木霊の話
「やっほーー!!」
小高い山の頂上に着いてすぐ、十四松兄さんが山々に向かって大声で叫んだ。
『やっほーー!!』
耳をすませると、すぐに同じ言葉が返ってきた。それを聞いて十四松兄さんは嬉しそうだった。
都心から電車で1〜2時間の距離にその山はある。
本当は一人でのんびり行こうとしたんだけど、ちょうど十四松兄さんに見つかっちゃって。
十四松兄さんなら体力あるし、途中で音をあげたり文句言ったりなんてしないからいいか、と思って一緒に行くことにしたのだ。
ボクは登山らしい格好で出てきたけど、十四松兄さんはいつものつなぎに普通の靴。ちょっぴり心配だったけど、そこはやっぱり十四松兄さんで、そんなことものともせずに山道を軽快に歩いていた。
都心から比較的行きやすい場所のわりに、ちょっと登れば見渡すと山々が連なって、自然をすごく感じられる。
コンクリートやアスファルトだらけの世界に生まれて生活をしてきたせいか、時々すごく緑が恋しくなるんだよね。なんでだろ。
そうして十四松兄さんと一緒に頂上まで。といってもハイキングのような道を歩くだけの登山だから、たいしたことはないんだけど。
「やっほーー!」
ボクも真似して叫んでみた。
『やっほーー!』
返ってくるやまびこが結構楽しい。
「トッティ楽しいね!!」
「うん!そうだね!」
十四松兄さんはにこにこと、嬉しそうに目を細めて笑っていた。
適当に座れる場所を探して、おにぎりを食べていると、すぐ近くに一見チャラそうなカップルがいた。
ーーそうだよなぁ。恋人と来たり、するんだよなぁ。
悲しいかな、男友達か兄弟しか一緒に来れそうな相手がいない自分がちょっぴり切ない。
はぁ、とため息をついていると、カップルの会話が聞こえてきた。
「なぁ、こんな話知ってる?」
「なに?」
「山で『やっほー』とかって叫ぶヤツあるじゃん」
「あぁ、やまびこね」
「それそれ。悪口とか言ってると、言ったことと違うこと返してくるんだって」
「なにそれー」
それ面白そうだからやってみよう、なんて言い出したカップルは、立ち上がると山間に向かって叫び出した。
「山なんかクソつまんねぇ!」
「ぜんぜんキレイじゃなぁい!」
カップルもボクたちも、言った言葉が返ってくると思っていたんだ。
そんなの、ただのうわさ話、迷信だって。
でも、
『おまえのほうがつまんねぇ!』
『とっとと帰れ!』
返ってきたのは野太い地響きのような声。
もちろんカップルはびびって逃げ出した。ボクもビックリして逃げ出したかったけど、十四松兄さんは何故か瞳をキラキラさせて、谷になっている緑深い山間を覗き込んでいた。
「十四松兄さん!ね、帰ろう?!帰ろうよ!」
「ねぇトッティ、知ってる?」
「え?」
「やまびこはね、山に住んでる木霊の声なんだよ」
「こだ…ま?」
「そ!木の精霊なんだよ!」
十四松兄さんはボクににっこり笑ってみせる。
それから、山間に向かって大声で叫ぶ。
「やっほー!」
『やっほー』
普通に十四松兄さんの声が返ってきた。
「さっきはごめんねー」
『さっきはごめんねー』
やっぱり十四松兄さんの声。さっきのは聞き間違いだったのか?しかし
「ぼく、この山大好きだよー!」
『ありがとうー』
違う声が返ってきた。
「!トッティ!!木霊がお返事してくれたよ!」
「よ、よかったね……」
ボクはそう答えるのが精一杯だった。