時計塔奇譚

お題:時計/桜絵カラ松トド松小説

トド松と、カラ松の話
語り・トド松
 

——これは、中学生のときの話です。
 
 

ここ赤塚市には、今はない時計塔がありました。毎日朝の8時、昼の12時、夕方の6時に音を鳴らして住民に時間を知らせます。外観は白いコンクリートで出来ており、昼間でも薄暗くいつ来ても近寄りがたい雰囲気を醸し出していました。高さは、4回建てマンションくらい。それほど高い建物ではありません。
今から話すのは、この時計塔で僕とカラ松兄さんに起こった不思議な体験の話です。

 
 

そのとき、僕たちはまだ中学生でした。小学生の延長線上のような年齢だったので、まだまだ幼い時分でした。しかもタチが悪いことに、自分たちが子供だってことを僕たちは自覚していなかったのです。
まだ「少子化」なんて言葉のなかった時代ですから、僕らが通う中学校は10クラスありました。僕たち六つ子は一人ずつ、それぞれ違うクラスに入っていました。小学生の時より一緒にいる時間は格段に減り、それぞれの時間をそれぞれの教室で持つことが多くなりました。
そしてやはり、どこの中学でも同じように、僕のクラスでもいじめはあったのです。
僕のクラスではとある女の子がいじめの標的にされていました。いじめっ子のグループ数人がいつもその女の子をいじめており、他の生徒も傍観していました。僕も傍観していた生徒の一人でした。もちろんその子を助けたい気持ちはありましたが、僕もいじめられると思うと、どうしても救いの手を差し伸べることができませんでした。
そんな日々を過ごしていたせいでしょうか、僕は突然「傍観者」から「加害者」に変化したのです。
 

六つ子という物珍しさから、僕はできるだけ人と同じように過ごそうと思っていても、僕の素性を知る人の中ではどうしても悪目立ちしてしまうのです。他の兄弟たちはそんなのお構いなしに好き勝手日々を過ごしていましたが、僕はこの自分が目立ってしまう状況を一生抱えていることが当時本っ当に嫌だったのです。
その時も、この嫌な性質が利用されてしまいました。
ある夏休みも直前の日、僕は女の子をいじめていた一人に呼び出されました。どぎまぎしながらその子のもとへ行くと、ひょいと何かを手渡されました。それは、いじめられている女の子が大事にしている巾着袋でした。盗んできたのでしょう、悪びれる様子もなく、その呼び出したいじめっ子が言いました。
「おい松野、この袋を時計塔まで持っていけ」
「な、なんで…」
僕は驚いて思わず聞き返してしまいました。あの時計塔は昼間ですら暗がりが多く、大人ですらむやみに近づいたりしません。恥ずかしながら、夜中に一人でトイレにも行けないような子供だった僕はそこへ行くなんてありえないと思っていました。
「ひひ、こいつを隠して、あいつに一人で取りに行かせるんだよ」
「そ、それなら君が持っていけばいいんじゃないの…?」
「は?めんどくせぇ」
僕の必死の主張を一刀両断に無下にしたあと、その子は汚い笑みを顔に貼り付けたまま言った。
「あんただって、あのブスがずっといじめられてるの見てただろ?だったら、俺らと仲間じゃん。幸いあんたには頼りになるオニーサマが5人もいるんだから、付いてってもらえればいいだろーがよ?なぁ、松野」
言いながら、女の子の綺麗な巾着袋を無理やり持たされていた。
「約束、守らないとひどいぞ」
「ヒッ…!!」
そのまま、いじめっ子は僕から遠ざかっていきました。僕はヘナヘナと袋を持ったまま座り込んでしまいました。

 

その日、帰宅してからずっと手の中の巾着袋を眺めていました。帰ってから自分がとんでもないことをしでかしたと気がつきました。どうしよう、いじめっ子に見つからないようにそっと彼女に返しに行こうか、でも、それなら新学期から自分がいじめられてしまう。兄たちに相談しようか、しかし、それぞれのクラスで過ごしている兄たちに相談はできない気がしましました。他の場所に隠そうか。自分が持っていてもいい。時計塔は怖すぎる、よく「出る」っていう話も聞くし。しかし、自分の勝手な判断で彼女を困らせることは避けたかった。まだ自分には正確な判断ができませんでした。いや、今でもできないのかもしれません。八方美人だった僕は、誰からも「憎まれずに」この問題を解決しようと心を砕いていました。しかし、所詮そんな解決法は見つからないのです。
やがて日が暮れ、夕闇が窓から差し込んできました。僕は巾着を持ったまま途方に暮れていました。他の兄弟や親が帰ってきたことすらわかりませんでした。
そんな僕の耳に唐突に入ってきた、玄関の扉が開く音。「ただいま」と言いながら家に入ってきたのは、次兄のカラ松兄さんでした。兄さんは今のように痛くなく、勉強は苦手ながら、スポーツをしたりたまに芸術に手を出したりと、どこにでもいるような中学生男子でした。もちろん僕とは違うクラスです。
カラ松兄さんが部屋に入ってきました。部屋は僕一人しかいませんでした。僕はやや呆然としながら、カラ松兄さんに「おかえり」とか「遅かったね」とか言ったように思います。
しかし、カラ松兄さんは、部屋に入り僕に視線を向けるなり、たった一言、言いました。
「トド松、人のものを勝手に取っちゃ駄目だろう」
その瞬間、不意に視界がゆらりと揺れました。
気がついたら、僕は泣いていました。

 

カラ松兄さんは、僕が手に持っていた巾着袋を見て、瞬時にトド松のものではないと見破ったのだそうです。当時はまだ僕たち六人はそっくりの服や小物を使っていたので、見覚えのない巾着にカラ松兄さんは違和感を覚えたらしいのです。
僕がいきなり泣き出したのでカラ松兄さんは大慌てで、なぜ泣いているのか一生懸命僕に問いただしていました。どのように問うたのは覚えていませんが、僕は促されるまま今日あったことを話しました。優しいカラ松兄さんは、苦虫を噛み潰したような顔で聴いていました。
「そうか…。トド松のクラスではそんなことになっていたのか。一人で辛かっただろう?気づいてやれなくて悪かったな」
カラ松兄さんは馬鹿みたいに優しいので、傍観者であり加害者である僕に対して少しも怒りません。それどころか、慰めさえしてくれるのです。僕にはちょっと都合のいい兄だったのです。
「カラ松(当時は呼び捨てでした)、僕、これを時計塔に持っていかなきゃいけないんだ」
「時計塔か…」
カラ松兄さんも渋い顔を続けています。
「正直、あそこは行かないほうがいい。本当に。トド松が持っていたらいいんじゃないか?」
「僕が持っていたら新学期いじめられちゃう」
「ううむ…。じゃあ、おそ松たちに相談したらどうだ?」
「おそ松?僕がそんなこと相談しても『弱虫!!』とか言ってくるだけだもん」
カラ松兄さんは、カラッポの頭でたくさん考えてくれましたが、いい案は結局出てきませんでした。やはり、時計塔に行くことになりそうです。
「お願い!カラ松、一緒に行って!!」
カラ松は、浮かない顔で立ち上がりました。

 

その後、僕たちは夜の灯りの下、何人も何人もの人とすれ違いながら、時計塔にたどり着きました。時計塔は、高さこそ四階建てくらいまでありますが、一階の天井が高く、実際には三階までしかありません。まだ宵の口のはずですが、時計塔の周りには人っ子一人いません。
中はしんとしていて、僕たちの足音だけが大きく反響していました。僕は右手に巾着、左手をカラ松兄さんにかけながら真っ暗な塔の中を歩いていました。最上階の三階に着くと、僕は安堵の息を漏らしました。
「なんとかたどり着いたね…。よかったよ」
三階はワンフロアで、そこそこ広い部屋になっています。コンクリートが打ちっぱなしの、無機質な空間でした。部屋中誇りで汚れ、管理者用のものだったのか、椅子や机が散らばっていました。その椅子のひとつの上に巾着を置きましいた。カラ松兄さんは無言で外を眺めています。
「じゃ、カラ松、帰ろ!」
「……トド松」
そう言って、カラ松兄さんはゆっくり振り向きました。その瞳は静かな色をたたえていました。いつものカラ松兄さんっぽくなかったので、僕はたじろいてしまいました。
「もう、いいだろう。満足だろ?それを元の持ち主に返しに行こうぜ」
カラ松兄さんは諭すようにぽつぽつと言いました。
「いじめっ子が心配なら、持っていったって言ってここの写真を渡せばいいだろう?帰りに巾着を返しに行こうぜ。謝ってさ。俺も一緒に行くからさ」
その時、僕は理不尽な話ですが、怒りの炎が燃え上がっていました。今ならすべて自分が悪いと分かっているのですが、そのときは「都合のいい」兄に自分の行為を否定された気がして、ついつい反発心が芽生えてしまったのです。
「なんなの!?カラ松!!ここまでしてノコノコ返しに行くの?!僕がさ、新学期からいじめられてもいいの!?」
「そんなことは言ってない」
「じゃあ僕のこと邪魔しないで!!!カラ松は僕の言うとおりに動けばいいの!!!頭カラッポなんだから!!!!」
しまった、と思ったときにはもうすでに口は動いていました。カラ松兄さんは、その日一番の悲しい顔を見せました。
「トド松、お前は、間違っているんだ」
「違う!違う!!僕がクラスで立場を保つためにはこうするしかないの!!!そりゃあの子には可愛そうだともうけど、でも、実際に何も出なかったし!!!」
僕は何も知らなかったのです。本当に肝試しだけにいじめっ子たちが人気のない時計塔に女の子を呼ぶわけがないことを。当時中学生だった僕は気付けなかったのです。
「トド松」

そのとき、どこからともなく大きな振動が沸き起こってきました。
音です。時計塔の音です。
時計塔が最後になるのは夕方六時。とっくにその時間は過ぎていました。しかし、時計塔は大きな音を鳴らし、天井を、床を、揺らしていました。その振動に合わせ、周りから黒い影がモヤモヤと沸き起こってきます。その影は、僕とカラ松兄さんに手を伸ばしてきました。僕はすっかり肝を潰してしまいました。
「あ、いけないな」
カラ松兄さんは不思議なことに、ぼんやりとした佇まいでまだそこに立っていました。
「トド松、早くここから降りなさい。時計が逆走する」
「カラ松!!カラ松どういうこと?故障!!??」
「故障じゃない。早くここから降りなさい。魅入られる前に」
肝を潰し、全く動かなかった脚を叱咤しながら、僕は床を蹴り、階段を目指しました。カラ松兄さんは動こうとしません。蠢く影は、既に巾着もカラ松兄さんも取り囲んでいました。窓の景色がぐるぐると加速し始めました。
「カラ松!!カラ松!!!何やってんの!!!??」
カラ松は、薄ぼんやり、夢の中にいるような声で言った。
「時の流れに、捕まったんだ」
「は!!?何それ痛い!!中二病!?早くこっちきなよ!!!!故障かも知れないから見つかるでしょう!!!???」
しかし、カラ松兄さんは笑って僕を見ていました。そのとき僕は、はじめてカラ松兄さんを心の底から怖いと思いました。
「俺はいいんだ、トド松。やることがあるからな」
「カラ松…!!!」
「あ、一つ忠告をしておく」
 

時計塔の大きな音が鳴り響く中、カラ松兄さんの言葉はすっと耳に入り残りました。
 

「トド松の大事にしているもの、もうこれからは持っていかれないようにな」
言葉の真意を図り兼ねましたが、僕は頷いて部屋を出ていきました。

 

僕は二十分後には自分の家に帰ってっきました。ぜぇぜぇ言って帰ってきた僕の怪我の具合と、カラ松兄さんのことを次々と根掘り葉掘り聞かれました。しかし僕はひどい疲れでぐったりと畳に横になるしかなかったのです。数十分後、カラ松兄さんも帰ってきました。
「トド松、ほら、巾着だ」
そう言って兄はニコリと笑いました。確かにそれはトド松が時計塔へ持っていたものでした。そしてカラ松兄さんは巾着を僕に渡すと、さっさと二階へ上がってしまいました。僕は、あの時計塔の怖い体験はもう味わいたくなかったので、巾着はしょうがないので女の子に渡そうと思いました。
 

次の日、一学期の最終日。人目につかないように巾着をどう返そうか頭の中でシミュレーションしていた僕が、前からいじめっ子たちがニヤニヤとこちらを見ているのに気がつきませんでした。
「よぉ、松野」
「昨日はお疲れさんだったな」
「約束破るかと思っていたけど見直したぜ」
正直声をかけられたときは心臓が止まるほど驚きましたが、できるだけ平静を装って言いました。
「なんで僕が時計塔へ行ったこと知っているのさ」
しかしおかしいことに、三人のニヤニヤ笑いは止まりません。
「俺たちさぁ、昨日は街のゲーセンへ遊びに行ってたんだよな」
「そしたら向こうからさ?松野が二人で歩いてくるのに気が付いてさぁ。あれは何番目?青いシャツ来てたからB組の松野カラ松か?」
「で、面白そうだったから俺らも付いてった訳よ。閉じ込めてやろうと思って!」
正直、だんだん早くなる鼓動を抑えることはできませんでした。完全に昨日の行為を見られています。少し引っかかるところがありました。閉じ込める?
「ああ、で、あんたたちが入ったあとちょっと様子を見てからすぐに扉を閉めようと思ったわけよ。でも、あんた怖がってたのか知らねぇが、閉める直前に塔から飛び出てきただろ?一人で」
「なんだつまんねーって思ったけど、よく考えたらお前の兄さんまだ中にいんじゃん。早速出してあげましょうかね!」
ちょっと待て。では、昨日帰ってきたカラ松は誰なのか。
「つ、通報…したの?」
「はあ?するわけねぇじゃん!!殺したわけじゃないし!!!」
僕の膝はガクガクと震え始めました。僕は先に塔を出たはずです。そして遅ればせながらカラ松兄さんも帰ってきた…はず。閉じ込めた?そんなことができるのでしょうか。
僕は回れ右をして、元来た道を走り始めました。予鈴が鳴った気がしましたが、そんなことはどうでもよかったのです。僕は必死に体を動かし、一目散に時計塔へ向かいました。
時計塔の扉を動かそうと思っても、ビクともしません。よく見ると取手のところが針金でぐるぐる巻きにされていました。これでは外からも中からも開けることはできません。いつからこうなっていたのでしょうか…。カラ松兄さんがしたんでしょうか、いじめっ子がしたんでしょうか。何も分からないまま、僕は一生懸命針金を解きました。
たっぷり時間を食って、やっと針金を解いて扉を開けました。昨日入ったよりはだいぶ明るいといえど、やはり薄暗い影が壁を多い、僕はやや怯えながら一気に階段を駆け上がりました。
 

「カラ松!カラ松!?いないの!!??」
呼びかけながら塔を登っていた僕ですが、返事がないのでやはり無事だったのだと安心していました。昨日カラ松兄さんが二階へ上がってからその姿を見てない、にも関わらず。
最上階。昨日巾着を置いた部屋です。そこにも人影はなく、伽藍堂でした。安心しながらふと辺りを見回すと、何かがきらりと光ったような気がしました。不審に思った僕は、目を凝らして辺りを見て、そして愕然としました。

昨日巾着を置いた椅子の上に、腕時計が置いてありました。
青いベルトをしたその腕時計は、間違いなくカラ松兄さんのものでした。
 

僕は、カラ松兄さんの腕時計を持って、震えながら部屋を出ていこうとしました。

 

『……分かったろ、トド松。大事なものは、俺がもらった』
 

いきなり時計塔の壁からそんな声が聞こえてきました。それはカラ松兄さんの声にも、自分の声にも、はたまた全然違う人の声にも聞こえました。床が唸り始めます。また、時計塔は自身の音を鳴らし始めました。持っていたカラ松兄さんの時計を見ると、その時計は狂ったように反対向きに回っています。

『………行け』

何かに背中をぽんと押された僕は、泣きながら必死に走りました。時計の音が鳴るたびに歪んでいく景色に追いつかれないよう、必死に走って扉を開きました。
そこからは覚えていません。一人で自宅へ帰って、たどり着いた途端に倒れたというのを後から母に聞いただけです。

 

僕はそれから一週間ほど熱を出して寝込んでいました。そしておかしなことに、女の子をいじめ僕たちを閉じ込めようとしたいじめっ子たちも、夏休みに入った途端に高熱を出し、全員命はとりとめたものの、どこかしらに後遺症が残った結果になりました。
あの時計塔が出来る前はまた別の建物で、その建物の持ち主の娘が、彼女の大事な宝物を騙し取られてそれを取り戻そうと建物に入ったところ、閉じ込められて忘れられ、死んでしまったという事件が昔あったらしいということも調べて分かりました。今では時計塔があった場所は更地になっています。
そして、カラ松兄さん。彼は、やはり普通に家にたけれど、彼と接していくうちに言葉にできないほど微妙な違いが気になり、ああ、やはり今までの兄さんとは変わってしまったと感じていました。大事なものを時計塔に奪われたままです。奪われたまま、時計塔は僕たちの前から姿を消しました。

ただ一つ。時計塔で拾った腕時計をカラ松兄さんに渡したとき、カラ松兄さんはにっこり笑って言いました。

「ありがとう、トド松。俺にちゃんと返してくれて。……いつかそのときが満ちたら、またお礼するぜ」

その時のお礼が、少し楽しみだったりします。

 

僕の話は以上です。

 

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