傘きのこ

お題:傘/mirikkasカラ松一松十四松小説

 カーテンを勢いよく開くと、無数の光線が薄暗い部屋に突き刺さる。

「晴れた!!晴れたよ!!」

 昨日まで降り続いた雨が嘘のようだ。頭上では清々しい青空が夏の太陽と一緒に輝いていた。

 顔をしかめて布団に潜り込む兄弟たちの間を飛び跳ねて喜べば、「外に出て喜べ!!」と部屋から放り出された。
……ぼくを止めようとした一松兄さんも一緒に。

「十四松……。お前のせいでとばっちり食らったんだけど……」
「あはは、ごめんね。お詫びに、一緒に出掛けよう!」
「え、ちょっ、どこへ!?」
 謝りつつも、廊下で丸まっている一松兄さんを一階へと運びながら答える。

「傘きのこ!!」

 *

 街には、不思議な場所がいっぱいある。
 真っ黒な工場。女神が棲む釣り堀。何でも作っちゃう研究所。などなどなど。
 そんな不思議スポットの一つが、「傘の立つ川原」。

 誰の仕業か知らないけれど、土砂降りの雨が降った日の翌日。朝から快晴の時にだけ、川原の片隅に傘が立つ。
 持ち手を砂利の中に深々と潜らせ、真っ直ぐ上へと伸びた棒の先に、色とりどりの傘が広がる。自力で立つその姿は、まるで巨大なきのこが生えているみたいで。
 だからぼくは、「傘きのこ」って呼んでいる。

 本日は、条件が揃った絶好の傘きのこ日和なのだ。

 *

「一松兄さん!!もうちょっとでっせ!!」
「は、早い!!は……吐きそう……」
 朝食もそこそこに、急いで着替えると一松兄さんを抱えて川原まで走る。
 どんなに綺麗でも、傘きのこは川に沈んでいる空き缶と同じ。川原を管理する者にとって迷惑なゴミで、お昼前には撤去されてしまう。ぼくが初めて傘きのこを見た時だって、作業着のおじさんたちが撤去作業の真っ最中だった。
「早くしないと抜かれちゃうから!!ほら、あれだよ!!」

 思った通り、川原には沢山の傘が生えていた。まだ誰も抜きに来てはいない。間に合った!!

 土手を滑り降りて、群生するように並んだ傘たちの間を進む。
「兄さん、すごいでしょ?花柄。黒色。ビニール――――」
 大きさも、色もバラバラな傘を一本一本指さしながら歩く。一松兄さんも息を整えつつ後からついてくる。
「へぇーすごいね……。猫柄とかないの?」
「猫柄ね。えーと……」
 猫柄を探そうと、傘の高さまで下げていた目線を上げる。

 その瞬間。見慣れた色が目に飛び込んだ。

「十四松?どうした?」
 突然止まったぼくを心配して、一松兄さんが覗き込む。

 そこには、青空よりも眩しい青色の傘があった。

 いや、眩しいのは傘に散りばめられたスパンコールだ。朝日でイッタイほど光っている。

「……この傘。カラ松兄さんの、だよね?」
 ここには居ない兄の名が出る。
 確か、「雨の中でも輝くオレ!!」とかなんとか言いながら振り回していた傘だ。
「なんでだよ!!なんで朝からクソ松の傘を見なきゃならないんだよ!!まさか、ここの傘全部クソ松が……!!」
 警戒して辺りを見回す一松兄さん。しかし相変わらず、誰も居ない。もちろんカラ松兄さんも居ない。
「そういえばアイツ、昨日帰りが遅かったし、傘も持ってなかったよな……」
「昨日は夕食の買い出しに行ってたんだよ?いくらカラ松兄さんがイッタイからって、夕食忘れてまでやらないと思う」
「……そ、そうだな」
「それに、傘きのこは今までに何回も生えてるよ」
 そう。何回も生えている。その度におじさんたちが苦戦しながら抜いているのを、ぼくは知っている。

「じゃあ、なんでカラ松の傘が生えてんの?」

 考えていると、車が止まる音がした。土手沿いの道を見上げると、作業着のおじさんたちが白いワゴン車から降りてくるところだった。
「おーい、そこの二人!!まだ水が引いてないから危険だよ!!」
 すぐ側の川では、未だ濁った水が勢いよく流れている。おじさんの一人に注意され、ぼくたちはイッタイ傘を置き去りにしたまま渋々土手を登った。

 *

「か、ら、ま、つ、にいさあああああああああん!!」

「ん?わあっ!?」
 朝の散歩から戻ると、丁度カラ松兄さんが家から出てきたところだった。
 走った勢いで突っ込めば、掛けていたサングラスが弧を描いて飛んでいく。
「おはようございまストライク!!」
「あ、ああ、グッモニン十四松……」
 道路に倒れてお腹を押さえているカラ松兄さんに挨拶していると、バキッと良い音を立てながら一松兄さんも帰ってきた。

「ああああああオレのサングラスがああああああ」

「おいクソ松!!サングラスの替えを取りに行く前に教えろや!!」
「な、何をだよ!?」
 叫ぶカラ松兄さんの胸ぐらを一松兄さんが掴んだ。

「昨日何があったかだよコラァ!!」

 *

 昨日の昼過ぎ。

「誰か、夕食の買い出しに行ってきて」

 マミーから声が掛かった。今梅雨一番の土砂降りの時にだ。
「こんな雨の中、母さんを歩かせる気?」
 息子だって歩きたくない!と心の中で突っ込みながらも、母と夕食抜きの圧力に負けたオレたち六人は、一斉に右手を振り上げた。

「じゃ~んけ~ん――――」

 ん~?この説明はいらないから早く本題に行け?OKOK。

 商店街に向かう途中、木の陰で雨宿りしている男が居た。歳は、父さんより少し若いくらい。会社帰りなのか、よれよれのスーツを着ていた。
 前を通り過ぎようとしたんだが、目が合ってしまった。

「すみません!!そこの青い傘の方!!」

 周りに青い傘を持った人はいないから、すぐにオレだと分かる。
「○×医院まで傘に入れて下さい!!ここまで走ってきたんですが、雨がひどくて先に進めないんです。どうか、どうかお願いします!!」
 聞けば、喫茶店に寄っている間に傘を盗られてしまったそうだ。
 ○×医院は商店街のすぐ近く。何度も頭を下げるずぶ濡れの男を置いては行けず、オレの傘に入れてあげた。

 病院が目的地だから急ぎの用なのだろう。男は、だんだん歩く速度が速くなっていった。彼には謝られたが、気づけば二人で走っていた。おかげで道行く人々の注目の的。フッ、どんな場所でも視線を集めてしまうなんて罪――――いや、なんでもない。

 ○×医院の入り口に屋根があったからそのまま下まで連れていくと、男は「ありがとう」と言って建物の中へと走り込んだ。去り際にオレの手を握ってきた彼の手は、冷凍庫に突っ込んだかのように冷えきっていた。ずっと木の下で誰が通るのを待っていたんだろうな。

 その後、オレは商店街で買い物を済ませ、帰路に就いた。
 え?傘がどうなったか知りたい?慌てるな。話はまだ終わっていないぞ。

 再び○×医院の前に差し掛かった時、入り口の屋根の下に男が居たんだ。
 さっきよりも青白い顔で佇んでいた彼は、オレを見つけるなり声を掛けてきた。

「今度は△△病院に行きたいんです!!もう一度傘に入れて下さい!!」

 と、ここで問題が起きる。オレは、△△病院を知らなかった。
 名前のからして隣街にありそうだが道は分からないし、行けたとしても男を送り届けていたら皆の夕食が遅くなってしまう。
 しかし、男が必死に頭を下げてくるため、ダメだとは言い辛い……。

 迷った挙げ句、オレは男に傘を渡した。一緒に行くことは出来ないが、見るからに体調が悪そうな彼を再び雨の中に立たせたくはなかった。
「オレの傘は一度も盗られたことがないし、無くしてもすぐに返ってくるという幸運の傘です。安心して使って下さい」
「あ、ありがとうございます」

 男は戸惑いながらも傘を受け取り、雨の街へと消えていったんだ。

 こうしてオレは傘を失い、家までエコバッグを抱き抱え走ったというわけさ。

 *

「やっぱり、お前クソ松だな」
「はぁ!?せっかく教えたのになんだよその態度は!!」
「なんで傘を買わなかったの?」
「え?」
「男に傘を買ってあげれば良かったのに……。そうすれば買い物も濡れなかったし、男が戸惑うこともなかった」
「えっ!?戸惑っていたのはオレの傘だったからなのか!?」
「当たり前だろ。あんなイッタイ傘貰って誰が喜ぶんだ?絶対途中で捨てられたね」
「そ、そんなことはない!! あの傘は人を刺さないぞ!!」
 一松兄さんが毒づけば、カラ松兄さんがずれた反論をする。
 そんな二人のやりとりを、バランスボールの上から眺めていた。

 一松兄さんは、カラ松兄さんの話を聞いて、男が傘を捨てたから川原に立てられたと思ったらしい。
 でも、ぼくはカラ松兄さんの話で思い出したんだ。
 あの噂話。

 突然、ピンポーンッと大きな音が家中に響いた。

「ごめんくださーい」
 お客様だ。今ぼくらしか家に居ないから……。カラ松兄さんに視線が集まる。
「……分かった。オレが行く」
 カラ松兄さんはため息混じりに立ち上がると、居間から出ていった。

「……ねえ、一松兄さん」
「ん?」
「前に公園で暮らす知り合いに聞いた話なんだけど、昔、大雨の日に○×医院の近くで車が女の子に突っ込む事故が起きたんだって」

 女の子が小学校から家に帰る途中に起きた事故だった。重体で、○×医院では手に負えず、すぐに隣街の大きな病院に移ることになった。
 それで、近くで働いている父親に連絡したんだ。父親はすぐに病院に向かおうとしたんだけど、仕事終わりに寄っていた喫茶店で傘を盗まれてしまったんだ。
 父親は仕方なく、前も見えないほどの土砂降りの中を濡れながら走った。
 でも、川沿いの道で足を滑らせて――――――――。

「女の子は移された病院で助かったけれど、父親は今も行方不明なんだって。傘があったら病院に辿り着けただろうねって、残された家族も、周りの人たちも皆言ったそうだよ」
「……」
「そしていつからか、大雨の日に川沿いの道に近づくと、傘を求めて雨宿りする幽霊に出会うって噂が広がったんだ」
「……まさか」

「戻ってきたぜ!!カラ松アンブレラ!!」

 障子を勢いよく開けたカラ松が掲げていたのは、あの青い傘だった。どうやら、お客様は作業着のおじさんだ。
 先程は見えなかったが、持ち手はさらにキラッキラで、斜めにでかでかと書かれた名前がイタさに拍車をかけている。なるほど。幸運の意味が分かった。

「川原に刺さっていたそうだ。男と出会った場所の近くだから、きっと彼が分かりやすいように置いてくれたんだろう」

 傘の帰還を喜ぶお人好し兄さんだけど、ぼくと一松兄さんはその一言で察してしまった。傘きのこの正体を。
 でも、気付いたところで、……ぼくたちにはどうすることも出来なかった。

「もしも、カラ松兄さんが男と一緒に△△病院に行っていたら、どうなってたんだろうね?」

 返ってきたばかりのカラ松兄さんの傘をへし折って、ぼくたちは叫び声とともに日常へと戻っていった。

 *

 十四松です!!

 何も出来ないのが辛かったんだ。
 だから、ぼくが改めて噂を流しマッスル!!

 街には、不思議な場所がいっぱいある。
 そんな不思議スポットの一つが、「傘きのこの川原」。

 何度も傘を持って、何度も走る。
 でも、辿り着けない。その場から動けない。

 だから、沢山の綺麗な傘きのこ。

 誰か気づいて。誰か見つけて。

 その下には――――。

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