憑き纏う空虚の三点

お題:アパート/くけ番長トド松その他小説

「よくあんな無茶して飲んだよね、お前……」
「うるっさいなぁ! 飲みたい気分だったし、飲まなきゃやってられなかったの! ねえ、そこの桃チューハイ取って!」
「でも、飲むものは相変わらず可愛いものばかり……はいどうぞ」
今夜、あつし君の家にて二次会という名のお世話になる羽目になったのは今から数時間前。
謂わば事の発端という話。
 

今夜は居酒屋でいつもの男メンバーと飲み会だった。
通常通りの「あの時の合コンは〜」「前の合コンの時に可愛かった女子が〜」等々。
男性同士の飲み会なら必ずあるであろう下世話で且つ下衆な会話。酒の肴には少しばかり腹に当たる感じではあるが、僕も通常通りに薄いマスクを顔面に貼り付けて笑顔で対応していた。
だが、今日はその雰囲気が微妙ながらに違った。席の隅で生気を薄くしながらビールを飲む友人がポソポソと話し始めた奇妙な話を持ち出してきたからである。
「なあお前ら、心霊現象とかって信じる? ちょっと最近嫌な体験してさ……」
「は? 心霊写真とか幽霊とか? んーー、俺は信じないなぁ……松野は?」
「ん?! 僕に話を振る?! 僕、その類の話大嫌いだから!?! 信じるも何も無いよ!!」
「へぇ、松野、こういうの駄目なんだ。よし、話続けてよ。面白そうだし」
「ちょっ、オイ聞けよ!! エリート様ちょっと聞いて?!! 嫌って言ってんじゃん!! 最悪、今夜はあつし君にトイレについてきてもらうことになるよ?! いいの?!」
「俺は構わないよ。さっ、続けて」
嘘でしょ、しんっじられない! と言う僕のヒステリック気味な声なんて物ともせずに、あつし君は話をしたそうな男友達へビールを注いでやっていた。
僕は僕とて、そんな話に耳は傾けずに他のメンバーと談笑しようと思ったのに、皆そちらの話に興味津々の様子である。もう呆れざるを得ない。
そっと酔ったふりをしてあつし君の影に隠れながら、普段なら飲まないビールを一気に呷った。
早く酔い潰れて、何も聞かなかったことにしたい。
「ーーーーの体験で……ーーーーーーーーがあって、ーーーーってやつが来ーーーーーーーー」
「えー?! 嘘だろそんなーーーー」
耳を塞ぎつつも、ちらちらと話の端は何となく聞こえてしまう。
嗚呼、もう嫌だ。夏なんて大嫌いだ。
肌も焼けるし、虫も多いし、お化けなんて知るかってんだ。
ほぼ自棄気味に目の前にあった何が注いであるかもわからない液体を喉へと流し込んでしまったが故に、意識の舵を手放してしまっていた。
あつし君の「あらら」という声が途切れる意識の中で聞いた最後の言葉だったと思う。

「……野、…… ね、松野。起きろー」
「ん…… んーーっ…… はぇ。みんなは?」
「粗方帰ったよ。つか、なんで俺の飲んでた日本酒なんて一気飲みしたの…… 松野、日本酒飲めないって聞いたからグラス遠ざけてたのに」
「へえ……帰ったの…… ぁーー、そっか帰ったのかぁ…… あっ。話は終わった?」
あつし君の背中を借りてうたた寝をしていた僕は、限りなく優しく彼に揺り起こされた。
「そんなの、もうとっくに終わってる」と耳に入っただけなのに気が大きくなると同時。ゆるゆると安堵で口角が緩んでいき仕方がない。
「そっかぁ。終わったんだぁー! あーあ、寝ちゃったのもあってお酒ちょっと抜けちゃった…… うん。あつし君の家で二次会ね! 勿論お酒はあつし君の奢り!! よっし! 行く!!」
「今夜は松野のトイレの面倒もみないとな」
「おおおお覚えてたの?! もういいよそんなの! ほら、もー行こ!」
「はいはい。じゃあ皆、またなー」
話半分で流しつつ、あつし君の肩に手をかけながら居酒屋を後にすると、残りのメンバーの声が後方から聞こえてくる。
でも、気分も大分と良いので見送ってくれるメンバーが何を言っていたかは、ほとんど自分の歌う鼻歌のせいで聞こえてこなかった。

「おっ。あつしが松野をお持ち帰りしていったぞー。ご苦労さんー」
「トド松、痛い目みないといいが……」
「松野は話聞いてないのになー。ひょっとすると巻き込まれるかもしれないぞ? 怖い話嫌だーって言ってたのに」
「あーあ。俺知ーらね」
「話し始めたの、お前だろ」

あつし君の部屋は、1DKにロフトがあるアパートの二階。最近リフォームが入ったとのことで内装はとても綺麗で小洒落ている。
屋根についている小窓からも陽が差し込んでくるとの事。南向きの角部屋。春や冬は日光さえ入れば暖かいと聞いた事がある。
そんな部屋で男二人でのサシ飲みは過去に何回かあった。なので、こちらも少しばかり油断をしていたのだと思う。
部屋に来てからぐだぐだと酒やつまみを齧っていると時計の針は早くも深夜の2時を回っていた。いつもならとっくに兄弟達と布団に入っている時間。翌日は2人とも予定はない。気兼ねなく酔い潰れることが出来る宅飲みは最高である。
「ふぁあ……さって、ぼちぼち寝ようかな…… あつ
しくーん、僕の寝間着出してー」
「勝手にどうぞ、そこの引き出しだから」
「えーー、取ってよーーもーー」
缶チューハイを片手によろけながら勝手知ったる他人の家とばかりにクローゼットを開いて衣装ケースを引っ張り出し、前に置いていった寝間着のTシャツを取り出した。下は……まあいいか。どうせ雑魚寝だし。
お酒が入ると、どうしてこんなにも上機嫌で気持ち良いんだろうなぁ……
口角を上げながら両手を広げてくるりと振り返ると、あつし君が徐ろに先程コンビニで酒のつまみと共に買い足していた8枚切りの食パンをコンビニ袋から取り出し、キッチンと部屋を隔てるドアの前へと設置し始めていた。
……何をしているのかまったく反応できず、その反面に僕の酒の酔いは急速に冷えていったのが体温から察することが出来る。
「あっあの、あちゅしくん……? なにしてんの?」
「ん? あ、ああこれ? 気になる?」
「えっと、そうだね。なんの儀式なのかな? 今までに何回か泊まりに来てたけど、そんな珍妙なことしてなかったよね?」
んーーー、と顎に手を当てながら唸るあつし君に詰め寄ると「いや、松野は知らなくていいよ」としか言わない。
更には「いつもはロフトと下とで別々に寝てたけど、今夜は上で寝ようか」と謎の展開にまで発展していく。明らかに様子がおかしい。
若干視線の泳ぐあつし君を上目遣いで見上げてやった。
「……なに企んでるの。言って」
「んーー、何も。でも本当に松野は知らなくて良いし、知りたいなら明日の朝にちゃんと教えるよ。ハイハイハイ、さっさとトイレ行ったら上に来てな。
ロフトとはいえちゃんと冷暖房完備してるから暑くないはずだから」
「違う、そうじゃない。そうじゃないよね!?」
あつし君がパンを避けながらドアを開けると、そのまま湿度と気温の高いキッチン側へと押しやられた。
寝る前にトイレ……あれ。確か飲み会での話……少しだけ会話が聞こえたんだよな……あれはなんだったか……
「確か、体験……とか、来る……とか聞こえたような………… ま、いいか。トイレ行って寝よう」

 

蒸し暑い。
ロフトから入り込む月光をぼんやりと見ていると、額から汗が滑り落ちていく。
空調が効いていると聞いたが何故か寝落ちる寸前で止まってしまい、じんわりと額に汗をかきながら家主の背中を穴が開くほどに見つめる。
ロフトは普通のものよりやや広く、6畳ほどあるだろうか。泊まりに来るときは、ロフトに上げたダブルベッドでいつも彼1人が寝ているのだが、今夜に限って何故だか寝床に誘われた。
別段あつし君が嫌いとかではないし、隣に誰か寝ているのはいつもの事。飲酒で気分も大きくなっていたのもあり、まあいいかと足取り軽く寝床に来たは良いが……
「それにしても、あっつい……」
ベッドサイドに置いていたスマホに目をやると、深夜三時半頃。いつもならとっくに船を漕いで夢の中というのに、寝苦しさと視界に映る景色の違いに、寝付きが一層に良くない。喉も乾燥したのかカラカラである。
諸々観念して起き上がるとベッドサイドに置いてあったペットボトルの水を取ろうしたその時。ふと下で物音がした。
はて、下には風を回していないはずだ。地震でもないし、でも確かに物音がする。と言うより何か袋を触るような物音だ。
カサカサ、カサカサと乾いた袋を撫でるような。
突如、心臓を掴まれたかのように身動きが取れなくなると、そっとペットボトルを音を立てないように置き場へと戻した。
う、うそでしょ……いやだ、虫とかが何か漁ってたりするの……? いやいや、あつし君のこんな綺麗な部屋に虫なんか出るの?? ロフトから下を覗いたとしても、虫なら小さいし暗くて見えないよなぁ……

嗚呼、やめておけば良かった。
下を覗くなんてしなければ良かったのに。

ロフトの縁から少しだけ顔を出して暗闇を見つめると、僕の視線の真下。暗闇の中で更に黒い何かが見えた。
虫では絶対にない。
それは、人がうずくまっている背中のようにも見えた。
カサ カサカサ。 カサカサ。カサ。
真っ黒い何かが袋を弄っているらしい。あそこには何があった……?
……食パンだ。 あつし君が置いていた食パンがそこにあったはずである。
恐怖ゆえに視線を外せずに真下にある闇を見つめていると、突如ソレは動くのをやめた。
えっ…… と思うと同時。それの頭らしきものが此方へと向き直る。
首らしきものがぼきりと上を向き、それが人的な何かであるならばその首はあり得ない方向へと曲がっていた。その目と口は空虚。真っ白な穴が三箇所空いているだけである。
動物的反射神経で首を引っ込めるとタオルケットを頭から被る。この時のスピードはとても速かったと全世界の人に自慢したいくらいだ。
(えっ、まってまって。無理無理無理無理。何あれ何あれ。まってまってよ、いやいやいや、僕はあれだ。酔っ払ってるんだ!! それか怖い夢を見てるんだ!!)
身体の震えを両手で抱きしめながら現状把握をしようとするが、やはりロフトの下からは変わらず食パンの袋を触る音が止まらない。
隣に人が居るのがせめてもの救いなのに、さっきから一向に起きようともしない。滅茶苦茶に足で背中を蹴り起こしているというのに、うんともすんとも言わない家主に怒りさえ覚えてくる。
(まてまてまて慌てるなトド松、冷静になるんだ。いや、うん、僕もお酒だいぶ飲んでたし、これは、アレだ。幻聴だ。幻覚だ。寝よう。寝るに限る。寝るんだトド松。)
真顔になりつつ、嗚呼もう馬鹿らしいし阿呆らしい! とタオルケットを身体へ掛け直すと、今度はギッギシッという音が鼓膜に響く。
あーあーもうもう、幻聴なんて散々だし懲り懲りだ……と天井へ視線を移すと、ロフト天井から漏れる月光の光が何かを照らしていることに気づいてしまった。
(あっ。アレが黒い理由がわかった)
それは唐突に理解してしまう。
それは決して影で黒いわけではない。
炭だ。焼けている。言わばぼろぼろの焼死体と言えようか。
更に言えば、腹が膨れているような餓鬼みたいな体型である。
皮一枚で首が繋がっている焼死体がロフトまで上がり、天井に背中をぺたりと張り付け、僕たちの寝床を眺めていた。
ここまで把握して僕は本日二回目の意識を手放した。いっそ気を失ったと言ってよい。だって見てしまったんだから。
それとしっかり目が合ってしまって、正気でいろという方が無茶な話と言えよう。

 
 

「松野ー、おはようー。起きろー」
「んぇ……」
涼やかな風とあつし君の声で、強制的に睡魔と引き剥がされる。
「あれ、涼しい……」
「ん? どうしたの?」
「い、いや、昨日は蒸し暑く……って、あつし君??! ちょ、あの、あのさぁ!?! 」
「?! うん、な、なにどうしたの? つか、腰が痛い…… 何だろ、これ……松野、お前もしかして寝相で蹴ったか?
あと、空調が夜から調子悪かったみたい。悪かったなー、俺も気づかないで寝てたよ……」
朝から寝ぼけながらも昨夜の話をしようとしたが、一切要領を得ていない会話にもならない言葉がロフトの空を飛ぶ。
いやいやまてまて落ち着けトド松。
アレが夢ならただの怖い夢話という事で終わるのだ。
終わるはずだ。
「んーーーー…… いや、何でもない……いいや。朝ごはん食べよ……」
「そうだなー、ん……あ、あれ。松野。お前、食パン触った?」
階段を降りようとしたあつし君が、ふと何気無い感じに食パンの所在を訪ねてくる。
食パン。
夢の中では真っ黒い奴が弄っていた気がしたが、今はまごう事ない現実。夢ではない。
なぜ夢の話が現実とリンクするのだろうか。
ベッドの上でゆっくり横向きになると心臓が破裂しそうな程に跳ねて仕方がなかった。呼吸を一度落ち着けたくて長めの深呼吸をすると、やっと彼への反応ができた。
「は、し、しょっしょくぱん?! 何かあったの?!」
「えっ、いや……ちょっと待って…… ん……んん? 松野、本当に触ってない?」
「深夜に食パンなんか触るわけないでしょ?! なんなの?!」
「いや、食パン全部、水気がなくなってる」
「は、はぁ?! 今降りる!」
声が裏返った。
勢いをつけてベッドから飛び降りると、軽快に梯子を降りてあつし君の背中越しにパンの袋を見やる。
ほらみて、パン粉みたい。とあつし君が言いながら見せてくれたのは、封の切られていない8枚切りの食パンが水分だけ抜かれてカサカサになったモノ。
なにを理由にしても、一晩でこのような事態にはならない筈である。
「な、なにこれ……?」
「知らないよ。見たらこんな事に」
「んんんーーー……あ、あのさ。昨日……ほんっとうに聞きたくないんだけど…… 昨日の話ってどんな感じの話だったの……?」
冷蔵庫の中にあった水のペットボトルの封を切りたいのに、手が震えて開けられない。さらりとそれを取ってキャップを開けてくれたあつし君が驚愕の眼差しでこちらを見てきた。
当たり前だ、根っから怖がりの僕が怪談を聞きたいなんていうと思わなかったのだろう。
「うーん、いいのか? 本当に聞く?」
「……うん……」
「…………、えーっと。餓鬼……の、話だった。確か。
話してた奴の知り合いがいわゆる【曰く付き】っていう絵を何処からか見つけてきたらしい。
あばらが浮くくらいに痩せているのに腹だけがぼってりしていて、目玉がギラギラしていた男の餓鬼が描かれた絵。
んで、一目見ただけで「あっ、これヤバイ。やっぱり手に余るものだ」って家に持ってきた初日にその絵を何を思ったか焼いたんだと。
そしたら、その日の夜に現れたんだって。餓鬼が。寝床に。
しかも絵を焼いたからか、姿が真っ黒な墨みたいになってて、ウロウロと布団の外周を回りながら「腹が減った」ってずっと言ってたらしい。
なんだかんだで朝が明けてまた次の日も、その次の日も懲りずに餓鬼は現れ続けた。
そんなんで4日目。完全に寝不足で両目にクマを作りながらも眠りにつこうとしたけど、やっぱり現れる墨色の餓鬼。でも、ここまで付きまとわれていたのに不眠症以外の実害はほぼなかったらしい。
毎晩現れてるだけで害はあるって突っ込んだけど。
そんで、ふと【腹が減ったと言うなら何か食べ物をやれば良い……?】と鞄からコンビニのおにぎりを枕元に置いて、その日は何とか無理やり就寝。
すると、翌朝には封の開いていない水分のなくなったおにぎりが枕元にあったんだってさ。
以降、その知り合いの所に餓鬼は現れなくなったんだけど、この話は続きがあって。
この話を聞いた人間の元に現れるんだと。
話してた奴も話半分で聞いてたみたいだけど、話を聞いた夜に餓鬼が出たらしい。
たまたま扉近くのテーブルに夕飯の食べ残しがあったから、それをそのまま置いて寝床の外周をうろつく幽霊ガン無視決め込んで寝てたら……なんつーか、水分の飛んだ食べ残しが朝にあったって。
んで、まあ怪談時期の夏だし冗談かもしれないけど、なんかあった時に困るし、ロフト下で寝てたら一番に遭遇するの松野じゃん?
でも理由いうのもアレだったから、まあとりあえず十中八九信じてはなかったけど、朝飯用のパンだけ設置した……んだけど……
んと……確認するけど、俺は寝てて見てない。
松野は見たか?」
話の結びを聞いたか否か辺り。僕はこの2日で何回目かの卒倒をした。
後頭部に鈍い痛みを感じなかったのは、多分あつし君が支えてくれたものかと思う。

 
 

「……ん、……ん?」
寝ぼけ眼を擦って身じろぐと、見知った天井が暗い中に現れる。
「あ。帰ってきた……のかな……?」
朝、あつし君の家にいた所から記憶がなく、現在は景色が黒い闇に落ちている。
同じ布団で寝る兄弟達の高いびきに混ざり、家の庭から起きる時間を間違えたのであろう蝉の声が聞こえた。
就寝時には必ず枕元に置いてある携帯に手を伸ばして液晶に触れると、現在深夜3時半の少し前。
「あっ……やばい。き、気付いてしまった……僕、朝起きてから今まで何も食べてない…… お腹すいたあ……」
胃が空故に子犬のような声を出して訴えているのをそっと撫でて宥めるが、今下に行って食事を摂る等考えられない。
「それにしても、昨日は散々だったなぁ…… 何で僕が」
キシキシ、キシ。
言い知れぬ悪寒で鳥肌が全身に立ち上がった。
そして独り言を言う口を慌てて手で抑える。
今は深夜。家族は全員寝ているだろうし、兄弟は皆ここで寝ている。
両親は? いやきっと寝ているだろう。緊急事態とばかりに隣で寝ているおそ松兄さんを揺さぶり起こすが、寝言を宣うだけで到底起きる気配がない。
この階段の床板を踏む音は何だというのか。
兄弟達のいびきに蝉の鳴き声。
その奥で何かが階段をゆっくりと床板を軋ませて上がる音が鳴り止まないでいる。
タオルケットを被り、震えながら長男に縋りつくと涙が溢れた。
うそだうそだ。なんで僕が。なんで。

【そしたら、その日の夜に現れたんだって。餓鬼が。寝床に。】
【ウロウロと布団の外周を回りながら「腹が減った」ってずっと言ってたらしい。】
【話を聞いた夜に餓鬼が出たって。】

(あっ、まって、そうだよ食べ物! 確か一松兄さんの煮干しが棚にあったはず!)
床の軋む音はここから遠い気がする。もしかしたら今からでも間に合うかもしれない。
恐怖との葛藤を振り払うように涙を乱暴にぬぐい、タオルケットから恐る恐る頭を出すと
僕の眼前に白い空虚の三点が見えた。
再度、唐突に理解する。
ソレと目が合ったのだと。
こちらを覗き込むように見て、確かにソレはさも愉快といわんばかりに真白な目と口を歪め、細かくカタカタと震えだした。
 

『嗚、呼…… 腹、ガ減……ッタ……ナァ……』

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