二十年間の感謝と待望

お題:踏み切り/ふきノとうチョロ松小説

「ねえチョロ松ー。金貸して」
「誰が貸すかケツ毛燃えろクソ長男」
「朝から辛辣ねえ」

いつも通りの朝。相変わらず騒がしい兄弟を叱咤しながら、チョロ松はリュックに荷物を詰め込んでいた。今日は橋本にゃーのサマーライブが開催される日だ。どんなに兄弟が煩かろうと、金を貸せとしつこくせがんでこようと、今日は構ってやる暇などない。ほぼ毎日の恒例行事となっている構ってちゃんの長男の言動を慣れた手付で無視し、着々と荷物を詰めていく。

「ねえ十四松、酷くない?シコ松が俺の事構ってくれないんだけ「トッティこれ見て見て~」」
「なあに十四松兄さん?」
「十四松……お前までお兄ちゃん無視しないで……」

十四松はちゃぶ台の上に、抱えていたものをそっと置いた。黄色の袖に包まれていたのは、一冊の本だった。本というには少し大きすぎる、分厚くて重そうな本だ。埃が所々に積もっているのを見ると、割と一昔前の物のようだ。

「何それ?図鑑か何かか?」
「違うよ!!アルバムだよ!」

表紙には『小学校 アルバム』と手書きで書かれていた。張ってある写真にも至る所に日付が書き込まれている。

「えーー懐かしい!」
「これって入学したばっかの写真じゃん。あーあ、この頃のチョロ松は素直に俺の後チョロチョロ付いてきてて可愛かったのに……」
「黙れ。あの頃は僕もガキだったんだよ」

駄目だ、これ以上此処にいても余計な苛立ちを募らせるだけだ。さっさと出かけるのが得策だと考え、残りの荷物をバックに押し込む。

「わ、見ておそ松兄さん、この人美人じゃない?」
「ん?どれどれ……おお確かに!後は胸がもーちっとばかしあれば「名前は……えーっと、何て読むんだろう?」
「ハンバーグじゃない!?」
「十四松、その苗字は日本のどこにもいないと思うぞー」
「ねえチョロ松兄さーん」

正に部屋から出ようとした瞬間、トド松に呼び止められてしまった。本当は今すぐにライブに行きたい衝動に駆られつつ、チョロ松は振り向いた。

「何?早くしてよ、僕もう出かけるんだけど」
「はいはい、すぐ終わるから。それにチェリー松兄さんが分かるとは思えないし」
「もう行くからな」
「分かった、待って!言うから!この先生の名前の読み方って分かる?」

そう行ってトド松が指差したのは、チョロ松達が小学一年生の頃の、クラス担任の名簿と写真の欄だ。白っぽい清楚な服に、セミロングの黒髪が掛かった、優し気な女性だ。その下にはその女性の名前が書いてあった。
かと言って、小学一年生の頃の教師の名前など、余程のことがない限り覚えていない筈、なのだが。その顔と名前を見た瞬間、気が付けば口から零れ落ちていた。

「……人具(めぐ)、先生だろ?」
「へえ、『めぐ』って読むのか」
「チョロ松兄さんすげーっす!!」
「よく分かったね!童貞の癖に」
「いや童貞関係ないだろ!てかそれブーメランだぞ」

それじゃ行ってきます、とまだ家でゴロゴロしている兄弟に声を掛け、チョロ松は家を出る。道を歩きながら、誰にも聞こえないように、否、誰にも聞こえぬ声でぽつりとつぶやいた。

「皆は、やっぱり覚えてないんだ」

先程述べた通り、二十年前の小学一年生の当時の教師の名前など、余程世話になっていない限り、覚えていないのが普通だろう。しかし、チョロ松の脳裏にはしっかりと刻み込まれている。恐らく向こうも自分の顔を覚えていないだろう、それどころか同じ境遇だった兄弟さえ覚えていない、チョロ松の、彼だけが忘れられない、ある夏の出来事だ。

******

「初めまして!前の先生の代理でやって来た、人具と言います!」

松野家の六つ子達が小学校に入ってしばらくしてから、担任が急に代わった。理由はよく覚えていない。多分病気で入院したのか、妊娠でもしたのか、はたまた何かしらの問題があって退職させられたのか、そんなありきたりの理由だったように思う。兎に角、担任が代わった。そのことが特に印象的だった。
そして、その時代わりにやって来た教師が、

「これからよろしくね」

写真に写っていた若い女性……人具先生だったのだ。

「すげえ美人だったな!あの先生」
「うん!優しそうな先生で良かった」

新任の先生の初めての授業を受け、チョロ松はいつも通り、兄弟と一緒に帰っていた。新任の人具先生についてや、次の悪戯の計画等、本当に他愛のないことを話していたように思う。
やがて歩いているうちに、見慣れない踏切が見えてきた。通学路にこんな踏み切り何てあっただろうか。疑問に思いつつも、チョロ松は踏み切りの前で止まった。矢印が規則正しく点滅している。カンカンという踏み切り独特の音が、やけに大きく聞こえた。隣にいたトド松が不満そうな顔をしていた。

「あーあ、早く電車行ってくれないかなー。早く帰ってお菓子食べたい。チョロ松は帰ったら何食べたい?」
「そうだなあ、僕は……」

ふと、本当に何気なく、チョロ松は踏み切りの方を見た。今でも何故このタイミングで踏み切りを見てしまったのか、分からない。けれど、見てしまったのだ。
線路の上にいる、少女の姿を。

「―――――え?」

少女は遠すぎて顔はよく見えない。動く様子もなく、ただ立っていた。何故、どうしてあんなところに。あの少女は誰だ。小学一年生の頭では、それを理解することもできなかった。

「危ないよっ!!!」

必死に叫ぶ。それしか方法がなかった。踏み切りの棒を引っ掴み、身を乗り出して叫んだ。

「そこから離れて!!」
「ち、チョロ松!?何してるの!?」

いくら叫んでも少女は此方に気づかなかった。他の兄弟は慌ててチョロ松を踏切の棒から引き剥がした。何やってんだバカ、とか、死ぬ気かとか、そんな言葉を掛けられていたような気がする。チョロ松はそんなことお構いなしに、少女に向かって叫び続けた。

「早く逃げて!!そうじゃないとっ、轢かれちゃう!!」
「チョロ松、おいチョロ松っ!!」
「なんだよ、それどころじゃ――――」

「お前、誰に向かって叫んでるんだよ……」

「……何、言って……?」

チョロ松の身体が固まったのと、少女の黒髪が風に煽られたのは、ほぼ同時だった。大きな影が、視界の端から現れる。一瞬、いやそれよりももっと短い時間。少女の体に大きな影がかかる。カンカンとなる踏み切りの音、兄弟たちの心配する声、通り抜ける風の音。
その音がピタリと止み、少女はゆっくりと顔を上げ、此方を見た。チョロ松はひゅっと、息を呑んだ。
刹那、
ゴオオオッ
電車が通り抜けていった。
少女は、消えていた。

 

次の日、チョロ松は登校しながらずっと考えていた。昨日のあの出来事は、いったい何なのだろうか。兄弟(みんな)には、あの少女が見えていなかった。自分にしか見えていないのだろうか。もしかして、幽霊なのだろうか。
幽霊やお化けの類を信じ切っていた小学生のチョロ松には、そう考えただけで悪寒が止まらなかった。夏なのに、身体がカタカタと震える。幼い脳では、あれは見間違いだと思い聞かせる事も出来なくて。兎に角怖くて早足で歩いていると、気が付けば学校に着いていた。
人具先生が優しい顔で出席を確認する。

「あら、今日は○×君が休みなのね。大丈夫かしら」

そんなどうでもいい台詞が、妙に耳に残った。

下校時刻、いつものように兄弟皆で帰っていた。額から流れる汗が、夏の暑さのせいにしたくて、暑い暑いとずっと言い続けていた。

「そんなに暑いかー?」
「今日結構むしむししてるよ。どうせ暑いなら、雲がなかったらいいのにー」
「雲さんどっか行けーー!!」

そんなどうでもいい話に耳を傾けながら、前を見ると、

「―――――っ!?」

道の先にあったのは、昨日と全く同じ踏み切り。それも、踏み切りが閉まるタイミングも、電車がやって来る向きも、全て同じ。昨日と全く変わっていなかった。変わっていないどころか、昨日と全く同じ状態。

「また、いる……」
「え、何が?」

またも、あの少女は線路の上で立っていた。しかも、その姿が兄弟(みんな)には見えないところまで、同じ。
唯一違う点があるとすれば、

少女は、昨日より近づいている、気がした。

少女はその日も此方を一瞬見て、電車が通った後、塵一つなく消え去っていた。

 

それから毎日、下校時にあの少女は現れた。どんなに早く下校しても、どんなに遅く下校しても、あの踏み切りと共に現れた。状況もタイミングも全て同じ。しかし、チョロ松と少女の距離は、毎日少しずつ、しかし確実に縮まっていた。いつか、この踏み切りを越えて、あの少女が此方へやって来るのではないか。そう思うと怖くて怖くて堪らなかった。学校を休もうということも、きっと考えていたと思う。けど、休んだ記憶がないので、恐らく両親は休むことを許してくれなかったのだろう。
そしてもう一つ。
毎日登校する度に、クラスメイトが一人ずつ減っていった。知らない人から知っている人まで関係なく。そして、その状況にチョロ松以外誰一人として不審に思っていなかった。先生も、欠席を伝えるだけで何も言わなかった。十人を超えても学級閉鎖にはならず、二十人を超えてもいつも通りの日常だった。
そして、欠席者が三十人を超え、遂に残ったのが六つ子だけになった。

「今日は何して遊ぶー?」
「そーだなあ、イヤミの家の物盗ってやろうよ!」
「お、いいねそれ!」

もはや皆の話を聞く余裕もなかった。どうにかしなければ。このままでは独りになってしまう。皆に話そうか、と何度も考えた。けれどこんな馬鹿みたいな話、皆は信じてくれないだろう。誰も信じてくれないまま、誰にも助けてもらえないまま、独りになるのだろうか。独りになったらどうなってしまうんだろう。皆とはもう会えないのだろうか。ずっと独りで、それで……。

自分はこのまま、

「チョロ松」

突然声を掛けられて、思わずびくりと体が跳ねる。勢いよく上げたチョロ松の顔を見て、兄弟たちは血相を変えた。

「どうしたのチョロ松!?顔色悪いよ!」
「風邪引いた?熱でもある?」
「どうしよう……学校戻って、保健室行く?」
「家行く方が早いと思う!」
「チョロ松、歩ける?」
「だ、大丈夫!平気だから!」

大丈夫じゃない、平気じゃない、怖い、誰か信じて、助けて。漏れそうになった本音を必死に飲み込み、笑顔を貼り付ける。嘘がつけない自分にしては、上出来の演技だったと思う。けれど兄弟達は、少し不満そうな、怒ったような顔をしていた。もしかして何か気に障る事でも言っただろうか。何となく気まずくて俯いていると、アスファルトの道路しか映っていない瞳に同じ顔が映った。トド松だ。

「あのさ、何か困っているなら言ってよ。僕達ちゃんと聞くよ?」

決して大きな声ではなかった。寧ろぼそぼそと、聞こえるか聞こえないかぐらいの小さな声だった。けれど、その声はとても強く、たよれるものだった。トド松を筆頭に口々に皆が喋り出す。

「そうだよ!どんな話でも信じるよ」
「何があっても、僕はチョロ松の味方だよ!」
「僕がアイツで僕たちは僕、でしょ?」

皆の言葉が嬉しかった。皆の笑顔で、独りじゃないと思えた。大丈夫だ、きっと皆信じてくれる。その思いが、チョロ松の中にあった不安を打ち消した。

「チョロ松は、僕の相棒だろ?だったら、何も気にしないで、僕に言ってよ」

俯いていた顔を、ゆっくりと上げる。おそ松は、悪戯っぽい笑顔を浮かべ、チョロ松に手を差し出した。この時ばかりは、皆が輝いてて見えたものだ。チョロ松は、貼り付けたものなんかじゃない、心からの笑顔を浮かべて、その手を取った。

「あのね、実は―――――」
カンカンカンカン……

突如聞こえてきた規則正しい音。それは毎日聞いて、嫌でも耳に染み付いた、恐怖の音。

「ひ、い」

心臓が今にも飛び出そうな程鼓動が速まり、額から一筋の汗が流れ落ちた。足はがくがくと震え、力が入らない。鳴りやまない音が、死の宣告のように耳から耳へ駆け抜けていく。
そして、

「どーしたの、チョロ松?」

目の前のおそ松は状況を理解できずに唖然としていた。その背後、丁度耳の後ろから、ゆっくりと、ソイツは姿を現した。棒から身を乗り出し、俯いて見えない顔を、ゆっくりと上げていく。髪は乱れ、服は裂け、一目見るだけで人ではないと分かった。その野獣のように爛々と光る、血走った二つの眼でチョロ松を捕えると、ニンマリと口角を上げて。

「あ……あ……」

「ゾ、レイジョウ、ジャベルナアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」

「うわああああああああ!!」

怖い、怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い――――。
呪われたように恐怖しか考えられなくなった頭では、何も理解出来なかった。何も判断できなかった。逃げることも、抵抗することも出来なかった。力が抜け、身体が痙攣でも起こしたかと思うほど震えていた。目を逸らそうと思っても逸らせない。
少女は、踏み切りの前で動けないチョロ松に、今にも掴み掛らんとした。

 

「―――――大丈夫?チョロ松君」
「え、」

 

目の前は真っ白なものに包まれ、程よい暖かさに途轍もない安心感を覚えた。

「大丈夫、先生がついてるからね」

その声には聞き覚えがあった。優しくて暖かい、綿毛のように柔らかい声。

「人具、せんせ、い……?」
「そうよ、もう大丈夫。何もいないからね」

先生がどうやってあの少女を倒したのかは分からなかった。真っ白だった物の正体が先生の両袖だと分かると、チョロ松はその中から恐る恐る顔を上げた。
少女も踏み切りも兄弟達も消えていて、目の前にはただ、薄暗い路地裏が広がっていただけだった。

 

その後、気が付くと家の寝室で寝ていた。傍にいた母に事情を聞くと、あの後疲れで気を失ったチョロ松を、人具先生が運んで来てくれたらしい。消えてしまった兄弟たちは無事だった。しかし、ここ数日の記憶は全員無くなっていた。
次の日学校に行くと、休んでいた子達も全員学校に来ていた。無論その子達も、休んでいた時どころか、ここ数日の事さえ忘れていた。
日付は先生が授業をした初日の日に戻っていた。
念のため、先生にも事情を聞いてみることにした。自己紹介を終え、休み時間に入ったとき、先生にこっそり尋ねた。

「先生、あの……僕と先生って、どこかで会ったことありますか?」

先生は少しの間を空けて言った。

「うーん、ごめんね。思い出せないや。先生、これでも記憶力いいはずなんだけどなあ」

******

「いやあ、今日のライブ、よかったねえ!」
「そうですね!!いつもよりファンサービスが多かったし、何より新曲歌ってくれましたし!!」

あの出来事からもう二十年になる。それから幾度か肝試しをしたり、兄弟たちに付き合って心霊スポットなんかに行ったりしてみたが、それらしい体験は一切しなかった。だから、あれはきっと夢だったと、そう結論付けた。もう二十年も前の事になると、大分記憶も曖昧だ。あの少女の顔も、あれほど忘れたいと願ったのに、今では姿形も朧気でよく思い出せない。

「チョロ松氏?どうかしました?」
「あ、いや、何でもないです」

未だライブの熱が収まらないのか、ファン仲間は夢中で話をしている。その話に何度も相槌を打っていると、どこからか太鼓の音が聞こえた。

「太鼓?」
「ん?ああ、あそこの神社の祭りだよ」
「祭り?あの神社って祭りやってましたっけ?」
「ああ、何か天真(あまみ)姫っていう神様を祀っているらしいよ」
「あー、そういえば、その神様結構暴れ者だったらしいですよ」
「え?そううなの?結構綺麗な名前なのに」
「何でも、人に化けては人里に降りて、気に入った子供を連れては神隠ししてたんだとか。昔はそれを阻止するために、何年かに一度子供から選抜した一人を神に捧げるって行事があったらしいですよー。うちのばあちゃんが言ってました」
「それって生贄ってこと?ホラゲーとかでよくある」
「怖すぎますって……」
「まあ今はそんな行事なくなってるけど」
「当り前じゃないですか!!怖がらせないでください!!」

驚いた。この辺りでそんな風習があったなんて。流石に少し背筋の凍る話だ。

「あ、じゃあここで」
「今日はありがとう!また今度!」
「はい、また是非お願いします」

ファン仲間と別れ、チョロ松は一人帰路に急いだ。生贄の話を思い出しながら、兄弟に話してやったら面白がるだろうか、怖がるだろうか。どちらにせよ面白そうだ。夕焼けの光に当たって、細長い影が出来ている。
チョロ松は気がつかなかった。
その影に、少し小さなもう一つの影が重なったことに。

…………ン……カ……

何かが聞こえる。先程の祭りの音だろうか。そう思い、その音がする方に耳を澄ました。

……ン……カン……カンカ……カンカンカンカンカンカンカンカンカンカン

その音は聞いたことがあった。この近くにはない、だから決してなるはずはない音。しかしその音は次第に大きくなっていく。咄嗟に耳を塞いでも大音量で聞こえてくる。まるで頭に直接響いてくるかのように。

カンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカン

音に混ざって、何かがもう一つ近づいてくる。ヒタ、ヒタ、と近づいてくるソイツは、チョロ松のすぐ後ろで止まった。振り向かなくてもわかる、足が動かなくなって、身体が異常なほど震えて、冷や汗が止まらない。思考が恐怖に呑み込まれていく。背中に誰かの冷たく、されど生暖かい息が当たった。

 

「ヒザシブリダネエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエ」
「っあああああああああああ!!」

 

その声は、二十年前前聞いた時よりずっと低く、地獄の底から響いてきたような声だった。
そこで走れたのは、最早奇跡に近かった。恐怖で動かない頭をフル回転させ、全速力で走る。しかし、その声は大きくなり、それと共に踏み切りの鐘の音も大きくなるばかりだ。どうすればいい、どうすればいい。助けを呼ぶにも喉はガラガラで使い物にならない。足が今にももつれそうだ。誰か、怖い、嫌だ、死にたくない、疲れた、怖い、帰りたい、怖い、痛い、怖い、怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い、

怖い。

助けて、兄さん。

助けて、

人具先生。

不意に、音が止んだ。目の前に白く輝く何かがある。それは、白っぽい清楚な服に、セミロングの黒髪が掛かった、女性の後ろ姿だった。例え人違いでもいい、先生じゃなくてもいい。その後ろ姿に向かって、必死に走った。藁をも掴む思いで、それに手を伸ばし、チョロ松は叫んだ。

「助け、てえっ!!!」

それはゆっくりと振り向いた。そして、大きく手を広げてきた。良かった、これで助かった。そう思い、白くて優しい、あの暖かいものに飛び込んだ。

チョロ松の身体に、大きな影がかかった。そして、
キキイッ
何かが擦り合うような甲高い音と、何かの衝突音を最後に、チョロ松の意識は遠ざかっていった。

 

「貴方、最後まで避けられたわね。可哀想に。そんな姿だから、助けようとしたって逃げられる。私みたいに化けないと駄目よ。

まあ、
貴方みたいな怨霊まがいの者が、
天真姫(わたし)』何かに敵う筈ないだろうけど」

 

【村の伝承】
天真姫は度々人に化け、小さな子供を神隠しし、その身を喰ったという。その方法は、今まで殺してきた子供の怨霊を手駒に使い、彼らから子供を守るふりをして子供に敵意を無くさせ、再び襲われたときに住処へ誘き出し、子供自らが天真姫の方に向かうように仕組んだ、何とも恐ろしいものだ。我々はこれを阻止すべく、特別な祭りがおこなわれる二十年に一度の周期で、その土地の子供から一人、天真姫に捧げる者を選抜することにした。

なお、この儀式は、現在は行われていない。
           も続いている。

人具 + 二十 = 天真

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