お題:犬/まうトド松小説

1.

 自分の一つ上の兄は、つくづく人間離れしている、とトド松は思う。
 とっくに成人した大人でありながら、着ているものは小学生のような袖の伸びきったパーカー。下は半ズボン、と思いきや海パンに、白い靴下とスリッパ。おしゃれとかダサいとかそういう次元の問題ではない。ともかく『明るい狂人』と評されるのも、仕方のないようなキャラクターだった。
 それはそうと、トド松も自分を他人にどう見せるか、取り繕うわけではないが、それなりに見た目や外見を頑張っているところはある。
 世にも珍しい、松野家の奇跡の六つ子。年が違う六人兄弟と言うわけでもなく、年齢も性別も顔も同じ、となればどうやって個性を出すか。
 トド松は自分の末弟と言うポジションを最大限に活用すべく、『あざとい可愛さ』を身につけた。
 傍から見れば男が何をバカバカしい、と言われてもこれはこれで結構女子ウケはいいのだ。もちろん、そこに多少なりとも話を盛る必要もあるが。

 話はそれたが、そんな風に世の女の子によく見られたいと思う末弟の努力とは、正反対の道を突き進んでいるのが、五男の十四松である。
 ここ最近は四男の一松と一緒になっての散歩が日課のようだった。その前のブームは同じ野球のユニフォームに身を包んで河川敷でのトスバッティング、素振り六千回、と超人的なメニューに付き合う四男もどうなんだろう、とトド松は呆れる。

「十四松ぅ、準備できたー?」

「わおーん!」

 はっはっと舌を出し、犬の格好をした十四松がリードを手に持って玄関で待っている一松の元へと向かう。
 既に日常となりつつある光景に、トド松は目眩がした。
 持っていたスマホをこめかみにあて、思わずため息をつく。

「もう、一松兄さんも十四松兄さんも、そう言う悪ふざけもいい加減にしてよね! 身内として恥ずかしいから、それ。大体、十四松兄さんは人間でしょ? そんな犬みたいな格好させて散歩とか、馬鹿みたい!」

「……は? トド松、何言ってんの?」

 一松は首をかしげていた。その目には疑惑が浮かんでいる。
 次に発せられた一言は、トド松の日常を崩すのに十分な威力を持ったものだった。

「————十四松は、元々犬だよ?」

「……え?」

 ひくり、と唇の端が引きつった。
 何を言っているんだろう、この兄は。普段から心に闇を抱えているキャラクターを演じていたが、とうとう本当に頭がおかしくなったのか。

「何なにー? お前ら、玄関で騒ぐなよー」

 おちおち昼寝もできねぇじゃん、と長男のおそ松が二階から降りてくる。
 トド松はすぐに、おそ松に一松が言っていることがおかしいと訴える。

「おそ松兄さん! 一松兄さんが変なこと言うんだよ、十四松兄さんがずっと犬だったとかって!!」

「はあ?」

 ぼりぼりと面倒くさそうにおそ松は腹をかき、ふむ、と周りを見回した。
 リードを持っている一松、おすわりをして行儀よく待つ十四松、そして混乱しかけているトド松。
 トド松は、すがるような視線をおそ松に向けていた。
 自分はおかしくなんてない、上の二人の悪ふざけが過ぎたんだ、と今に長男であるおそ松が怒ってくれるに違いない、と思っていた。
 だが———、

「トド松、お前こそおかしなこと言うなよ。十四松は小さい頃から俺らと一緒に暮らしてきた、大事な家族だろ? そりゃ、お前の方が後からきたから、十四松を“兄さん”って呼びたい気持ちは、分からないでもないけどさあ」

「おそ松兄さん!?!」

 トド松はおそ松につめよったまま、パーカーの首根っこをがくがくと揺さぶる。
 そんな二人を尻目に、一松は十四松を連れて玄関から出ていこうとする。

「……じゃあ、いつもの散歩、行ってくるから」

「おう、いってらっしゃーい。あ、エチケット袋も忘れんなよ!」

「あいよー」

 ぷらん、と片手に小さな手提げ袋と、その中からはペットボトルが覗いていた。え、それって、とトド松の顔から血の気が引いていく。
 今までは犬のコスプレだとばかり思っていたが、まさか本当に犬の散歩のように外で十四松に大なり小なりの排泄行為をさせようというのか。

「ちょっ……! ちょっと、待った待った待ったー!!! おかしいでしょ!? 何でおそ松兄さんも一松兄さんと十四松兄さんの悪ふざけに乗っかっちゃってんの!? 十四松兄さんはれっきとした人間で、二十数年一緒に生まれ育ってきた、ボクたち六つ子の兄弟でしょー????」

「だーかーらぁ、俺だって十四松は大事な兄弟だと思ってるよ? でもあいつ、犬じゃん。同じ布団で寝ててもさ、家の風呂とかでたまーに一緒に入って洗ってやったりとかしたって、飯の時だって俺らのちゃぶ台の下でちゃーんと行儀よく食ってられるし、可愛い可愛い家族同然だって思ってるけどさ」

「何それ……? じゃあ、おそ松兄さんはボクがおかしいって言うの!? 僕の記憶の中には、ちゃんと人間だった十四松兄さんの姿が……!!」

 ————あれ?

 トド松は奇妙な違和感を覚える。
 そして、即座にいつも片時も手放さないスマホの画像フォルダを連打する。
 選別しているフォルダ名、十四松のものは必ずそこに入れていた。日付は最近のものから一年ほど前くらいのものまでは確実にあるはずだ。その中で、人間である姿の十四松が見つけ出せれば……!!

「……何で?」

 トド松の声は震えていた。
 十四松、と書かれたフォルダの中には、確かに十四松の写真で溢れている。
 玄関の前で朝の散歩に向かうところ。河川敷で楽しそうに野球ボールをくわえて走ってくるところ。屋根の上に登って、ギターを弾くカラ松に合わせて楽しそうにクウン、と鳴いて一緒に歌っているところ。
 それらの写真の全てが、トド松の希望を粉々に打ち砕いていく。

 ———十四松は、犬だった。

 松野家で飼われている、ペットの、犬。

 それが正しい認識なのだと、トド松はスマホを握り締め、画面に釘付けになっていると、唐突に世界から一瞬にして光と音が無くなった。

2.

 次に目が覚めたとき、トド松は二階で寝かされていた。
 傍らにはソファに座り、心配そうに覗き込んでいるカラ松の姿と、水差しを持ってきてくれたチョロ松の姿も見えた。

「ごめんなさい……ボク、もしかして倒れちゃってた……?」

 トド松の声に、はあ、とため息が返ってくる。

「びっくりしたよ、ハローワークから帰ってきたら、玄関でお前がひっくり返って気絶してるんだもん。おそ松兄さんは人に押し付けてパチンコに行っちゃうし、カラ松も丁度一緒に帰ってきたから二階に運ぶの手伝ってもらったけど……ほんと、どうしたの? 喧嘩って雰囲気でもなさそうだったけど」

「ぁ……うん、何か、混乱しちゃって……」

 チョロ松から一口分の水をもらい、飲めば少し落ち着いた。

「トッティ、お前の大事なスマートフォンは、そこに置いたからな」

「あ……ありがとう、カラ松兄さん」

 いつもならば、手にしていないと落ち着かない、トド松にとって何よりも大切な、スマホ。
 それを手にすることが、今は怖かった。
 また中の写真を見て、真実に打ちのめされることが恐ろしかった。

「まあ、疲れたなら寝ちゃえばいいよ。この暑さで、夏バテかもしれないし」

 そっと、チョロ松がトド松の頭を撫でる。スキンシップ、などというものと縁が遠そうな三男からの仕草に、トド松は驚くも、撫でられるのは気持ちよかった。

「そうだぞトッティ、お前にとっては*回目の夏だからな。脱水症状でも起こしたら大変だ。後で栄養のつくおやつやドリンクを持ってこよう」

「おいカラ松、あんまり変なものを食べさせるなよ。消化できなかったり、戻したりしたらトッティがかわいそうだろ?」

「に、兄さんたち……?」

 トド松は違和感を感じていた。
 カラ松とチョロ松の会話に、何か、おかしなものが混ざっているかのようで。
 そうして、トド松は気づく。自分が寝かされている場所が、乾いた藁の敷き詰められた、ゲージの中ということに。
 さきほど撫でてもらったチョロ松の手が、いやに大きく感じたのはどうしてか。
 また、カラ松が心配げに自分を何度も覗き込んでくるのは、どうしてか。

「十四松は、また一松と散歩か。あいつは夏バテなんて関係ないんだろうなあ」

「元気が取り柄だからねぇ」

 かさ、と手を付いたとき、トド松は気づいてしまう。

 自分の手が、人間のものではなく、ウサギの手になっていることに。

 いつから、だったんだろうか。
 十四松を犬だと気づいてしまったときからだったのか、それよりももっと、前からだったのか。
 ウサギとなってしまったトド松には、もう何も分からなかった。

 ウサギのトド松のゲージには、四角いプラスチックでできたオモチャの電話が転がっている。

「まったく、トッティはスマホが大好きだなぁ」

 兄弟の誰かが、微笑ましくゲージを見つめて言っていた。

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