談笑

お題:美術室/くろひつじカラ松小説

 オレは高校の頃、部活動はバスケ部と演劇部の両方に所属していた。いわゆる掛け持ちというヤツだ。
 しかしそのせいもあって、美術の課題をこなす時間を捻出できず、なかなか提出できないでいた。
 課題はその善し悪しに関わらず、提出したか否かでそのまま成績に反映される。そして、補習を受けなければいけないのだ。
 月〜金の1週間、放課後、毎日。美術室で課題デッサンだ。
 おそ松は「バックレちまえよ」と言っていたが、補習に出なければ成績は問答無用で『F』を付けられる。成績に『F』があると、部活動停止処分となってしまい、バスケも演劇も出来なくなってしまうのだ。
 それだけはなんとしても避けなければ。

 補習は美術室の隣の、美術準備室で行われる。
 課題の石膏像をぐるりと囲むようにイーゼルを並べて、黙々と描く。
 描き上がればそれでその日はおしまい。
 しかし、凝り性なオレは完璧に仕上げたくなってしまい、その日は結局最後の一人になってしまった。
「松野次男、お前は絵上手いんだから、ちゃんと課題やれよな」
 丸メガネをかけた美術の先生が、コーヒーを口に運びながらそう言った。そして、
「あ、課題の石膏像、片付けといてね」
「……はい」
 しっかりと命じられてしまったので、今日の課題で使った真っ白な石膏像を持ち上げた。
 美術準備室の一部分には、石膏像がところ狭しと並べられている。
 ミロ島のヴィーナス、ゲタ、青年ブルータス、アリアス……etc
 胸像が一番多く、半身像と全身像は少し奥の方に3〜4体あるだけ。棚や机、中には床においてあるものある。
 俯いたり上を向いたり、笑っていたり泣いていたり。表情も様々だが、これだけ集まっていると、なんだか顔を突き合わせて談笑しているようにも見えてしまう。
 使った石膏像を空いている場所に置いて、オレはまだやっているはずのバスケの部活動を見に行くため、美術準備室を後にした。

 次の日。
 今日の補習も石膏像の課題デッサンだ。
 昨日と同じく胸像だが、今日は髪型が少々難しいアリアス像。憂いを帯びた顔がなんとも美しい。
 そう思いながら描いていたら、今日もやはり最後になってしまった。
「松野次男ー、石膏像片付けといてー」
 先生に言われ、オレは今日も美術準備室の一角へ胸像を運んだ。
 そして、おや?と気付く。
 昨日はこちらを向いていたヴィーナスの像が、横を向いている。アグリッパも少し手前を向いていたはずだが、完全に視線が奥の方を向いている。
 美術の授業で使ったりするだろうし、きっとその時に向きが変わったんだろう。
 オレはそう思うことにして、今日は演劇部の方を覗きにいった。

 次の日。補習3日め。
 今日も石膏像のデッサン。
 今日も胸像だが、俯いてるうえに服の皺が難しいミケランジェロ像だ。昔の人間はなぜこんなに布をたっぷり使った服を着ていたんだろうな?
 そして今日もまた最後まで残ってしまった。
 いつものように石膏像を片付けるため、美術準備室の一角へと足を向ける。
 うむ。
 像の位置は変わらないが、今日もやはりみんなの顔の向きが違うようだ。
 昨日と同じように考えて、今日も演劇部の方へ覗きにいく。新しい台本の相談を受けていたからな。それの続きをしにいかないと。

 次の日。補習4日め。
 今日も今日とて石膏デッサンだが、今回はなんと全身像だ。
 しかも、頭部はないが広げた翼が美しい、サモトラケのニケである。スポーツをやる人間なら知っていることも多いだろう、勝利の女神の像だ。
「今回は全身像なので、今日と明日の2日かけて描き上げてもらいます」
 なるほど、今日はキリのいいところまで描けばいいわけだな。そう思いながら描いていたが、やはり自分が最後であった。
「先生、今日は像は片付けないんですか?」
 いつも自分が片付けて帰るので、とりあえず聞いておく。
「ああ。今日はいいよ。位置ズレちゃうし」
 そう言いながら、先生はずずっとコーヒーをすする。
「ま、石膏デッサンなんて、今んとここの補習でしかやってないし、授業に支障はないからね」
「え」
 思わず先生を振り返った。
「ん?」
「先生、今なんて…」
「んん?石膏デッサンは補習でしかしてない?」
 なんということだ。
 じゃあ、石膏の向きが変わっていたのは…いったい?
 ぶるりと身震いして、バスケ部の部活を見に行く為に、石膏像のある一角を見ないようにして、美術準備室を出た。

 次の日。補習最終日。
 今日は昨日のニケ像の続きだ。
 昨日のうちにざっくりとあたりを取り、バランスを見ながらサイズ感などを調整した。
 あとは流れるような布の質感、躍動感溢れる翼など細かい部分を描き込んでいく。
 そして今日も最後の一人になって、片付けの手伝いをする。
 全身像は大きすぎるので、先生と二人でその一角の奥の方へ運んだ。
「松野は1週間片付けもやってくれたからな、ごほうびだ」
 そういうと、先生の机の近くにあった小さな冷蔵庫から紙パックのジュースを取り出し、渡してくれた。
「あ、ありがとうございます」
 先生の隣でジュースを飲みながら、オレはずっと気になっていたことを聞いてみた。
「あ、あの、先生」
「なに?」
「ずっと、片付けをしていて気になってて……。石膏像を使ってる授業がないって言ってたじゃないですか」
「……言ってたねぇ」
「でも、オレ気付いたんです。石膏像の向きがいつも違うんです!誰かが授業の後片付けの時に変えてると思ったのに……」
 オカルトじみた言葉を、先生はきょとんとした顔で聞いていた。でも、先生はにっこり笑って
「はっはっは!そうだなぁ。あんだけ数があれば、そういうこともあるかもなぁ!」
 やたら楽しそうに笑ってオレの背中をばしばし叩いた。なんだか真面目に言っているのに、ちっとばかし馬鹿らしくなってきた。
 そうだ、全部気のせいだ。
 先生にジュースのお礼を言って美術準備室の出口に向かう。
 石膏像のある一角の前を通るので、ちらりとそちらに視線をむけると、ギョッとした。
 そこにある全ての石膏像が、こちらを見ていた。

↑ ページトップへ