てるてる坊主

お題:童謡/永都のーむおそ松小説

 てるてる坊主 てる坊主 あした天気にしておくれ
 もしも曇って泣いてたら そなたの首をチョンと切るぞ

——童謡『てるてる坊主』

 
 

 梅雨真っ盛りである、六月のある日のことだった。
 時刻は午前十一時過ぎ。朝と呼ぶにはあまりにも遅過ぎる時間である。そんな時間に起きた俺は大きく欠伸をしつつ居間へ入ると、十四松とトド松が仲良く並んで座っていた。朝食なんてすっかり片付けられてしまった卓袱台の上には、なにやら布切れやティッシュ、紐などが文房具と共に散乱しており、何かを作っていることは明白だ。朝食のことなど忘れて思わず声をかけた。
「お前ら何してんの?」
 俺に気づいた二人が振り向いた。
「おはよう、おそ松兄さん!」十四松は相変わらず元気がいい。
「やっと起きてきたね、遅松兄さん」
 くつくつと笑うドライモンスターを無視しつつ手元を見ると、そこには小さな人形が握られていた。布にティッシュを詰めて紐で包んだ、丸い頭と胴体だけの小さな人形である。
「うわ、てるてる坊主じゃん。懐かしいなぁ」
 鼻の下を擦りながらトド松の隣へ座る。そういえば、昔はよくみんなで作ってたっけ。遠足や運動会など、子供なら誰もが楽しみにする行事のたびに六つ子全員で何十個も量産していたことを思い出し、思わず口角が上がる。
「でも、なんでまたてるてる坊主なんか作ってんの?」
 問いかけると、トド松は苦笑いを浮かべた。
「十四松兄さんが作ろうって言ったんだ。ほら、最近ずっと雨で野球とかできなかったでしょ?」
 ああ、なるほど。俺はちらりと窓に目を向ける。外は吹き付けられる大量の雨風のせいで、ザァザァと大きなノイズを奏で続けていた。
 さすがは梅雨と言うべきか。ここ最近ずっとこんな調子だ。小雨ならともかく、本降りの雨の中わざわざ出かける気力なんてない俺たちは自宅謹慎せざるを得なかった。俺もパチンコやお馬さんを観に行けなくなるし、とくに外に遊びに行く回数が多かった十四松は、バランスボールの上に乗りながらぼんやりとしていることが多かった。
 たしかにここまで雨が続くと億劫で、神頼みの一つでもしてみたくなるもんだ。しかし、二十歳を超えた男が二人でてるてる坊主を作っているというのは、端から見るとかなり滑稽と言うべきか。
「でも、てるてる坊主を作ったところで晴れるかね?」
「まあ、いいんじゃない? 暇潰しにはなるし」
 そう言ってトド松は肩をすくめる。十四松は陽気に歌いながら、トド松が作ったてるてる坊主に顔を書き入れていた。よく見ると一体一体顔が違っており、ちょうど太い眉毛を書き込んでいるところだった。まるであのポンコツな次男にそっくりだ。
「何それ、カラ松?」予想外の顔に思わず吹き出した。
「他のみんなもいるよ」十四松が他のてるてる坊主をずいと突き出す。
「他もいるのかよ」お兄ちゃん、腹筋が壊れそうだ。
 たしかにそれぞれ兄弟の着ているパーカーの色の布を身にまとっており、顔も含めるとそれぞれが誰だか判別できる程度にはそっくりだ。とても成人男性がすることとは思えない。
「よくできてるでしょ?」と言うのは得意げなトド松。
「頭を作るときに、胴体の上にさらに布を被せて紐で巻いたんだ。頭の方に出ている余った布を丸めれば、パーカーにも見えるしね」
 なんだその無駄な女子力。苦笑いを浮かべるわりにはノリノリじゃん。
 その後、完成したてるてる坊主は十四松が喜んで窓際に飾った。左から青、ピンク、緑、赤、黄色、紫ときれいに並べて吊るす。
「てるてる坊主、てる坊主。明日天気にしておくれ!」十四松が元気よく歌う。
「晴れるといいねぇ」トド松がスマホの画面を眺めながら応える。
 仕事が終わった途端に別のところに興味が移り、あっという間に関心をなくすとは。その姿は正しくドライモンスターだ。
 つまんねー奴だな。そんな末弟に対し面白いことを思いつき、十四松に声をかける。
「そうだ十四松、てるてる坊主の歌詞って全部知ってるか?」
「えっ? おそ松兄さん、この後もあるんすか?」
「あるぞー。トド松に検索してもらってみ?」
 スマホ貸してー、と言いながらトド松に飛びつく十四松を見ながら、俺はにやにやと笑いをこらえていた。仕方なしにとスマホを操作するトド松を見ていれば、案の定ぎゃっと小さく悲鳴をあげた。
「ちょっと何これ! 首をちょん切るとか、めっちゃ怖いんだけど!」
 思った通りの反応に指を指してげらげらと笑った。何事かと十四松も後ろから画面を覗き込むが、覗いた瞬間に目を見開いてぴたりと硬直した。
 童謡てるてる坊主には、本来三番まで歌詞が存在する。一番と二番は別に怖いわけではないのだが、問題はトド松が驚いた三番の歌詞である。

 てるてる坊主、てる坊主。明日天気にしておくれ。もしも曇って泣いてたら、そなたの首をチョンと切るぞ。

 たしかに、これを初めて知ったときには俺もびっくりしたもんだ。せっかく作ったてるてる坊主を、晴れなかったというだけで切ってしまうとは!
「なんつーもん検索させてんだ、このバカ!」
 トド松がこちらをキッと睨む。トド松はこの手の話が一番苦手である。絶対に怒るだろうと思ったが、それ以上の反応だ。隣の十四松も服の袖で口を覆い隠しながら、猫のような目でこちらをじっと見ていた。
「兄さん、なぜ首を切らなきゃならねぇんですかい?」
 ぼそりと呟いた十四松の質問に、俺は頭の後ろに手を回しながら唸る。
「うーん、なんでだっけ? でも確か——」
 一説によると、てるてる坊主はもともと中国のとある伝説が元になっているそうだ。昔雨が降り続いて困っていたときに、少女が天の声に従って犠牲になり天に昇ると途端に雨が止んだとか。その犠牲を首切りで表しているらしい。
「さよかー」なるほどと納得したように十四松は頷く。
「あと他にもさ、お経を唱えたら絶対に晴れさせることができるっていう有名な坊さんがいて、失敗して首を切られちゃうんだけど、その首を白い布で包んで吊るしたら晴れたっていう話もあってさ——」
「ちょっと、何さらっと怖い話を続けてんの⁈ 馬鹿なの⁈」
 なおも話を続けようとする俺に対し、トド松が首を振りながら絶叫した。
「もう止めてよ、夜中にトイレ行けなくなるじゃん!」
「いや、トド松がトイレ行けないのはいつものことだろ」
「てるてる坊主、てる坊主。明日天気にしておくれ!」
「十四松兄さんも止めて!」
 

 てるてる坊主に込めた十四松の願いとは裏腹に、その後三日間の天気は雨、雨、雨。晴れる気配は全くなかった。
 夜になっても雨が収まる様子はない。夕飯の時になんとなくつけていたテレビを見れば、ここ一週間の天気予報はきれいに雨マークが並んでいた。一松は盛大に舌打ちし、チョロ松やトド松は億劫そうな目でテレビを見つめる(カラ松だけは気にしていないようで、少しの思案の後に「雨に濡れる、俺——!」と言ったら箸が飛んできた)。
 十四松が心配そうに窓際を見ていることに気づき、俺もちらりとそちらに目を向けた。
 残念だったな、十四松。ぼんやりと思いながら漬物に箸を伸ばす。
 頑張って作ったてるてる坊主は、どうやらさっぱり効果がなかったらしい。
 

 しかし次の日、天気は予想を大きく裏切るほどの快晴だった。
 

 朝起きるとすでに兄弟の姿はなく、欠伸をしながら寝癖のついた頭を掻いた。時計を見ると、午前十一時過ぎ。どうやらまた寝坊したらしい(別に気にはしないが)。
 むくりと起き上がったところで、いつもより外が明るいことに気が付く。窓から差し込む日差しが眩しい。思わず目を瞑る。そのまま大きく伸びをして——、はたと止まる。
 あれ? 日差しが眩しい? 今日も雨じゃなかったっけ?
 目を擦り窓を確認する。昨日まで強烈な雨風が吹き荒れていた灰色の空は、見違えるほど綺麗な空色に染まっていた。鳥の心地良い囀りまで聞こえてくる。
 マジか。てるてる坊主、本当に効果あったよ。三日遅れだけど。
 呆然としていると突如襖が思い切り開いた。思わず肩が跳ね上がる。
「おは四、六、三の——」声の主が目の前に親指を突き出してくる。
「ゲッツゥー!」
「おはよう十四松。朝からテンション高いね」
 飛んできた唾を拭いつつ返事を返す。十四松はすでに野球服に着替えており、押し入れからバットを取り出すと喜んで外に飛び出していった。
「いってきマッスルマッスル! ハッスルハッスル!」
 声が二階にまで聞こえるとか、どんだけテンション高いんだよ。
 半ば呆れながら窓の外を見る。元気よく駆けていく十四松と、それに引っ張られる一松の姿も見えた(何故か右手に縄を持っていた)。
 まぁ、テンションが上がるのも無理ないか。なんていったって、数日ぶりの晴れである。俺も今日は久しぶりにお馬さんでも観に行こうかなぁ。
 カラ松の財布はさてどこにあったかななどと考えながら、布団を押し入れに押し込んで階段を下りていった。
 居間に入ると、座っていたチョロ松が求人雑誌から顔も上げずにぶっきらぼうに声をかけてくる。
「おはよう。朝ごはんなら台所にあるよ」
「なんだよ、チョロ松。朝から冷たいねー。なにそれ、求人雑誌? 自意識高いねぇ、自意識ライジングだねぇ」
「自意識ライジングって何なんだよ。っていうか、おそ松兄さんこそいい加減仕事探したら?」
「えぇ、やだよ。俺、今日はお馬さん見に行くんだもん」
 おいコラ長男! と怒るチョロ松を無視しつつ、大きく伸びをする。伸びをした拍子に、ふと窓際に並んだてるてる坊主が目に付いた。
「あれ?」思わず首を傾げる。
 そこには綺麗に並んだてるてる坊主が五つ。作ったのは六つ子のてるてる坊主。一番左にあった青色が足りない。紐でも切れてしまったんだろか?
「おそ松兄さん、聞いてる? さっさと朝ごはん食べてよ。洗い物終わらないって言ってんじゃん」
 チョロ松が不満そうに顔を上げ睨みつけてくる。どうやら母さんに洗い物を押し付けられ、出かけたくても出かけられないようだ。
「悪ぃ悪ぃ、そう怒んなって」笑いながらチョロ松に謝る。
 とりあえず今は朝ごはんを食べないと、チョロ松に殺されてしまいそうだ。俺は踵を返し、そそくさと台所へ向かうことにした。
 

「ただいまー! 長男様のお帰りだぞー!」
 意気揚々と玄関の引き戸をガラリと開けた。声も自然と高揚し、にやけ顔で居間へと向かう。
 今日はすこぶる調子が良かった。自分の選んだ馬がことごとく一位を掻っ攫っていってくれたおかげで、持って行った青色の財布の中身はホクホクだ。
「おーい、お前ら。飯食いに行かね? 俺が奢るからさ」
 襖を開けて早々、声をかける。ちょうど居間に集合していた弟達が、ぎょっとしながら一斉にこちらを見つめた。
「はっ⁈ おそ松兄さんが奢る⁈ 明日雹でも降るの⁈」
 トド松が素っ頓狂な声をあげる。他の兄弟達も同様に、何か裏があるんじゃないかと口々に呟いた。
「ちょっと、俺ってそんなに信用ないの? 別に、久しぶりに大勝ちして気分が良いだけだよ? ついでにこれカラ松の財布だし」
「っておい、弟の財布勝手に使うなよ!」
 チョロ松が盛大にツッコミを入れる。いや別にカラ松のだしいいじゃん、と言ったところで、本来なら怒るであろう人物がいないことに気づく。
「あれ? カラ松は?」
「いや、まだ帰ってきてないけど……」一松が隅っこから応える。
 なんだ、まだ帰ってきてないのか。全く何やってんだか、あのポンコツは。せっかく長男様が奢ってやるというのに(ただしカラ松の財布である)。
「まぁ、いいや。とっとと食いに行こうぜ」
「うぃー」
 みんなに声をかけると、揃って親指をあげた。結局のところ、自分さえ払わなければ誰の金でも構わないという、揃いも揃ってクズなニートなのである。そのまま居酒屋へと直行し、俺が勝った分がすっかりなくなるまで飲んだ。
 その後、夜になってもカラ松は帰ってこなかった。けれどまぁ、以前にもみんなが寝るまで帰ってこなかったことがあったので、誰も別に気に留めなかった。
「クソ松がいない方がうざくなくていい」とむしろ一松は喜んでいたくらいだ。
 

 次の日も、清々しいくらい雲一つない快晴だった。最高のお出かけ日和なのか、俺が起きる頃にはもうすでにみんな出かけた後だった。
 俺は昨日勝ったということもあり、意気揚々とパチンコへ向かう。
「今日もいっちょ増やしますか!」と青色の財布片手に得意げにパチンコ台へと向き合ったのだが——。
「……あーあ、負けちゃったよー」
 肩を落としながらトボトボと帰路につく。持って行った青色の財布はすっからかん、ついでに持って行った自分の財布もすっかり空になってしまった。流石に二日連続で勝つという奇跡は起こらないらしい。
 今日もカラ松は帰ってこなかった。それどころか、トド松まで帰ってくる気配がない。
「ねぇ、トド松遅いね」
「うん、そうだね」
 布団の上で、四人で額を突き合わせながら話す。
「なぁ十四松。あいつ、どこに出かけるか言ってなかった?」
「いや、聞いてないっすよ」
「そもそも、あいつどこに行くか言わないし」
 やつはドライモンスターだ。たとえ囲碁クラブに通い始めても富士山に登っても決して俺達に報告することはしないドライ野郎である。
「まさかあいつ、もしかして……」はっとしたチョロ松の声が震える。
「——合コン、行ったんじゃ?」
 全員に衝撃が走った。ヤツなら俺達に邪魔されるのを恐れ、隠すに違いない。もしそうなら、遅くまで帰ってこない理由も合点がいく。
 明日、帰ってきたところを問い詰めよう。満場一致で決まった。
 

 次の日の朝、いつもは感じない肌寒さで目が覚めた。部屋の中はまだ暗く、時計の針はまだ六時にもなっていない。
 なんだってこんな朝早くに起きてしまったんだろうか。まだ眠れるじゃん。眠い目を擦り、もう一つ眠りしようかと転がった時だった。ふとあることに気づく。
「……あれ? チョロ松?」
 左側にあるはずの体温が感じられない。
 振り向くと、そこにいるはずである三男の姿がなかった。先ほど感じた肌寒さの原因は、どうやらこれに違いない。俺と十四松の間の、ちょうど一人分あるスペースがぽっかりと空いている。そっと手を置いても温もりが感じられない。今しがた抜け出したわけではないようだ。こんな時間に? いったい何処へ?
 おかしい。何かがおかしい。
 チョロ松が就活やライブなどで早くに起床することは多々あるが、どんなに早くても起きるのは七時以降だ。なんだかんだ言っても六つ子のニートの一人。朝は苦手なのである。そんなあいつが、まだ日も昇りきらないうちに出かけるなんてありえない。
 ——ちょっとまてよ。ふと思い当たることがあり、自分の右側を見るために寝返りを打つ。右側にも伸びている布団には、二人分のスペースを空けて一松の姿があるだけだった。いつもより寒いと思っているのか、体を縮こまらせながら布団に包まっている。カラ松とトド松が帰ってきた様子はなかった。
 そういえばカラ松が帰ってこなかった日もトド松が帰ってこなかった日も、二人の姿を一度も見ていない。俺が起きる前に出かけたのかと思っていたが、もしそうじゃなく最初からいなかったのだとすれば——。
 背筋に寒気が走る。嫌な予感がした。
  

「おそ松兄さん、野球しよー?」
 バットを抱えた十四松が声をかけてくる。今日も空は天気予報を嘲笑うかのように晴れていた。
 うきうきの十四松に悟られないように、にっこりと笑顔を浮かべて返事をする。
「悪ぃ十四松。お兄ちゃん、やることあるからさ。野球はちょっとできないわ」
「えぇ、マジっすか?」
「うん、マジ。代わりに一松に相手してもらったら?」
 十四松は暫くの間口元に手を当て思案していたが、納得したように頷いた。
「わかった。そうしマッスルマッスル!」
 言うや否や部屋の隅で膝を抱えていた一松のところに突進していき、腕を強引に引っ張りあげた。
「一松兄さん、野球しよー?」
「えっ? ちょっと、十四松?」
 戸惑う一松の声に聞く耳すら持たず、そのまま嵐のように強引に連れ去っていった。一松の絶叫が響く中、右手で敬礼しながら見送る。
 悪ぃな、一松。俺の為に尊い犠牲になってくれ。
「さてと——」ふう、と一息吐く。
 とりあえず、これで誰も家にはいなくなった。これで存分に家の中を探すことが出来る。
 カラ松やトド松と違い、チョロ松は出かける時には絶対に誰かしらに伝えている。普段から自意識がライジングしているあいつは、誰かに報告することで自分自身の行動を認めているところがあるからだ(流石にアイドルのライブへ行く時は隠すが、それでも出かける旨は絶対に言う)。特に朝早くから出かけるなら尚更である。
 しかし今回は特に何も話していなかったうえに、あの後眠ることもできずにずっと起きていたが、昼になってもチョロ松が帰って来ることはなかった。
 じゃあ、チョロ松はいったいどこに行ったんだ?
 戸棚をガラリと開け、中を物色する。俺達の荷物は至る所にあるが、出かける時に必要なものはだいたいこの中に入っているはず。ここから手がかりがつかめるかもしれない。
 なんで自分がこんなことをしているか、正直俺自身も理解できていない。けれど、一度感じてしまったあの違和感は決して消えることはなく、胸のあたりに薄ら寒い不快感を残し続けていた。これを取り除かない限りは、おちおち昼寝も出来やしないだろう。
 戸棚の中に突っ込んだ手が何かを掴む。なにやら柔らかい、布で出来たもののようだ。引っ張りだしてみると、数日前に作ったあのてるてる坊主だった。青色のフェルトが胴体に巻かれており、紐でも切れてしまったのかと思っていたやつである。ただ一つ、以前に見たときと決定的に違う点があった。

 ——頭がない。首のあたりから綺麗に切り取られている。

「なんだよ、コレ……」
 青色の胴体を持つ手が震えた。戸棚を覗き込めば、眉毛が太く書かれている頭部も転がっていた。さらに奥へと視線を伸ばすと、同様に頭をなくしたピンクと緑のてるてる坊主もある。冷や汗がどっと吹き出した。あの童謡の歌詞が頭に浮かぶ。

 もしも曇って泣いてたら、そなたの首をチョンと切るぞ。

 最近、天気予報に反して晴れ続けている天気と、首を切られた、消えた兄弟と同じ色のてるてる坊主——。
 ゾッとした。嫌な考えが頭をよぎる。
 もしかして、役目を果たせなかったてるてる坊主が首を切られ、それによって人形と対応した兄弟を生贄に晴れていたのだとしたら——。
 ちょっと待てよ。はっとする。明日の天気予報はどうだった? たしかテレビで見たときは——。
「……雨だ」一週間ずっと雨だったはずだ。
 一気に血の気が引く。慌てて部屋を飛び出した。
 

 居間へと駆け込み、窓際を確認する。そこには赤、紫、黄色の三色のてるてる坊主が仲良くぶら下がっていた。
 よかった。まだ残りのてるてる坊主は無事らしい。首を切られる前に外さなければ。手を伸ばし、赤いてるてる坊主に触れ——。

「おそ松兄さん、何してんの?」

 ドキリと心臓が跳ね上がった。。恐る恐る振り返ると、いつの間に帰ってきたのだろうか、そこにいたのは十四松だった。伸びきった袖を口元に当て、猫のような目でこちらをじっと見ている。
「外すんすか?」
「いや、その……」
「天気予報。明日も雨なんだから、外したらダメっすよ」
 口を尖らせる十四松に対し、そうだよなぁ、悪ぃ悪ぃと苦笑いを浮かべながら肯定した。そりゃあ、てるてる坊主を作ったのは十四松だ。せっかく作ったものを理由もなく外されるとなれば、嫌な気分になるだろう。
 とりあえず、回収は後回しにしよう。そう思い、大袈裟に伸びをしながら居間を出ようとする。襖に手をかけたところで、ふとその手を止めた。
 なんだか部屋が暗い。あれ? この部屋、こんなに暗かったっけ?
 じっと耳を傾ければ、何かがポツリポツリと窓に当たる音。それは次第に数を増していき、激しくなって窓を打ち鳴らす。
 あっ、雨だ。そう思った瞬間、背後で十四松が呟いた。

「あーあ、残念。また切らなくちゃ」

 さぁっと血の気が引いていく。振り向けば、にっこりと笑った十四松の手には赤色のてるてる坊主と黄色いハサミ。
 ちょっと待てよ。何してんだ、十四松?
 声が上擦り、伸ばした手が震える。心臓の音が聞こえてきて、冷や汗がどっと吹き出す。なのに、体がうまく動かない。

 てるてる坊主、てる坊主。明日天気にしておくれ。
 もしも曇って泣いてたら、そなたの首をチョンと切るぞ。

 いつの間に覚えたのだろう、十四松が後半も節をつけながら口ずさむ。それは幼い頃から歌っていた前半部分とは違い、なんとも言えない暗い雰囲気を醸し出していた。ハサミが徐ろに開かれる。
 止めろ。嫌だ。やめてくれ。声にならない声で叫ぶ。お願いだから——。
 まだ死にたくない。
 開いた刃と刃の間に、赤いてるてる坊主がするりと滑り込み、そして——。
 

 じょきん。

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