好奇心は猫をも殺す

お題:押し入れ/クローゼット/Rui一松小説

序章、押し入れ

 炎天下の午後三時、世間では夏休みと呼ばれる期間に入ったばかりのこの頃は、むせかえるような暑さが僅かに残っていた気力をも奪っていく。
 燃えないゴミのおれこと松野一松でも燃えてしまうんじゃなかと思ってしまう。まぁ、発火はできるんだけど。特にこの二階の部屋なんて、窓こそ開いてはいるものの直射日光を招き入れ先ほどより気温が上がっているのが嫌でもわかる。汗で張り付くTシャツが鬱陶しい。
 チリンとやっと入ってきたそよ風が風鈴を鳴らし、その音につられて窓を見ればどこまでも続く青空が広がっていた。
 下に降りて冷たい麦茶でも飲みたいが、起き上がるのも面倒くさい。嗚呼、自堕落、自堕落。
 畳の上で寝返りを打ち、ふと視線を上げると半開きになった押し入れが目についた。この暑さでは隙間から覗く暗闇さえも暑苦しく感じてしまう。
 そういえば、あの中には十四松のアルバムがしまってあるはずだ。おそ松兄さんが封印して投げ入れたんだっけ。
 十四松のアルバムがあるように、おれたち六つ子はそれぞれのアルバムがある。父さんと母さんは誰がだれか分からなくなることが多かった幼少期の頃なんか特に大変だったろうなと思う。
 十四松は生まれた時から十四松だったけど、他のみんなはどうなのだろう。
「・・・・」
 無気力に見えて、好奇心は抑えられない質なんだよね。
 おれは怠惰を上回った好奇心により重い体を起こし、押し入れの扉をあけた。

 
 

一章、悪魔退治

「どうしたシスター、傷が痛むのか?」
 眩しい、と感じるよりも先に痛みが全身を襲う。
「痛っ…」
「この程度でシスターの表情が歪むなんて、やはり上級悪魔の攻撃ともなると格が違うのか」
 悔しそうな表情を浮かべる真黒なカソックに身を包んだ男は、クソ松…松野カラ松に瓜二つであった。
 どうやらシスターとは、僕のことをさすらしいのだが、なぜか修道服を着ている僕は、またなぜかぼろぼろになっていた。
 服は破け、骨はきしむように痛い。なにがなんだか分からずに頭を抱える。僕が知っているのはクソ暑い部屋でぐうたらしていたときの惰性だけだ。
「シスター?」
 神父の手が僕の肩に触れた。
 すると、一瞬の頭痛とともに状況を理解することができた。把握、といった方が正しいだろうか。僕の中にシスターとよばれる、この世界の松野一松の記憶が流れ込んできたのだ。
 自分でもSF映画の観すぎで、夢にでてきているんじゃないかとは疑ったが、そうと言い切るにはまるで自分がその時を体験してきたかのように妙にリアルで生々しい。
 ざっくりと今の状況を整理すると、僕は神父に拾われた孤児でシスターとして協会に住み、神父の手伝いをして過ごしていた。この神父は只者ではないらしく、悪魔祓いを得意としていて、今回僕たちは上級悪魔を祓う為その悪魔と対峙していた。戦闘中、僕が攻撃を食らってふっとばされたらしく、一時撤退してきたそうだ。で、その時僕がシスターになったというか意識が入り込んだというか、その辺はよくわからない。
 とにかくその悪魔を祓うとこから始めてみよう。目標を達成できたらもとの一松に戻ることができるかもしれないし、なにより、この世界の僕が願っている。
「おいクソ神父」
「ン~~??今日は口が悪いなシスター?」
「悪魔はどこいったの」
 にやり、と口角が上がる。口の中に溜まっていた血を地面に吐き出し、服の中に収納していたナイフを取り出す。大丈夫、扱い方は体が覚えているようだ。
「…先ほど与えたダメージでそう遠くへは行けないはず。そう考えるとやつは女神の池あたりにいると思う。力を貸してくれるよな、シスター一松」
「いいよ、早く殺しに行こう」

「あー、怖い怖い。最近の聖職者ってのは物騒だねぇ」
 頭上から台詞とは違い、こちらを嘲笑うかのような声が聞こえた。
 そこにいたのはスーツを着たおそ松兄さんであった。
 いや、よく見ると頭からは真っ赤な角が二本生え八重歯が鋭く尖っている。裾からは真黒な悪魔特融の尻尾がのぞいていた。
 ふよふよと空中を漂っているおそ松兄さんこと上級悪魔は、スーツの中のシャツが真っ赤になるほど深手を負っているようで、地面には血だまりができ始めていた。
「一松!」
「いわれなくても!」
 神父の行動は素早かった。悪魔を見るや否や銀色に光る銃口を向け心臓を狙い発砲し、後方に飛びつつもう片方の銃で狙い撃つ。入れ替わるように僕がナイフで切り付ける。
 いつもならその間に神父は詠唱をし悪魔を完全に祓うのだが。
「くそっ、悪魔の名前がわかれば確実に動きを封じられるのに」
 そうか、この世界ではカラ松はおそ松という名を知らないのか。
「残念だったね神父さん。…これで終わりだっ」
 彼の渾身の一撃は周囲の木々や建物を破壊し、地面を抉りながら迫りくる。
「おそ松、おそ松だ!」
 確証はないが僕とカラ松の名前が同じなら、悪魔も同じであろう。
「うがあああああああ!!」
 瞬間、悪魔が悲鳴をあげうずくまる。神父の詠唱が間に合ったのだ。
 シュウシュウと煙を上げながら、悪魔が融けていく。
「なーんでばれちゃったかな?シスターおまえ…あぁ、なるほどね」
 悪魔の赤い瞳が僕をとらえる。
「かわいそうな一松」
 その言葉を最後に悪魔は消滅し、僕は自分の意識が遠くなっていくのを感じた。
 悪魔が消えた後には、赤く歪な手のひらサイズの球体が転がっていた。

 
 

 勢いよく体を起こし、勢いよく額をぶつけた。
 痛む額を押さえながらあたりを見渡しても暗く何も見えない。後ろに手をつくとギィ、という音とともに扉が開く音。入り込んだ光から、また思い出したかのように感じる肌にまとわりつく暑さから、今自分は押し入れの中にいたのだと気付く。
 手にしているのはおそ松兄さんのアルバムだ。確か小さなころから変化がなさ過ぎて、途中で飽きて寝てしまったのだ。押し入れの中で寝てしまうとか子供かよ、人のこといえないなと思いつつ脱水になってしまうと這い出る。
 時計を見ると午後4時を示していた。あれから約一時間、かなりリアルな夢を見ていた気がする。僕がシスターでカラ松が神父、そしておそ松兄さんが。
 掌にナイフを握っていた感覚がまだ残っているように感じる。本当に奇妙な話だ。
 そんなことを考えていると、ダダダと階段を駆け上がる音が聞こえてきた。何をそこまで急いでいるのか。
「一松!」
 そう言いながら襖を開けてきたのは、顔を真っ青にしたチョロ松兄さんだった。
「何か用?」
「お、おそ松兄さんが」
 

 それはもう衝撃的だった。
 あの兄さんともう2度と話せなくなるなんて、笑いあえなくなるなんて、あの暖かい手を失うなんて、誰が予測できただろうか。

 最期の別れを、とおそ松兄さんを見たときほかの兄弟たちはその姿に涙を流し嘆いていたが、僕はそれどころではなかった。
 目を疑った。
 おそ松兄さんの体には銃痕と刃物による切り傷、それから火傷のような跡。それはまるで溶かされたかのような。
 なにより切り傷、それは僕が夢で、いや、夢だと思い込んでいたあの時に悪魔につけた傷だった。
「あ、う、うわあああああああ!!」
 僕のせいだ僕のせいだ、僕が、おそ松兄さんを殺したから!
 自分のどこか冷静な部分が、そうと決まったわけじゃない、ありえないと告げるが、もしそうだとしたら。僕がもう一度あの世界に行って、おそ松兄さんを救えたら。
 押し入れを開け、中に入る。アルバムに手を添えて目を閉じ必死で祈る。
 もう一度、もう一度あの世界に!
 

 次に目覚めた時、僕は大きなお屋敷が見えるバラ園にいた。
 

二章、殺人事件

 たくさんのバラに囲まれて僕は呆然と立ちつくしていた。おそ松兄さんは?神父は?
 まったくそのような殺伐とした空気からかけ離れた静かなこの場所はいったいどこなのだろう。
 僕は今、修道服ではなく薄汚れたTシャツにエプロン、そして屋敷の窓に映る僕の顔にはホッケーマスクが張り付いていた。
 これでは兄さんを助けることができないかもしれない、ただただ焦りを感じる。
 
「イチ?そこにいるのか?」
 突然後ろから声をかけられ驚く。
 振り返るとバスローブを身にまとったカラ松がいた。
 いつもならまたこいつかよ、などと悪態をつく暇があったかもしれないが今はその余裕もない。
「そろそろディナーにしたいと思ってな」
 ふっ、と笑うカラ松を見てもこの世界の情報が一向にわからない。接触しなければ駄目なのだろうか。屋敷に向かおうと踵を返すカラ松の背中をトン、と叩く。
 すると案の定、シスターの時のようにこのイチという人物の記憶を介してこの世界の状況を把握することができた。
 イチという名前の家政夫はこのお屋敷のカラ松に仕えている。本名はやはり一松であった。カラ松のことを旦那様と呼ぶのは正直鳥肌が立つのだが、イチが無口であるというところに助けられた。
 イチの記憶の中では、カラ松以外兄弟の姿が見当たらない。どうしよう、と考えると元の世界に帰る方法も分からないことに気がつく。
「イチ、はやくしよう、お腹がすいたんだ」
 困ったように笑うカラ松を見て、とりあえず屋敷に向かうことに決めた。そこにおそ松が突然現れるかもしれないという希望を抱いて。

 カラ松にリクエストされた料理を作ろうと厨房に立つ。普段は料理など作らないが、体が勝手に動く。これもナイフさばきのように、馴染んだ動作なのだろう。奇妙な感覚だ。
 こんなことしている場合ではないと焦る気持ちはあるが、大きな屋敷で二人だけ。行動のしようがなかった。
 料理が完成し、食事をするテーブルまで運ぶ。
「おいしそうだな」
 コクリ、とうなずいておく。
「とっておきのワインがあるんだ、持ってくるから待っていてくれ」
 気分よさげに鼻歌を歌いながら席を立つカラ松を見送り、僕は一度に運びきれなかった料理を持ってこようと厨房に戻った。

 あれからカラ松が帰ってこない。十五分くらい経っただろうか。屋敷の中で何かあったんじゃないかと、おそ松兄さんのことがあったからなのか神経が過敏になる。
 僕はカラ松を探しに部屋を出た。

 次に見たカラ松の姿は、背中から包丁で左胸を刺され血まみれになっている無残なものであった。
 倒れるカラ松の元へ駆け寄ろうとするが、ぐらりと重心が前に傾きそのまま僕の意識は落ちていった。

「カラ松!」
 手を伸ばしても掴むものは暗闇だけであった。ごとん、何かが落ちる音がしたが、押し入れの奥のものが落ちたのだろうと、僕は確認することはしなかった。
 現実に何か変化は起きたのだろうか、まさか今度はカラ松がなんて事は。
 額をぶつけないように気をつけ、押し入れの扉を後ろ手で閉めた。
 青く透き通る球体が転がっていることには気が付かなかった。

「おそ松兄さん!」
 息を切らしながら居間の襖を開ける。しかし現実は悪い方向へと進んでいた。
「一松兄さん、何を言っているの?」
 震える声でトド松は問いかける。静かに涙を流すチョロ松兄さんと、じっと遺影を見つめる十四松。
 待て、遺影はひとつだろう?もう一つはいったい誰の遺影?
「ねぇ、カラ松は?」
 声が震えないように言う努力は無駄になった。
 信じられないという顔でトド松が続けて言った。
「それが冗談だとしたら笑えないからね、カラ松兄さんはもういないんだよ」
「刺されて血を流すカラ松兄さんを見つけたのは、一松兄さんでしょう?」
 十四松も訳が分からないというように首をかしげる。
「っ…!!」
 頭の中が真っ白になり、僕はその場から逃げた。

 いつもの路地裏に走っていく程度で息が上がる自分の運動不足を呪う。
 どうしよう、どうしようどうしよう。イチの世界ではおそ松兄さんは出てこなかった。でも現実は変わらず、ただカラ松の遺影が増えただけ。
 一回目は悪魔のおそ松兄さんが死んだら、この世界のおそ松兄さんも死んだ。二回目は領主のカラ松が死んだら、この世界のカラ松も死んだ。
 押し入れを通じて繋がった世界での死はリンクしているのだろうか。きっとそうに違いない。
 そして別世界で誰かが死んだら僕は元の世界に戻ることができた。
 まるでゲームオーバーを告げるかのように。
 ならば、別世界で彼らを救えたら、こちらの世界の兄さんたちは?
 商店街の時計が午後五時を知らせるメロディーを奏でる。夏の夕方だ、日が暮れるにはまだ早い。
 蜃気楼のような希望に縋り、僕は一歩踏み出した。

 
 

三章、大団円

 まず押し入れに入り条件を満たすと別世界に行ける事を前提として考える。
 ひとつ、それぞれの世界の死はリンクしている。
 ふたつ、誰かに死が訪れると僕は元の世界へ戻る。
 みっつ、戻ってきても時間は経過している。
 これらのことを仮定して、僕は兄たちを生き返らせに行く。必ず助けるんだ。何としてでも、どんなことをしてでも死なせない。
 押し入れになかで目を閉じる。誰も死なないのなら僕はどうやって帰ってくるのか。
 そんなの、僕が死ねばいい。
 ハッピーエンドを祈って、僕は意識を手離した。
 

 そして僕は何度も何度も繰り返した。何度別世界へ行っても必ず誰かが欠けてしまう。
 怪盗グリーンは呪われて、ピエロは弾けて飛んで行った。アンデットは死の定義が複雑で、妖怪の彼らは見えなかった。
 今回は防ぎようがなかった、どうしようもなかった。そんな言い訳にはもう飽き飽きだ。
 でも、もうこれで最期。僕が望んだ大団円を迎えたこの世界とはさようならだ。偶然か必然なのか、この世界での僕らは六つ子。誰一人として欠けていない僕等なのだ。

 元の世界に戻ろう。足元に散らばった五色の歪な球体を踏まないように歩く。
 そう、これで最期。最期?僕は、僕だけは幸せな世界を見ることなく死んでしまうのか。
 ならばもう少しだけ、この世界での松野一松を楽しんでもいいよね?

 いつも通りみんなで銭湯へ行った帰り道、僕は猫のところへ行くと言って公園へ来ていた。
 夏の夜空は星がつかめそうなくらい明るく煌々と辺りを照らしている。今夜はまだ肌をまとわりつくようなじめじめとした暑さから解放されそうにない。喉元を伝う汗を手で適当にぬぐい、ベンチに腰掛ける。
 やっぱり死ぬのは怖い。気が付いたらまた押し入れの中、という可能性もあるが今回はどうなるか分からない。
 みんなでご飯を食べ、風呂に入り、いい歳して牛乳の回し飲みなんかもしたりして。こんな普通の生活、日常がかけがえのないものだなんて、無くなってから気付くんだ。
 意地を張って素直な気持ちを隠し、虚言暴言で攻撃して。ほんとうの、臆病な自分を守る為だけに全力で、周りが見えなくなっている。自分を客観的に見て気付くことは意外にも多かった。
 もとの世界に帰ることができたら、僕は、僕でいることができたらいいな。

 そう思って立ち上がろうとしたとき、ぐい、と下から何かに右足を掴まれ地面に倒れた。
「っ…え?」
 がっしりと僕の足を掴んで離さないのは、地面から生える真っ白な手だった。
 ぎりぎりと握りつぶさんと掴んでくる手を剥がそうと左足で蹴り上げてもびくともしない。最悪なことに、左足ももう片方の手で動きを封じられてしまった。
「う、うわあああ!離せっ!」
 ずるりと両足を引っ張られ地面に伏せる格好になってしまう。蒸し暑いはずなのに、僕は寒気が止まらなかった。
『・・・・・・・て』
「え、なに・・?」
『・・・・・・して』
 こもったようなこの声はどこから聞こえてくるのだろうか。
『お・・・い・して』
 どんどんクリアになっていくこの声は、
『おれのせかいをかえして』
 伏せている地面の中からしていた。

 渾身の力を振り絞り、両足の自由を取り返した。振り払ったとき一緒に土も掘り返され、中に何かが埋まっているというのが分かった。白い腕はおとなしく垂れ下がり、地面についた。
 そのまま立ち去ろうとしたが、掴まれていた足が痛くもつれてしまう。はやくはやくと焦れば焦るほど思うように体が動かない。
 今度こそと立ち上がり公園の出口を目指そうとしたその時、
『おれの世界を返して』
 後ろから首に手をまわされ耳元で囁かれたその声は、僕と同じものだった。
 僕は拳を握り締めそのまま思いっきり肘を振り下ろした。
『かはっ…!』
 力が緩んだすきに距離を取り対峙する。どうやら物理攻撃は有効らしい。
 よろめくそいつはやはり、松野一松、僕であった。

 
 

終章、おれが僕で僕はおれ

「おまえは誰だ?」
『松野一松』
「そんなこと、見ればわかる。どうしてこの世界に僕が二人いるのかってこと」
『おれが本当の松野一松で、おまえが偽物』
「土の中にいたおまえが本物?笑わせる」
『滑稽なのはおまえだよ、おれが掴んだ足、よく見てみな』
「…おまえ、僕になにをした」
『ひひっ、愚かなおまえに自分を思い出してもらおうと思ってね』
 
 僕の足は紫色に変色しかけていた。だからといって特別痛いというわけではない。
 自分を思い出す?なんのことだろうか。
『土の中はおまえの方がお似合いだよ』
「なにをっ…」
 やつはふてぶてしい笑みを浮かべて
『はやく元の世界に帰れ。ここはおれの世界だ』
 そう言い放つのだった。

 ここはおれの世界?何を言っているんだ。ここは僕が作った、僕の世界だ。
 元の世界は僕がいた世界。ここは僕の世界。世界世界世界世界!押し入れから生み出した
 僕による僕の為の僕の世界!
 この世界に僕は一人でいい、偽物は要らない。
 その考えに至ったとき、僕は名案を思い付いてしまった。
 今、偽者を殺せばこの世界と僕がいた世界に、僕は帰ることができるのではないか。
 そこからはもう、体が先に動いていた。
 辺りに放置されていたスコップを手に取り、偽物の体に突き刺す。
「…えっ」
『だから言ったのに』
 ぽたり、ぽたりと血が地面に落ちる。
 偽物の体に確かに刺さっているそれは、なぜ僕の体に刺さっている?
 口の端から血が垂れる。僕はスコップから手を放し、力なくその場に膝から崩れ落ちた。
「なんで、おまえは無傷なんだ…がはっ」
 なんともないように偽物はずるりと体に刺さるスコップを抜いた。
『おまえが偽物なんだって。おれの世界だからというのもあるけどなにより』
 片足でトントンと地面をつく。先ほど偽者が埋まっていた、あの場所を。
『おれの一部がおまえだから。おれが捨てたゴミのおまえには、おれに危害を加えることはできないよ。もし加えたとしてもダメージを食らうのはおまえ、切り捨て部位のおまえなんだよ』

 瞬間、僕の体は粉々に砕け散った。

 思い出した、いや、忘れたふりをしていた。僕は松野一松に捨てられた一部分、この公園に埋まっている一部分。
 そうか、偽物は僕だったんだ。全ては僕が生み出した虚像で、原因は僕にあったんだ。
 パリンと音を立てて崩れた僕の体だった破片は、アメジストのような紫色で、しかし表面は猫みたいな毛で覆われていた。

 
 

 危なかった、このままおれの世界を乗っ取られるところだった。
 押し入れの中から這い出てみると、窓の外には青空が広がっていた。時計を見ると午後三時を少し過ぎた頃で、中に入ってから時間が経過していないということが分かる。
 夢の中で夢を見る、というような不思議な感覚だった。確かにおれであるのに、おれの意志では動かない、もう一人のおれ。その正体に気が付かなかったらと思うとぞっとする。
 肩の力が抜けると共に、喉の渇きを感じる。下に降りてやっぱり麦茶を飲むことにしよう、そう思って部屋を出ようとした時だった。
「ねぇ、一松」
 後ろから肩を掴まれ名前を呼ばれる。その手はひび割れた薄紫で、体温というものを感じなかった。
「おまえが僕なら、僕はおまえだよね?」
「違う!おまえはおれにはなれない!」
 肩にかかる手から逃れようと振り払うが、それゴトンと床に転がった。
「あぁ、せっかくつなぎ合わせたのに、また崩れちゃった」
 まるで痛覚がないように振る舞う人間味の欠けた言葉に、得体のしれない恐怖を感じる。やつのことはわかっていたつもりであったが、なら何故ここにいるのか。またあの場所に壊して埋めてきたはずなのにどうして。
「僕だって生きたいんだ。勝手に捨てないで(殺さないで)よ」
 

 ごくり。渇ききっていたのどを潤す。
「なぁ一松、今からみんなで飲みに行くんだけどお前もくるよな?」
 居間からひょいと顔をのぞかせたおそ松兄さんが言った。すぐ後ろにはみんなが思い思いにくつろいでいる。
 まだ夕方というにも早い時間なのにこの兄ときたら。どうせ断る理由もないし、もっとも酒は好きではないがみんなが行くなら答えは一択だ。これだからクズニートはやめられない。
「うん、行く」
「だよなー、でも金無いしチビ太のとこ行くか」
「いいんじゃない、あ、クソ松におごらせるとかは」
「ン~?」
「えぇー、カラ松どうせ金持ってないじゃん。おっ、こんなところに財布が」
「おい、ふざけんなよクソ長男!それ僕の財布だからね?ってかなんで持ってんの!?」
「なんでもいいから早く行こうよ、ぼくお腹すいちゃった」
「トッティ今日負けたもんね!負けた負けた負けた!」
「十四松兄さーーん!?会話の流れ!っていうかそれ言わなくていいやつ!」
「へぇ、じゃあ今日はトッティのおごりか、あざーっす」
「猫松兄さんその顔やめて」
「「「「あざーっす!」」」」
「ほんと最悪!!!!このクズ松兄さんたちめ!!!」
 ヒヒッ、にやりと笑いがこみあげる。
「燃えないゴミですから」
 埋めても僕は消えないよ。

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