拝啓、海月の上より

お題:海/くろひつじおそ松小説

 目が覚めた。
 辺り一面濃い青色の世界。
 見上げると、キラキラ輝く編み模様がずっと上の方にあった。
 ーーここは…。
 冷たくて、静かで、、、淋しい海の底。
 水中だというのに、息が苦しくない。身体はふわふわと漂いながら、水の感触を確かめる。
 己の身を見回すと、上半身は素肌にフードと袖の赤いパーカー、下半身はサイドに白いラインの入った海水パンツ姿。
 そうだ、今日はみんなで海に遊びに来ていたんだった。せっかくの夏だし、やっぱり夏らしいことしたいじゃん!って駄々をこねたら、なんだかんだ言ってみんな乗り気で一緒に来てくれたんだ。
 可愛い弟達のところに戻らなきゃ。
 随分長いこと寝ていた気がする。海の中でも寝れるもんだなぁ、なんて呑気に思いながら海面を目指してカエルのように手足で水をかき分けながら進んでいく。
 少し水をかき分ければ、勢いづいてグンと進むが、キラキラ光る海面は思ったよりも遠くて、なかなか辿り着けない。
 だんだん泳ぐのにも飽きてきた。生来、飽き性の根性なし、面倒なことは嫌いなのだ。
 さてどうしたものかと考えていたら、青い世界の奥のほうから白くて丸いフワフワしたものが近づいてきた。
 ーーあれは?
 よくよく見ると、丸い傘にイカの足のような長い触手が特徴的な、クラゲである。
 確か、毒があるのは触手だけ。傘の上に上手く乗れれば、楽に海面まで運んでもらえるんじゃないだろうか。海の中なら重さもきっと関係ないだろう。
 ラッキー☆ さすが俺さま、持ってるもんが違うねぇなんて思いながら、触手に触れないように気をつけて近づいて、そっと傘を掴み、一気にその上に登ってしまう。
 最初はビニール袋に水を入れたような、なんとも言えないブヨブヨとした感触に、ヒェッと喉奥がなったが、慣れてしまえばどうということはない。
 海の中を、大きくて丸い花のようなクラゲは揺蕩いながら、上へ上へと進んでいく。傘の上の無法者のことなど気にしない様子は、さすが海洋生物だ。
 少しずつ海面が近づいてきて、海の上の太陽から注がれる光が、小さなはしごを作るように海面から下へと伸びている。海の中から見上げるそれは、とても幻想的で、宝石の中を覗いているような気持ちになった。
 ああ、綺麗だなぁ。彼奴らにも見せてやりたいなぁ。
 そう思いながら、この光景にどこか既視感を感じた。
 自然の生み出すこの美しい様子を、過去に何度も見ているような気がした。
 いやいや、そんな馬鹿な。
 海の底から這い上がるなんてこと、初めてのことのはず。そんなにしょっちゅう海に来た記憶はない。
 けれど、いやいや、まさか、どうして。
 これは何度めだ?
 どくどくと心臓が早鐘を打つ。
 そうだ、この光景を見るのは、初めてじゃない。
 どうしよう、怖い。

 でも、帰らなきゃ…。

 ざばぁっと水しぶきと共に海から顔を出す。クラゲは成人男性をその上に乗せていることなどものともせず、海面スレスレまで浮き上がったので、気分は亀の背に乗った浦島太郎だ。
 辺りをぐるりと見渡すと、見覚えのある陸地が見えた。
 目を凝らせば、暗い土色の崖の上、ガードレールの向こう側に、見たことのある顔の人間が5人ほど並んでいるのが分った。
 全員それぞれよく知った顔だが、なんだか随分老け込んでいるようにも見えた。そして夏の海辺だというのに、着ている服は揃いの真っ黒な礼服だ。
 ーーああ、そうだった。
 もう、こうして海からこの光景を見るのは、何度目だろうか。
 クラゲの上から思いきって手を振ると、5人のうちの1人が、身体全身で喜びを現すように動き回って、大きく大きく手を振り返してきた。
 あれはたぶん、十四松だな。
 アイツはそう、視えるヤツだから。

「十四松、どう? あのクソ長男、今年も来てる?」
 白と黄色の菊の花束を持ったまま、十四松に聞くと、十四松はうーんと手をかざして目を凝らしながら沖合を見つめる。
 そして、あっ!と気付いて、まるで踊り出しそうな勢いでもって手を振り出した。
「いた!きた!おそ松兄さん来たよー!!おーい!」

 ガードレールの向こう側は、断崖絶壁の崖になっていて、大きな岩場には波が打ち寄せては白い泡になって砕けていくのがみえる。
 気持ちよく晴れた空の下、焼けるような黒いスーツの熱を海風が撫でていく。
 クソ暑い夏の日に、正装して海の良くみえるこの場所にくるのは、あの日の翌年からの恒例行事になっていた。

 あの年のあの夏の日、ここからすぐ近くの海水浴場で、おそ松兄さんはいなくなった。

 離岸流という、沖合へ強く引き返す波にのまれて、目印だった赤いフードのパーカーはあっという間にみえなくなった。
 この辺は遠浅になっているが、沖合はずっと深くなっている。
 遺体も何もでてはこなくて、だからそのうちひょっこり戻ってくるんじゃないかと思っていた。
 でも、その翌年訪れたここで、海を見ていた十四松が、沖合で手を振る半透明のおそ松兄さんを見つけてしまったのだ。
 それからは、毎年こうして、みんなで兄さんに逢いにくる。
 なんだかんだ言って、長男だったし、寂しがりやだからさ。
 僕にはみえないけど、きっと、あのときと変わらない姿で手を振っているんだろう。
 おそ松兄さんを置いてけぼりにして、僕らはもう随分と歳をとってしまった。こうして揃って逢いに来れるのは、あと何年だろうね。
 シワシワでよぼよぼになった両手で、花束をガードレールの向こう側に放る。昔は「長男のバカヤロウ!」なんて言いながら投げつけていたんだけど、もうそんなことすら出来ない。
「十四松、どう?あいつ、元気そう?」
 僕が聞くと、十四松はにっこり笑って
「うん!めちゃめちゃ元気そうだよ!!手ぇ振ってる!」
 そう言うので、僕も仕方が無いな、と手を振った。

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