おかしいのは誰?

お題:オリジナル/永都のーむカラ松一松小説

 俺は松野家に生まれし次男、松野カラ松。
 今日もいつものようにパーフェクトファッションに身を包み、カラ松ガールが声をかけてくるのを待っていた。のだが——。
「なんという事態……。まさか、天空の女神が悲しみに暮れ涙を流すとは……」
 近くの公園の木の下で雨宿りをしながら呟く。来ていた服はすでに雨でびしょ濡れになっていた。
 突然のゲリラ豪雨に見舞われた俺は、もちろん傘なんて持っているわけもなく、大慌てで雨から逃れられる場所を探した。カラ松ガールを待っていたのが橋の上だったのが災いし、近くにコンビニなどの手頃な建物がなく、仕方なく公園の木の下に駆け込んだのだ。
 夏場に多い突発的な雨ならば、しばらくすれば止むはずだ。走った直後で荒げた息を整えようと木の幹にもたれかかる。
 全く、本当についてないな。ゴロゴロと聞こえてきた雷の音に、思わずため息を吐く。
 時刻ももう夕方だ。雨が止んだら家に帰ろうか。そんなことを考えていた時だった。
 一瞬の出来事だった。
 突然、耳を劈くほどの轟音とともに、体に思い切り殴られたかのような衝撃が走った。体の隅々まであっという間に衝撃が伝わり、声を上げる余裕すらなく目の前が真っ白になり、そして——。
 

 気づいたら、仰向けに寝転がっていた。
「……あれ?」
 たしか俺は木の下で雨宿りをしていて、それで——どうなったんだっけ?
 ゆっくりと体を起こす。自分の横には先ほど雨宿りしていた大きな木が立っていた。雨はすっかり止んでいる。
 ぼんやりと木の幹を眺めると、今しがた焼かれたかのように黒焦げになっていた。そこで、先ほど体を巡った衝撃を思い出す。
 そうか。あれはきっと雷だ。おそらく、俺は雷に撃たれたに違いない。
「フッ、雷に撃たれて生還する、俺——!」
 木の幹に手をついてキメるが、付着した泥を落とさなければかっこ悪いと気づき、慌てて泥を落とす。空を見上げれば青色に若干オレンジが混ざっており、そろそろ帰らなければならない時間だと気づく。
 今日の夕飯は何だろうか? 唐揚げだといいなと呑気に考えながら、帰り道を急いだ。
 

「待たせたなブラザー、今帰ってきたぜ!」
 玄関の扉を開けると同時に、かけていたサングラスを外す。ちょうどおそ松も帰ってきたところだったのか、玄関の前で腹を抱えて悶絶していた。
「ど、どうしたんだブラザー!」
 慌てて駆け寄るとどうやら笑っているらしく、ヒーヒー言いながら体を起こした。
「いやー、今のは不意打ちだよカラ松ー! お兄ちゃん、肋骨死にそう!」
「大丈夫かブラザー! くそ、ブラザーを傷付けてしまうとはなんというギルドガイなんだ、俺!」
「もう止めて! 何も喋らないで、肋骨折れる!」
 その時、ガラリと玄関の扉が開く音がした。
「あっ一松、おかえりー」
 おそ松が笑いながら声をかける。どうやら帰ってきたのは四男のようだ。俺もおかえりと言いながら振り返る。が、一松の顔を見た途端、おそ松も俺も笑みが引っ込んだ。
 一松の顔は誰が見てもわかるほど真っ青で、まるで見てはいけないものを見てしまったかのような目でこちらを見ていた。明らかに様子がおかしい。
「どうした、一松? なんかあった?」
 おそ松が尋ねる。一松ははっとすると、別に何でもないと呟きながら俺達の脇を通り過ぎた。そのままあっという間に二階へと行ってしまう。
「なんだ、あれ?」
「さあ……?」
 一松の変な様子に、俺達はお互いに首を傾げた。いったい、なんだったのだろうか?
 

 それから数日たったが、一松は今まで通り普通に過ごしているようだった。ただ、やっぱりどこかおかしい。なにやらやけに一松の視線を感じるのだ。ただ見ているというよりは、まるで監視するかのように睨みつけられているようだった。けれど何か用があるのではと近づこうとすれば、今度はそそくさと逃げられてしまう。それどころか、俺がブラザー達と話している時に突然現れ、気が付いたら話題を変えられ話についていけないことが何度かあった。意図的に兄弟から離されているようだった。
 そして、つい先日のことだ。俺が鏡に映る俺に見惚れていると、いつの間にかサイドに一松がいた。おい、と声が降ってきたので見上げると。
「うん? どうしたんだ、ブラザー——」
「うるさい」
 俺の言葉を遮った一松は、唐突に俺の髪を掴むと思い切り引っ張り出した。ブチブチと何本か千切れる音が響く。俺はたまらず悲鳴をあげた。慌てて弟の腕を掴み、引き剥がそうともがく。そんな俺の肩を押さえて、一松はなおも頭が捥げるんじゃないかというくらいの力で引っ張り続けた。
「——ちょっと一松、何やってんの⁈」
 俺の叫び声を聞いたのだろう、部屋に飛び込んできたチョロ松が慌てて一松を俺から引き剥がした。やっと痛みから解放された俺は、半べそになりながら頭を撫でる。一松はそんな俺を見下ろしながら大きく舌打ちをすると、さっさと部屋から出て行ってしまった。
「カラ松兄さん、また一松になんかしたの?」
 半ば呆れながら心配そうにチョロ松が尋ねてくる。が、正直俺は自分の顔を見ていただけで何もしていない。話しかけてきたのも一松の方だ。あまりにも心当たりがないので、また不覚にも目から悲しみの雫が滲み出た。
 

 その後、数日たったある日のことだった。
 ちょうど居間に誰もおらず、仕方がないので鏡を見ながらカッコいいポーズでも考えていた時だった。
 襖が開きふらりと一松が入ってきた。その顔は心なしか真っ青で、調子がすこぶる悪そうだった。
「ど、どうした一松? 大丈夫か?」
 心配になり、慌てて駆け寄る。体を支えようとしたところで、ゆらりと一松の視線が俺を捉えた。その目は次第に大きく見開いていき——。

 ドンっ!

 一松に思い切り突き飛ばされた。仰向けに倒れるが、さらに胸ぐらを掴まれ思い切り揺さぶられる。
「てめぇ、いい加減にしろよ!」一松が怒鳴り散らす。
「いったい何が目的なんだよ! いい加減、吐けよ!」
「ちょっと待て一松! 何のことだ⁈」
 突然のことに頭がついていかない。俺がいったい何をしたんだろうか? 俺はまた知らないうちに一松を傷つけていたのか?
「しらばっくれんな! 俺は知ってんだよ。あんたの正体をな!」
 俺の正体? いったいどういうことだ? 正体も何も、俺は松野家に生まれし次男、松野カラ松のはずだ。
「とりあえず落ち着け、一松!」と呼びかけてみるが、一松はすっかり興奮してしまい聞いてすらもらえない。それどころか揺さぶりはさらに激しさを増し、床に頭が叩きつけられた。意識が飛びかけ、目の前に星が飛んだ。
 ヤバい。このままでは本当に弟に殺されかねない。命の危機を感じたところで、誰かが駆けつけてくる音が聞こえた。
「おい止めろ、一松!」
 聞こえてきたのはおそ松の怒鳴り声。その次にこちらへ駆け寄ってくる複数の足音。気が付いたら一松と俺は引き離され、心配そうな顔で俺の顔を覗き込んでいる二つの顔が見えた。
「カラ松兄さん、大丈夫?」末弟が尋ねてくる。その声は僅かに震えていた。
「ああ、大丈夫だ……」
 体を起こしながら応えた。目の前では興奮した一松をおそ松とチョロ松の二人が押さえつけていた。一松は偽物だとか、絶えず支離滅裂なことを喚き散らしていた。
「一松、落ち着けって!」
 二人が必死に声をかける。やっと落ち着いたのか、一松はそのまま座り込んでしまった。
 兄弟で顔を見合わせる。みんな顔を真っ青にしながら、四男の豹変ぶりに怯えていた。
 いったい、一松に何があったのか。何が四男を追い詰めていたのか。誰にもわからなかった。俺にもわからなかった。ただ一つ、わかることは——。
 一松がおかしくなってしまった。それだけだった。

 最近、みんなが俺のことを奇怪な目で見るようになった。確かに今までと比べると、最近明らかにおかしな言動をしていると自覚はしている。
 けど、間違っているのは俺じゃない。間違っているのは、間違いなのは——。
 カラ松。あいつの方だ。
 

 それは数日前のこと。夕日が沈み始めた頃に、突然ゲリラ豪雨が降ってきた日のことだ。
 たまたま傘を持っていた俺は、びしょ濡れになる前に雨宿りができる建物がないかと探し回っていた。流石に傘を持っているとはいえ、ゲリラ豪雨の中を歩けばそれなりに濡れてしまうからだ。さらにゴロゴロと雷の音まで聞こえてきたので、早めに見つけなければと急ぎ足になる。
 そんな時だった。公園で雨宿りするカラ松を見かけたのは。
 あのポンコツ次男は、おそらくこの辺りで一番高いであろう木にもたれかかっていた。大方、カラ松ガールを待っているとか言いながら突っ立っていたら通り雨に降られ、大慌てで雨宿りできる場所でも探したのだろう。ご自慢のパーフェクトファッションとやらはぐっしょりと濡れており、どんなにカッコつけようとしてもクソさが増すだけだった。
 あいつはどこまでポンコツなんだ。こんな雷まで鳴っている中、あんな大きな木の根元なんかにいたら雷に撃たれて死んでしまうだろうに。いや、むしろ当たって死ね。
 そんなことを考えながら、踵を返す。早いところ、雨宿りできる場所を探そう。そう一歩踏み出そうとした時だった。
 一瞬の出来事だった。
 突然、耳を劈くほどの轟音とともに、辺り一面が真っ白に染まった。あまりの眩しさに思わず目を閉じる。そして——。
 

 雷が落ちたと気付いた。それもかなり近くに。
 恐る恐る目を開けて、辺りを見回してみる。その場所はすぐに見つかった。
 先ほどまでカラ松が雨宿りしていた大樹。それが真っ黒に焦げていた。その下へと目線を動かせば、明らかに木の根とは違う真っ黒な塊が転がっていた。
「……嘘だろ?」
 まさか、本当に? 雷に当たったっていうのかよ。血の気が一気に引いていく。
 こういう時はどうすればいいんだっけ? 救急車を呼ぼうか? いや多分もう死んでいるから警察? 消防?
 動揺してうまく頭が働かない。そんな混乱している俺の目の前で、さらにありえないことが起きた。
 焼け焦げた大樹のすぐそばの水溜まり。俺は、それが変に波立っていることに気が付いた。それはごぽりごぽりと音を立てながらうねり、次第に木の根元の方へと移動していく。真っ黒な塊のそばまで行くと今度は収束しだし、何かの形を作り始めた。それは黒焦げになった塊と同じ大きさになるまで集まりそして——。
 死んだはずのカラ松になっていた。
 それは、先ほどまで雨宿りをしていたやつそのもので。怪我なども一切なく、どこから見てもただ眠っているようにしか見えなかった。そして、そいつはゆっくりと目を開いて——。
 気が付いたら走っていた。とにかく全速力でその場から逃げ出していた。雨はいつの間にか止んでいた。
 夢だ。あれは夢だ。そう言い聞かせるが、さっきの光景が鮮明に脳裏に焼きついてしまって離れない。悲しいことに俺の頭は、あれは現実なのだとはっきりと認識してしまっていた。
 息が上がってしまったので、速度を落として息を整える。がむしゃらに走っていたので、家からは少し遠くなってしまったようだ。
「……もう帰ろう」
 何も考えたくなかった。そのままトボトボと家に向かって歩き出した。
 ようやく玄関までたどり着き、引き戸をガラリと開けた。
「あっ一松、おかえりー」
 先に帰ってきたのであろう、おそ松兄さんの声がする。ただいまと言いかけて、視線に入ってきた光景に思わず硬直した。
「おかえり」
 笑っているおそ松と共にいたのは、カラ松だった。
 何でこいつがここにいるんだ? だってこいつは死んだはずなのに。
 先ほどの光景が蘇る。黒い塊と化してしまったカラ松と、その隣に生成されていく姿。
「どうした、一松? なんかあった?」
 はっとした。二人が訝しげにこちらを見ていた。大急ぎで靴を脱ぎ、俯きながら脇を通り過ぎる。心臓の音がやけにはっきりと聞こえていた。
「別に、何でもない」
 そのまま真っ直ぐに階段を上り、空っぽの部屋に閉じこもった。部屋の隅に座り、膝を抱える。抱えた膝はわずかに震えており、それを抑えるようにさらに縮こまった。
 あれはカラ松じゃない。カラ松は死んだ。あれは偽物だ。何が目的だが知らないが、すっかり入れ替わって六つ子の中に溶け込んでしまっている。
 俺だけが知っている。カラ松が死んだことも、アレの正体も。
 俺が暴かなければ。兄弟達に何か起こる前に。
 

 それから数日、俺はアレを監視し続けた。何か妙なことをしていないか、少し距離を置きながら常に睨みを利かしていた。兄弟達とは出来るだけ離しておいた。
 けれど、一向にボロを出す気配がない。アレは見事なまでにカラ松を演じていた。正直、こんな事を考えている自分がおかしいのではないだろうかと思いもしたが、その度にあの光景が鮮明に浮かび上がった。夢で片付けられたらどんなに楽か。俺がやらなければと奮い立たせた。
 何も策が無いわけではない。いつまでも見ているだけでは、進展もしないだろう。俺には切り札がある。
 ある日のこと。俺は部屋の隅からいつものようにアレを監視していた。部屋の中には俺とアレだけ。決行するなら今だろう。
 俺は徐ろに立ち上がり、アレに近づいた。アレは鏡で自分のことを見つめており、俺が近づいていることにも気付かない。
「おい」
 アレの隣に立ち、ぼそりと呟く。ようやく俺に気づいたソレはこちらを見上げ、声をかけてくる。が、何一つ頭の中に入ってこなかった。
「うるさい」黙れ、偽物が。
 思い切り頭を掴み、引っ張りあげた。ソレは突然のことに悲鳴をあげた。俺の腕を掴んで引き離そうとするので、空いている手で肩を押さえつける。ブチブチと髪の毛が抜ける音がした。
 その時、チョロ松の声が聞こえたかと思えば、いつの間にかソレから引き剥がされてしまった。どうやら騒ぎを聞きつけて来たらしい。チッと舌打ちをしながら部屋を出た。そのまま玄関に向かい、外へ出る。
 あれだけやっても何もしてこないとは。アレもなかなかやるようだ。しかし、カラ松のフリをするのもそれまでだ。
 俺は真っ直ぐにある所へと向かった。インターホンを鳴らして少し待つ。家主はすぐに出てきた。
「ホエホエ。こんにちはダス。十四松君の兄弟ダスね」
「……こんちわ」
 一松ですと名乗り、デカパン博士に連れられて奥へと入っていく。椅子に座らされ何やらよくわからないドリンクを差し出されるが、それを無視して話を切り出した。
「頼みがあんだけど」
「何ダスか?」
 俺は自分の髪の毛を徐ろに抜き、先ほどから握りしめていたものと一緒に差し出した。
「DNA鑑定してくんない?」
 これが俺の切り札だった。俺たちは一卵性の六つ子、それこそ遺伝子レベルで誰が誰でも同じだ。兄弟でDNA鑑定すれば当然同一人物という結果が出るはずである。即ち、少しでも違っていればアレが偽物であると証明できるはずだ。
「いいダスよ。少し時間がかかるダスが……」
「どれくらいで出来る?」
「数日はかかるダス」
「わかった」
 出来るだけ早くお願いしますと頭を下げ、デカパン博士の家を後にした。これでアレが偽物であると証明できる。
 

 数日後、デカパン博士から連絡をきた。鑑定結果が出たそうだ。急いで向かう。
 デカパン博士から鑑定結果の封筒を渡される。すぐに開封し、中の書類を取り出した。さっと目を通して。
「……嘘だろ?」唖然とした。
 何やら難しいデータの羅列が書いてあるところをすっ飛ばし、下にある結果の欄に書いてあったのは一言。

 鑑定の結果、九十九パーセントの確率で同一人物である。

 目の前が真っ暗になった。
 

 その後、どうやって家まで帰ってきたのか覚えていない。気が付いたら家の前にいた。玄関の扉を開けて、ふらふらと家の中へ入る。
 DNA鑑定をしてもダメだった。同じだった。じゃあ、アイツは何なんだ? 俺が見たのは夢だったのか?
 いや、確かにこの目で見たはずだ。今でも鮮明に覚えている。覚えてしまっていた。死んだあいつの隣で作られたヤツ。アイツは確かに偽物なんだ。
 襖を開き居間へ入ろうとする。その時だ。
「ど、どうした一松? 大丈夫か?」
 アレの声が聞こえた。血の気が引く。視線を上げるとそこにいたのは、得体の知れないアイツ。

 ドンっ!

 思い切り突き飛ばした。訳もわからずに目を白黒させているソレの胸ぐらを掴む。もう限界だ。
「てめぇ、いい加減にしろよ!」
 いったい何が目的なんだ。いったい何がしたいんだ。死んだあいつに成り替わるお前は何者なんだ。
 実の兄弟が死んだ恐怖。得体の知れないものが成り替わる嫌悪感。それらが全てが爆発し、いっきにぶちまける。頭が床にぶつかっていたが、お構い無しに揺さぶり続けた。自分でもわけのわからない言葉を喚き散らす。
 いつの間にきたのだろうか、気がつけば兄二人に押さえつけられていた。何か自分に対し言っているようだが、何も耳に入ってこない。
 なんでみんなわからないんだ。アイツは偽物なんだ。
 なんで僕だけこんな思いをしなきゃいけないんだ。
 膝から崩れ落ち、涙が溢れる。そんな僕を、兄弟達は呆然と見つめていた。
 

 僕は間違ってない。間違ってないんだ。
 アレはカラ松なんかじゃない。

 得体の知れない何かだ。

↑ ページトップへ