが決して近寄りもしてこない。
 五男の十四松も「兄さん、おつかれ? 大丈夫?」と帰るたびに聞いてくる。
 まだ働き始めて二日も経っていないというのに、どれだけひ弱に見られているのだろうか……などと首を傾げた記憶が新しくあった。

 カランカランと出入り口の鐘が鳴ったことにより抜け掛けた意識を取り戻すと、ドアまで小走りで近寄ったが早急なまでのターンをしてキッチンへと出戻った。
 嗚呼、いや、えーとえーと、待ってくれ。僕にしてみたら幽霊よりタチの悪い奴らが来やがった。
 トド松があんなにしてまでバイト先の入店を拒否した理由を現在、痛過ぎる程に体感している。
 これは、本当の意味で地獄でしかない。
「トッティー、本当にここであってんのぉ? シコ松のバイト先」
「あってると言うか……あってはいるけど……」
「ねえねえトッティ、ここパフェある?」
「勿論だよ、十四松兄さん」
「ハラ減った…… 十四松、パフェ半分こで食べよ」
「オッケー! 一松兄さん!

「…………うーん……」
「カラ松ぅー? どったの? 腹でも壊した?」
「ああ。いや、何でも無いブラザー。何かやたら寒くてな……」
 家で見知った顔が五つ並び、レジ前で案内待ちをしている。
 無理です、無理無理。様々な要因はあれど、あいつらを案内とか本当無理です。後生です。無理なものは無理。
「チョロ松君? どうしたの?」
「ごめんなさい、お腹痛くて無理です。ご案内お願いします!」
 承諾を聞く前にトイレに駆け込もうとすると先輩が「はーい六名ね、ボックス席に案内かな」とすれ違いざまに呟きながら兄弟の元へと歩いていく。
(…… あれ? 六名? トト子ちゃんか、母さんか父さんか、イヤミか……誰かと一緒だったのかな?)
 トイレへ駆け込みながら思考していると、先輩の「チョロ松君がいっぱいいる!」とやや歓喜気味な声が後方から聞こえてきたのを聞こえぬふりをしてトイレの扉を閉めた。

「凄いな!! 六つ子だったんだー!」
「え、ええ……隠してたわけじゃないですけど……」
「チョロ松君、お腹の具合どう? まあ平気そうかな? じゃあこれ運んでね! 後でパフェの作り方も教えるから」
 会話を聞いていた店長がキッチンから顔を出しつつ、兄弟達がオーダーしたものを寄越してくる。
 盛大に冷やかされるのがオチなのに、何故こんな事を……と、ポテトフライと鶏のから揚げを盆に乗せつつ盛大な溜息を吐いてやった。
 そっと窓側のボックス席を見渡すと、見知った顔が見当たらない。あれ? と先輩に確認をすると「なんかね、窓際は空調で寒いから隅がいいって青の服着た人に言われてさぁ。ほらあそこ。じゃあよろしくねー」
 そう言って指差されたのが、何故か人を寄せ付けないとされるトイレ前のボックス席であった。
 突如、言い知れぬ悪寒を肌で感じて肌が泡立つ。
 ……何だろう、やっぱり変な話聞いた後だからかな…… 
 この位置からは席の様子は伺えない。なので、こちらからは六人目が誰かもまだ見えていなかった。
(トト子ちゃんだけなら良いのになぁ……)
 内面のもやもやが取れずに眉間に皺を隠せないままに席へと近付いて、思わず表情が凍り付いた。

「……えっ…………は?」
「おっ、チョロ松ぅー! 遅いようー! お兄ちゃんお腹減ったーー!」
「……チョロ松兄さん、僕と十四松のパフェまだ?」
「チョロ松、騒がしくてすまないな……」
「チョロ松兄さん……えへ、来ちゃった」
 皆がこちらに気付いて一斉に話しかけて来た、のだが、いや可笑しい、この空間どう考えても可笑しいよ。
 

 ガンッ ガッ ゴッ ガンガンガンガンッ ガンガンッ
 

 皆が座っているボックス席に、頭を激しく叩きつけている全身真っ黒に黒長髪の女の人を前にして、その反応は可笑しい。
 何故だ、何故みんなスルーできてるの。この音が、この異常なまでの光景が見えていないの? 可笑し過ぎる。逆に笑ってしまいそうで涙目になってくる。
 ふと十四松をみると、手に口を当てながら女性が振りかぶって頭を机に叩きつける様子が全部見えているのか、目で追っている事にやっと気づく事ができた。
 こちらはさらに眉間の皺を濃くしていると、十四松も僕に気付いたのか、口元に人差し指で「しぃ」と確かに言った。
(アッ。これはスルーしろって事?! いやいやいや嘘だろマジで言ってんの十四松?!)
「あ……えっ、……っと、ポテトフライをご注文のお客様……」

 ガンガンガンガンッ ガンガンッ ゴッ ガンガンッ

「はーい、俺俺ー! あと追加でビールもー!」

 ガッ ゴッ ガンガンガンッ ガンガンッ ゴッ ガンッ

「ヒッ……鶏の、唐揚げ……はっ」

 ガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガン

「おう、俺だチョロ松。そこにおいてくれ」

 ガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガン
 

 女性の頭部は既に変形してひしゃげいるにも関わらず、尚も強くテーブルに叩きつけて止まない。
 何故か血は出ないんだなと謎の関心をするが、この音だけで精神が病んでしまいそうだ。
 テーブルを見ると、六つの汗を掻いたコップがあり、着席しているのは五人である。
 先輩はこの人を見て六人と勘違いをしたのだろう。首を振りながら軽く皆に挨拶をして踵を返す。
 後ろを振り返らなくても、鳴り止まない頭を叩きつける音が鼓膜に響いていた。
 その後は、幸いにも店内が混み合ってきて多少なりに忙しく動き回っていたが、やはりあのボックス席の前には闇に近い影がずっと佇んでいたと思う。

     *

 翌日。
 店長をはじめ他のスタッフも止めてくれたが、結果店を辞める事にした。
 見えてしまったり、気付いてしまったら駄目なものだと直感で感じたからである。
 あつし君には申し訳ない思いでいっぱいだが、彼も事情を知っている素振りを見せていたから、ここはおあいこと言うことで勘弁願いたい。
 顔面蒼白になりながら店を出ると、帰りしなに幽霊を見た先輩と鉢合わせ、「ちょっと付き合えよ」と煙草の箱を見せられたが、やんわりと断った。
「そっか。元気でな」と言いながら去る先輩の肩口から見えたそれは、(やはり……)と言って良いのだろうか。
 

 頭の形がぼこぼこの全身真っ黒の装いをした女が、先輩の背後で佇んでいた。

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