呪いの肖像画

お題:肖像画/いまゐカラ松十四松小説

あなたは、学校の怪談と呼ばれる話を知っているだろうか。トイレの花子さん、歩く銅像、あるはずのない階段。様々な場所で色んなことが起こった、と噂されるその話を一つくらいは聞いたことがあるかもしれない。

今回はそんな怪談話の中から肖像画にまつわる話を紹介しよう。

〝呪いの肖像画〟

「ねえねえ、昨日の心霊番組みた?」
「みたみた! あの写真めっちゃ怖かったよね、もうあのあとお風呂入れなかったもん」
「わたしも~、鳥肌がやばかったよ」

夏休みが終わって新学期早々、始業式を終えたばかりの只今の時刻は十時半ちょうど。もう今日から九月だと言うのにまだ外は夏の暑さを残している。

そんな暑さを紛らわせるためか女子達はちょうど前日に放送されていた特番の心霊番組の話題で盛り上がっていた。

「あれ、本当に合成じゃないのかな~」
「本当だったら怖すぎて無理だよね~! 」

見ている当初は背筋が凍るほど怖いものが次々に紹介されていくのだが、その番組の感想やトークだけではさすがに涼しくはなれない。だからと言って昨日見た番組の内容を思い出したところでただ怖くなるだけだ。

「にしても本当暑いよー、早く帰ろう! 」
「帰りに近くのコンビニでアイスでも買いに行こうよー」

クーラーのない教室にあるのは一台の扇風機だけ。天井に近い壁に取り付けられた扇風機は風の強さを強に設定されているもののただゴオオォっという音だけが響き、生温い風しか送られずほぼ意味を成していない。

「カラ松兄さん、帰りまっせー! 」

カーテンを閉めているから直接日差しを浴びないだけでこれではとてもではないが良い環境とは言い難い。たった二時間前に登校してきたばかりだと言うのにもう下校時間とは何ともやるせなくなるがこの教室にいるよりは早く帰って、それこそアイスを片手に家のクーラーの下にいるほうがよっぽど快適で良いのは確実。

カラ松は楽しそうに会話をしながら帰っていく女生徒の後ろ姿を見つめながらそう考え事をしていると後ろから誰かに名前を呼ばれた。

「どうかしたの、ボーっとして……ひょっとして夏バテっすか?」
「いや、大丈夫だぞ。それよりマイブラザー、どうしたんだわざわざ迎えに来てくれたのか?」

声の正体は弟の十四松だった。半袖のカッターシャツがズボンからずいぶんとはみ出してしまっているが当の本人は全く気にしていない様子でニコニコと鞄をブンブンと振り回している。

「うん! あんねー、チョロ松兄さんとトド松はこれから委員会の仕事だって! 一松兄さんは猫の世話をしに先に家に帰ったよ」
「おそ松は?」
「おそ松兄さんはイヤミと一緒におでん食べに行くって言ってたー、暑いのにすごいよねえ」

いまだ鞄を振り回したまま簡潔に説明をする十四松。

なるほど…六人兄弟の中で委員会に所属しているふたりを除いてはいま学校にいるのは、十四松と自分だけの二人ということか。クラスの違う自分をわざわざ迎えに来てくれる十四松を待たせないように鞄を手に持ち、席を立つ。

「すまないな、十四松」
「どうってことないっす! 」

ガラリと教室の扉を開けるとまだ大半の生徒が廊下にてんてんと残っている。自分たちの教室にも机に居座りながら話すクラスメートの姿が伺える。

「うー、むしむしするー」

廊下は教室よりも蒸し暑さが強調されて歩くだけでも汗ばんで来るのがわかった。これで本当に秋が始まったのかと言いたくなるくらいだったがそう言えば麻の天気予報では今日が最後の真夏日だと言っていたことを思い出した。

「そう言えば兄さん、美術室にある肖像画の話って知ってる?」
「えっ?なんだいきなり」

明日からはせめて秋らしく過ごせる気候になってくれと祈りつつ廊下を歩いていると隣で歩いていた十四松がふと話し始めた。

「あのね、美術室にある女の子の絵画が変なんだって。女の子が絵本を片手にこっちを見ながら微笑んでる絵らしいんだけど、たまにその絵が泣いてたり本のページが動いたりするんだって」
「そ、それは本当の話なのか?」

まさか急に怪談話をされるとは思わなかったカラ松は若干たじろぎながらも十四松の言葉を待つ。

「うーん、ただの噂かもしれないし本当にあった話かもしれないし分かんないや! でも最近噂になってるらしいよー」
「噂か……ひょっとして学校の七不思議とかいうやつなのか」

学校の七不思議というのは学校によりいろんな言い伝えがあり、それは実に様々である。

「そうなのかなあ」

いずれもいつから存在しているかはわからないが今なお語り継がれるほど有名な七不思議も存在している。その中で十四松が言ったその話は今まで聞いたことがない分、なぜか興味をそそられた。

「なあ、十四松。今からふたりでそれを確かめにいかないか?」
「えっ……?」

だからつい言ってしまったのだ。なぜ、こんな言葉を言ったのかは分からないがとにかく好奇心が勝ってしまったんだろう。

「たしか、美術室は三階の端だったな」
「ちょっと待って、カラ松兄さん! 一緒に行きマッスルー」

ちょうど階段に差し掛かり、そのままタンタンっと三階に続く階段を駆け上がる。十四松は慌ててその後ろを追いかける。

「ここ、だよな?」

さほど広くない端まで続く廊下をしばらく進むと古びた看板が目に入る。ほとんど消えかかってしまっているその看板にはかろうじて美術室という文字が刻まれているのがわかった。

「授業で来る時はそんなに思わなかったけど今見たらなんか不気味だな……」

当たり前だが誰もいない。この場所も一番端っこに位置しているためか周りに生徒一人すら見受けられなかった。日当たりも悪いせいで昼前だというのにも関わらず薄暗く、それが余計に妙な気味の悪さを演出させる。

「鍵、空いてるね」
「ああ、ここは立て付けが悪くてな……鍵を回しても上手く閉められないんだ」
「なるほどー」

ガラリ、という音を立て扉はいとも簡単に開く。たしかに立て付けが悪いせいか鍵穴の部分がややズレてしまっているのがわかる。

「うーん、ホコリっぽいしすっごいジメジメするー」
「これは……またずいぶんと灼熱だな」

中に入ると廊下よりも蒸し暑さが一気に伝わってきて、一ヶ月ぶりということもあってか少々、ホコリ臭さも感じられる。

「あはは、くっさー。あっつー」
「じゅうーしまーつ?あんまりバタバタするんじゃないぞ」

暑いと言いながらも走り回る弟に、どこにそんな体力があるのかと感心しながらもカラ松は先程、十四松に聞かされた話を思い出し、肖像画を見つけるため室内を見て回る。

木造で出来た机と椅子。それから黒板。教卓には日に焼けて色あせてしまったキャンバスに薄汚れた筆と雑巾が置かれていてそれ以外には特に変わったものはないようでカラ松は一旦十四松に声を掛ける。

「なあ、十四松」
「なあに?」
「さっきの話のことなんだが、その女の子の絵画ってどこにあるんだ?」

壁を見ても立て掛けられているのは時計と火災防止を推進するポスターだけだった。

「えっ?あ、僕もその噂で聞いただけだから場所がどこかまではわかんないっす……」
「そうか……」

そう言えば、その絵画がこの学校の美術室にあるとは一言も言っていなかったな。と改めてカラ松は十四松の言葉を思い出し、諦めようと室内を後にしようとした時ふいに一つの扉があることに気が付いた。

「なあ、ブラザー?あの扉は……」

入口からはちょうど死角になっていて気付かなかったのだが、その扉は黒板の横にあった。

「カ、カラ松兄さん?」

木造で出来た扉は入口の扉と同じく横にスライドさせるタイプのもので、ガラリと横へ引けば扉は開いた。相変わらず立て付けが悪いせいで鍵はほぼその役割を果たせていない。

パシンと扉を閉めて目の前を見渡せば美術室よりもひとまわり小さい部屋が一つ。真ん中にはキャンバスと椅子と絵の具道具が置かれていて壁には何枚もの絵画が額縁に入れられ、飾られていた。

ここは誰かのアトリエなのだろうか?四方全ての壁に三枚ずつ飾られたその絵画は全て肖像画だった。うなだれた青年、気持ちよさそうに眠る老人など色んな表情の顔たちが並んでいた。

「に、兄さん、これって……! 」
「どうした、十四松?」

絵画たちは本当に今にも動き出してしまいそうなほど美しく、思わず小さな美術館にでもいるような気分になってしまう。だから、一枚一枚目を通して次の壁に目をやったその中に見つけてしまったのだ。

あの、噂の肖像画の存在を。

「なんというディスティニー……本当にあったとはな」

三枚飾られているうちの真ん中の一枚に長い茶色の髪をした小学生ほどの少女がニッコリと微笑んでいる肖像画が飾られていた。女の子の左手は噂通り絵本を持っていて周りにも何冊かの絵本が転がっているのがわかる。

ふんわりとした特徴的のあるスカート姿でちょこんと椅子に座り、こちらを見据えてくる少女の絵はとても可愛らしくこれだけなら何も不気味な様子など微塵も感じられない。

「とくに何も変わりないね」

まじまじとその絵を見てみても何も変わりない。

「うーん、やはりそう簡単には起こらないか」
「ねえカラ松兄さん、もういい?ここ暑いし早く帰って野球しようよ! 」
「そうだな、そろそろ帰るか」

せっかく来たのだから少しくらいは怪奇現象と呼ばれるものを一目見てみたかったがいつ現れるかもわからないものに付き合っていると日が暮れてしまいそうだし何よりたしかにこれ以上カラ松も暑さには耐えられそうになかった。

「帰りにアイスでも買って帰ろうか」
「あい! アイス食べたいっす! 」
「他の兄弟達には秘密にするんだぞ」

今度こそ立ち去ろう、ときびすを返して扉に手を掛けたときだった。

「あ、れ?」

急な違和感に襲われたのは。

「どしたんすか、兄さん」
「いや、扉が……」

鍵なんてもちろん掛けてはいないし普通なら横に引けば開くはずの扉がビクともしないのだ。ガタガタと音を立たせながらも何度か引っ張って開けようとしてもまるで向こうから押さえつけられているかのように一向に開く気配がなく、一旦扉から手を離す。

「開かないの?」
「ああ、さっき勢いよく閉めてしまったからな……もしかしたらズレてしまったのかも」

自分で言ってみたものの、それにしたってあれほどまでに1ミリたりとも開けられないのにはいささか不信感がつのる。

「それか、もしかしたら女の子の仕業だったりして」
「……ぼおぇっ! ?」

怪奇現象に巻き込まれて部屋の扉が開かなくなった、なんていう設定のホラー映画は見たことがあるがまさか都合よく起こるはずがないと冗談交じりでカラ松が言うとその途端、十四松が何かを見て短い悲鳴のような声を上げた。

「じ、十四松! ?」
「カ、カラ松兄さん……あれ、見て」

その悲鳴に驚いたカラ松が十四松の名前を呼ぶと十四松はその何かに目線を合わせたままスッと人差し指で位置を示した。

「こ、れは……」

指を指した位置を目で追えば、その正体がはっきりと確認できた。それはあの少女の肖像画だった。そして十四松が悲鳴を上げた意味もすぐにわかった。

「笑ってる……」

少女は笑っていた。正確に言えばその肖像画に描かれた少女は最初から笑っていた。ただ、それはニッコリと微笑んでいる程度で。しかし再び見たその少女は口角を吊り上がらせて不気味に笑っていたのだ。可愛らしい面影は感じられなくなるくらいに。

「や、ヤバイよ兄さん! なんかこの肖像画本当に動いてるよ」

さすがの十四松もカタカタと震え出し、カラ松の腕を掴む。

「落ち着け、十四松……大丈夫だ」

危害を加えられる心配はないとは言いきれなかったがそれでも目の前にあるのはただの絵画だ。ここから出ることが出来ればもう大丈夫なはずだ。見る見るうちに表情の曇っていく十四松をなんとかなだめ、ここから出るための方法を探りながら少女を見ているとあることに気が付く。

「兄さん?」
「なんだ、何か言ってるのか……?」

気が付いた頃には、口角を吊り上がらせて恐ろしい程に不気味な笑みを浮かべていた少女の口元が今度は別の形に変形していた。かと思えばすぐにまた口元が動き出す。

まるで意思を持っているかのように変形していく口の形を真似ていけば何を言っているかわかるかもしれないとカラ松は最初から一文字ずつ口の形を真似ていく。

何をやっているのか分からないというような顔の十四松は何も言わずただカラ松の横でジッとしている。

「……こ…?」

口元はまた変形を繰り返し、やがていくらが動いたところで止まった。少女の顔はニッコリとしたはじめに見たあの微笑みに戻っている。

カラ松は小さな声でその言葉たちを一文字ずつ変換していく。そして、その言葉を全て繋ぎ合わせてポツリと呟いた。

「モウココカラデラレナイ」

その瞬間、少女の口元がまた歪んだような気がした。

↑ ページトップへ