足りないもの

お題:番町皿屋敷/平成。カラ松十四松小説

とある屋敷の庭の井戸で、当主たる男がその顔に笑みを浮かべて死んでいた。

 

「ご遺体は?」
 臨場するや否や、開口一番に尋ねてきたのはトド松警部補だった。現場検証を一通り終わらせていた鑑識班は、既に撤収作業を始めている。
「詳しいことは解剖しないとでしょうが、死後数時間、死亡推定時刻はだいたい午前二時頃といったところですかね。ご遺体は屋敷の現当主、カラ松氏で間違いないようです。確認も取れました。特に変わった外傷もなく、持病も持ち合わせてはいないようです。」
「八年前と同じだな。」
 道具を片付け終えた松野鑑識官が、シートを被せられ運ばれていくカラ松を見送りながら簡単に答えると、近くにいたケンさんの愛称で慕われる壮年の鑑識官が溜め息交じりに呟いた。
「以前も同じようなことが?」
「うぅん…まぁ、以前というか…この屋敷は代々当主が同じような死に方をしていてなぁ。これが初めてというわけじゃないんだ。」
「え、なんか怖いんですけど…」
 ケンさんの話にトド松警部補は顔をしかめると、大袈裟に震えて見せる。
「そういえば、トド松警部補はこの屋敷は初めてでしたね。」
「そういう十四松さんは来たことあるんですか?」
「僕は鑑識課に入って初めて臨場したのが、その八年前の時でしたから。前の方も確か、同じように井戸の近くで亡くなっていましたね。最も、その時のご遺体はあんな風に笑ってはいませんでしたけど…。」
「え、ご遺体…、笑ってたんですか?」
トド松警部は思わず顔を引きつらせた。看取られての大往生でもあるまいに、いくら自分の庭とはいえ、夜中に、しかもこんな井戸のところで笑ったまま死んでいたなんて、どこぞのホラーサスペンスだよ…!もしかしてこれ検死解剖ボクも立ち会うのかな?真面目に嫌なんですけど!!?だって怖すぎでしょ!!笑ってるご遺体なんて!!と、声には出さずに必死で鳥肌をなだめている。
「死後、表情筋てのは緩むもんだからなぁ。大抵の仏さんは割と穏やかな顔してるもんだぞ。」
 そんなトド松警部補の様子を知ってか知らずか、ケンさんは穏やかに話をする。
「とはいえ、昔っから妙な噂はあったからなぁ…」
「ちょっとケンさん」
「え、なになに?なんか面白そうな話してんね?」
 ふと思い出したように呟くケンさんを松野鑑識官が軽く小突いたものの、目ざとく、もとい、耳ざとくも近くで聞いていた、自称・なごみ探偵のおそ松がスキップをしながら楽しそうに近づいてきた。出たななごみクズ探偵野郎。この人になごまされたらまた仕事にならなくなってしまう。早々に切り上げたい。
「でるらしいですよ。」
「え?」
「幽霊。」
 松野鑑識官は一つ溜め息をつくと、実に警官らしからぬ話を始めるのだった。
「番町皿屋敷って、知ってますか?」

 

とある屋敷に、奉公している下女がいた。ある日女は、屋敷の主人が大事にしていた皿十枚のうち、一枚を割ってしまう。それに怒り狂った主人は女を井戸に吊るして折檻し、後に斬り殺してその死体を井戸に捨ててしまった。それから間もなく、夜ごとに井戸の底から「一つ…二つ…」と、皿を数える女のすすり泣く声が屋敷中に響き渡るようになる。

 

「一つ、二つ、三つ四つ…。そうして九つまで数えてこう言うんです…」

『い゛ち゛ま゛い゛、た゛り゛な゛ぁ゛~~~~い゛!!』

「ぎゃぁぁあああああああああああああ!!!!!!」
割り込んできたおそ松が渾身の変顔でトド松警部補の前に現れた。声にならない悲鳴を上げてトド松警部補はおそ松の首をしっかりホールドし、落としにかかっている。このままではうっかり殺人事件に発展しそうだが、取り立てて助ける理由もない松野鑑識官はそれをただ眺めるばかりだ。
「やめて!そんな話聞きたくなかった!トイレ行けなくなるじゃないですかっ!!てゆうか、鑑識なんて仕事してる割りにそういうの信じてんの?!」
「鑑識と怪談は別物でしょう。知識として知っている程度ですよ。」
「うぐゲホ、オェっ、うへっ、ゴホゴホ、…か、鑑識ってなんでも調べるんだなぁ~。ゲホゲホ、ゴホン、でもそれって、一般的な皿屋敷の話だよね?」
 必死で息を整えながらおそ松が涙目で問いかけた。なかなかしぶとい男である。
「ええ、まぁ…全国各地にあるものですね…。」
「んじゃさぁ、この屋敷ならではの続きがあるって、知ってた?」
 おそ松は愛用のパイプ、といってもただのシャボン玉用のレプリカに過ぎないのだが、を懐から取り出すと得意げに咥え、意地の悪い笑みを浮かべてみせた。
「つ、続きって…?」
 怖い怖いと豪語しながらも、トド松警部補は人一倍興味津々のようだ。
「屋敷の女中は皿を割っていなかったんだ。そもそもが、そんなに大事な皿ならば例え女中であっても管理を任されるはずがないだよね~。当時のここの当主ってのは、自分の奥さん差し置いてその女中と毎晩いちゃついてたんだよ。で、それを妬んだ奥さんが皿を割って、女中にその罪を擦り付けた。挙句の果てには旦那にその不倫相手を折檻させるんだから、女ってのは怖いよね~。」
 ぷかぷかとパイプから放たれたシャボン玉が舞い上がり、パチンパチンとはじけて消える。
「だからさぁ、笑って死んでた、なんていうけど…もしかしたら、あの映画みたいに井戸から何かが這い出てきて…とか、あるいは、よっぽど怖い目に遭ったのかもよ?人間、怖い時ほど笑っちゃうもんでしょ?」
「幽霊に遭って心臓麻痺?やだやだ、絶対あり得ないでしょ。」
「そっかなぁ~?だって人間てのは、思い込みで病気にもなる生き物だよ?幽霊みてうっかり死んじゃうことだってあるんじゃないの?」
「何それどんなうっかり!??」
 どこで仕入れてきたのかは知らないが、そんな続きがあったとは…。この屋敷の幽霊話は今に始まったことでもなかったし、夏になれば私有地にも拘らず、心霊スポット巡りなどと称して訪れる若者もそう少なくはなかった。そんな事情が本当にあったのなら、それは恨みも深いだろう。怪談にありがちな、まさに末代まで祟ってやるといったそれだ。が、それにしても…、だ。
 松野鑑識官は井戸を見据え、先ほどまでそこにあったカラ松氏の遺体の状況を思い浮かべる。臨場したときにはすでに死後硬直が始まっていた。その身体はまるで誰かを抱くようにして井戸に凭れ掛かっており、そして似つかわしくない死に顔。恐怖にゆがんだ笑顔というよりも、もっと違う、歪なもののように思えたのだ。
確かにあの自称探偵の言う事も一理ある。人は恐怖と対面したときほど笑ってしまう生き物だ。だがそれでも、よほど恐ろしい目に遭ったのなら、人はそれから逃げようと必死でもがく。そう、それこそ八年前のご遺体のように、対象からは少しでも遠ざかろうとするものだ。
だが、今回のご遺体はどうだっただろうか…。逃げるどころか、むしろ…。
「十四松さん、そろそろ撤収だそうですよ。」
「…わかりました、今行きます。」
屋敷の当主が井戸のそばで笑いながら死んでいた。特に変わった外傷はなく、持病もない。恐らくは突然の心臓発作だろう。まだ若いのに不幸なことだ…。それがこの事件の真実。他に何も物証は上がることもない。屋敷に代々伝わる井戸の薄暗い話も、このカラ松の死により、幕は下りるのだろう。
 シャボン玉がはじけて、また消えた。

 
 
 

やぁブラザー、ここで会ったのも何かの縁。どうだい?ひとつ、オレの話を聞いていかないか?なに、時間はいくらでもある。気にせずとも今オレたちを阻むものなど、ここには何一つないさ。…ん?なんだって?兄弟ではないのだからブラザーという呼び方はおかしい、だって?フ…、人類みな兄弟という素晴らしい言葉があるじゃないか、ブラザー。
おっと、話が逸れてしまったな。話というのは、代々オレの屋敷に伝わる、古の闇に包まれし乙女の住まう暗き泉…。何を言っているかわからない?…オーケイ、井戸の事だ、ブラザー。
皿屋敷の怪談は聞いたことがあるだろうか?うら若き乙女ならば、熱に抱かれるこのサマー、丑スリータイムのお供におしゃべりすることもあるだろう?
…え?…ない、だって…?乙女というのはホラーが大好きではなかったのか…?
説明するならば、そう、マスターの大事なディッシュを割ってしまったお屋敷のメイドが、その仕置きとして井戸に吊るされ命を落としてしまう可哀想なストーリー。毎ナイト、井戸に現れてはディッシュを数え、9枚目を手にしながら、一枚足りない、とかすれた声で嘆き悲しむのさ…。おぉ、ジーザス!
その恨みはたいそう深く、この屋敷のマスターたちはみな井戸に現れるメイドに恐怖し、そのソウルを捧げ続けてきたのさ。それはまさに何百年というデステニ―の歯車の中…いや、違うな。これは運命などとは違い、自らの手で運ぶことは出来ない、最早これはソウルに宿りしもの、いうなれば…宿命。そう、宿命はこのオレ、カラ松の代に至るまで続いてきた。
だが、オレは見てしまったのだ。皿を数え終えた女が、かすれた声で足りないと呟きながらも、確かにうっすらと、愛おしそうに、笑みを浮かべているのを…。そもそもが、奥方にジェラシーまで抱かせるほどの恋仲であったのなら、例え家宝であろうとたかが皿一枚壊したところで、井戸に愛しい者の身体を吊るし、その命すらも奪うような残酷な仕打ちが出来たのだろうか…。
オレならば、しない。むしろ女のその罪すらも受け止めてやれるだろう。ならばその先はどうだ…?妬みも、憎悪も、死してなお向けられる怨念ですら受け取ることが出来たなら、と…。
あぁ、そうか、そうだったのか!すべては愛ゆえ!!愛ゆえに妬み、愛ゆえに束縛し、愛ゆえに歪み、愛ゆえに殺し、そう、そしてこの女は、すべてを承知の上で、殺されてやったのだ…!

 
まさに、セ・ラ・ヴィ!

 
この屋敷の当主はオレが末代、呪いの連鎖もこのカラ松をもってしてお仕舞いというわけだ。
かくしてオレは、名も知らぬ一途な女の、数百年分の愛の真実を手に入れたのさ。

 
 
 

なあブラザー、死の間際において、こんな素晴らしきことは、ないだろう?

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