お化けの時間

お題:オリジナル/くろひつじおそ松チョロ松小説

「お化けってヤツはな、2時から3時の間に現れて、3時から4時の間に帰るんだ」
 そう言った叔父さんの得意げな顔を、今でも覚えている。

 僕らは家族で夏休みの旅行がてら、山の中にある山村に住む、叔父さんの家に遊びにいくことがあった。
 まぁ旅行とは体の良い口実で、実際はいつも僕らにお米を送ってくれる叔父さんの手伝いである。
 その叔父さんは農業が大好きな人で、自分たちで田んぼや畑をやってる傍ら、年老いて畑の世話が出来なくなって近隣の人の畑まで世話をするような人だった。
 僕ら家族は男ばかり6人もいるものだから、その食費たるや計り知れない。しかしその米の殆どはこの叔父さんが送ってくれているのだ。働かざるもの食うべからずというわけで、時々こうして手伝いに来ていたのだ。
 コンクリートジャングルと揶揄される大都会に住んでいる僕らは、こんな自然ばかりの場所に来るのも、畑仕事のお手伝いも、毎度ながら新鮮で、夏休みの楽しみのひとつになっていた。
 叔父さんの家に泊まると、叔父さんが本当に農業を中心に生活しているのがよく分かった。日の出前には起きていて、日が沈んだら寝てしまうような生活リズム。自然とともに生きているんだなぁと実感する。

 そんな叔父さんにも怖いものがあるらしい。
 それが「お化け」だという。

 叔父さんの家に泊まっていたその日、まだ日の明けきらない時間にトイレに行きたくて目が覚めた。
 広い畳の部屋に4つ並べた布団の上、兄弟たちが思い思いの格好で眠っていた。踏まないように気をつけながら部屋を抜け出し、廊下に出ると白茶の床板がキィと鳴る。
 静かに歩いてもギシギシうるさい廊下を抜けて、トイレに向かう。トイレの小窓から外を覗くと、外は暗い青色の霧に包まれたような夜とも朝とも言えない色をしていた。
 用を足した後、台所へと向かう。水を飲んでからもう一眠りしたかったのだ。
 再びギシギシ鳴る廊下を歩き、台所の傍の居間にさしかかった辺りで
「おう、三男か?早いな」
「ひぃ?!」
 変な悲鳴を上げて後ずさったが、声の主が叔父さんだと分って息を吐いた。
「お、叔父さん……」
「はは、驚かせたか。悪いなぁ」
 にこにこと笑う叔父さんは、煙草の煙をくゆらせていた。
「電気もつけないで何してるんですか?」
「んー?時間が経つのを待ってるんだ」
「時間?」
「そ。2時から3時の間はお化けがウロチョロする時間なんだよ」
 言われて時計を見ると、時計は3時を回った辺りだ。
「2時から3時の間にウロチョロしたら、3時から4時の間にあいつらは帰るんだ。だから、4時くらいから畑に行けば、お化けに遭わずに済むって寸法さ」
 得意げに言う叔父さんが、なんだか可愛く見えたのを覚えている。見た目はヒゲをもさもさに生やした熊みたいな人だったけどね。

 なんでそんな話を思い出したかと言うと、いい歳して早朝の山の中で迷子になっていたからだ。
 夏だしそれっぽいことをしようというクソ長男の提案で、夜中に肝試しと称して車で1〜2時間の山に兄弟6人で揃ってやってきた。
 懐中電灯をそれぞれ二人一組で持って、獣道をひたすら歩くだけの無計画な肝試し。何の曰くも謂れもない近くの山で、当然ながら何が起きるというわけでもなく。
 そして案の定迷子になった。
 明るくなれば来た道も分って、車を停めた駐車場にも辿りつけるだろうと判断し、無闇に動かずその場で日の出を待つことにした。
「いやーなかなか夜明けにならないねぇ」
 この状況を作った元凶が呑気な声で言った。今すぐこの場でくびり殺したい。
 時計を見れば、三時半を回った辺り。夜も明けないいわゆる「未明」の時間帯。日の出が近いせいか、少し辺りは靄がかかったようにうっすらと白み始めていて、くだらなくて笑えない夜が終わりを迎えようとしている。
「チョロまつぅ、どうするぅ?」
「まぁだいぶ明るくなってきたし、そろそろ元いた道に戻れるんじゃ……」
 バサバサ、バサバサ。
 立ち上がって辺りを見渡し始めた途端、頭上から鳥の羽音のようなものが聞こえた。
 見上げると、空中に宙づりされたような、不自然な格好で静止した鳥がいた。
「……え?」
「うわっ。なにコレ」
 よくよく見ると、木と木の間に細いテグスで作られた網のようなものが張ってあり、そこに捕われているようだった。
「なんて言ったっけ?かすみ網、とかいうんだっけ?飛んでる鳥を捕まえるっていう」
「うわぁ……なんかひっでぇなぁ」
 このかすみ網という猟具は、飛んでいる鳥を簡単に捕まえることが出来るが、渡り鳥の乱獲などに繋がることから一般的使用を随分前に禁じられているはずである。
 出来ることなら助けてやりたいが、背の高い木と木の間渡された網を切るための道具など、迷子の通りすがりにはあいにく持ち合わせがない。
 そうこうしている間に、また1羽、また1羽と飛んできた鳥が捕まってしまった。
「……木の枝とか折ったら、あの網取れねぇかな」
「いやぁ無理だと思うよ」
 クズを自覚したニートではあるが、見ていて気分の悪いものくらいはある。
 そしてまた、先ほど捕まった鳥より大きな黒い塊がいきおいよく網に飛び込んできた。周囲の木々からは枝が揺すられるような音すらした。
 その黒くてよく見えない何かは、鳥ではなかった。

 人間の頭だった。

「「??!!」」
 僕も兄さんも、固まってしまった。見えづらいからと懐中電灯で照らして後悔した。
 目はぎょろりと血走って、大きな口からはガタガタの歯が覗いている。頭は頭頂部に毛がなくサイドにはあるので、どうやら落ち武者かなにかの頭であるようだった。
 そういつは網に絡まりながら、引きちぎらん勢いで暴れまくっている。
 二人してその、あり得ない何かから目を離せずにいた。
 ギシギシギシィイ……!
 再び木の枝が悲鳴を上げた。そいつと同じような何かがもう1つ、網に飛び込んできたのだ。もう1つもやはり血走った目をぎょろぎょろと動かしながら、まるで流星の尾のようになびいた黒髪を振り乱し、目の前の網を食い破ろうとしていた。
 バシッと肩を叩かれ、ハッと我に返った。兄さんが僕の肩を掴んでいた。
「チョロ松!逃げんぞ!!」
「う、うん!」
 夜が明ける前の、薄ぼんやりした世界を僕と兄さんは駆け出した。
 かすみ網にひっかかったアレが何かは考えたくはない。
 でも、これだけは言える。
 お化けが嫌いな叔父さんが言っていたことは、本当だったんだ。

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