なつの校庭

お題:校庭/もんぶらんチョロ松一松小説

八月に入り、暑さが一層に厳しくなる。
陽炎が立つほどのうだる熱気の中、一松は麦わらで日差しを遮りながら商店街を歩いた。
「なんだ、一松も買ってきたの」
「あーうん、毎年行ってるのチョロ松だけでしょ。それじゃさみしいし、やっぱ行かないとかなって」
一松より先に帰ってきたチョロ松は同じ買い物をしてきた弟に少し困った笑顔を向けた。
真っ白な花束、死者への手向けの百合の花。
二人は兄弟たちに気付かれぬように揃って家を出て行った。
 

小学生最後の夏休み、来年になったら学校のプールもなくなり、校庭の遊具もなくなる。味気なさそうな制服の生活を憂いぐように六つ子たちは毎日学校のプールに行き、校庭で騒いで遊んでいた。
「ねえ、あの子誰だろ」
「年下だよね」
「こないだっからロンリネスボーイだぞ」
「よし! 任せろ」
先に気が付いたチョロ松と一松が気にしていると、兄二人が持ち前の行動力で雲梯の傍で佇む少年をほぼ無理矢理に連れてきた。
「オレ松野おそ松! 六年生、お前は?」
「オレは松野カラ松、なんと六年生だ。ヘイボーイ?」
「おれ松野十四松!! やきうする?」
「ボク松野トド松、大人しいね? 何年生?」
答えようにも矢継ぎ早に自己紹介してくる兄弟に圧倒されて少年は一歩二歩と後退った、全くもうと真ん中の二人が割って入る。
「ごめんね? ぼくは松野チョロ松、何て名前?」
「お前も言わせないじゃん…あ、おれ松野一松、君は?」
結局全員の自己紹介を聞かされるも同じ顔が並んでいるので少年は混乱したのか瞬きをして固まった、だよねーと六つ子は顔を見合わせ笑いだす。
「……?」
「六つ子なんだ、オレ達」
「うん…なんかすごいね、僕…なつ。四年生」
「夏か! よろしくな」
「サマーの夏だな、君にぴったりの名前だ」
「ナツ! 甲子園!」
「なっちゃんでいいよねー?」
人見知りという言葉が自身の辞書に存在しない兄と弟たちにチョロ松と一松は乗り遅れて顔を見合わせる、そんな二人になつはにこりと微笑んだ。
「ぼ、僕も仲間に入ってもいい?」
「うん!!」
新しく加わった友達に六つ子たちはうれしくなり、日が暮れるまで遊んだ。
でも一緒にはしゃいでいた一松はふと何か違和感のようなおかしな気持ちに気が付く。
「…? なんだろ、なんか…なんか足りないような」

「あ、鐘鳴った!!」

五時を知らせる鐘の音に六つ子たちは帰り支度を始めた、バットとグローブを持った十四松がなつに訊ねる。
「おうちどこ? 一緒に帰ろう」
「あ…うん、僕んち、お母さん働いてて…迎えに来るまで校庭にいるんだ、だから…」
「そうなんだ、一人で待ってるのやだろ? オレ達も一緒にいてやるよ」
おそ松の言葉に弟たちも頷いた、今帰っても松代はあんまりいい顔しないしまだ陽は落ちていない、もう少しいてもいいよ、ここは学校の中なんだしと年下のなつを気遣った。
「ううん、いいよ…すぐに来ると思うし。あの、明日っ…明日もくる? 僕毎日くるから」
「大丈夫なの? お母さん来るまでいるよ?」
トド松が一丁前の口を利いてなつを覗き込む、普段一番下がなつのおかげでお兄ちゃん面をするのにおそ松とカラ松は目を合わせていひひ、とにやけた。
「へ、平気だよ…うちのお母さん、ちょっとうるさいんだ…あ、あんまり会わせたくない、また明日遊んで? ね?」
頑なにまで拒否を続けるなつにおそ松はまた明日な! と鋏を入れた。校門の脇で小さく手を振るなつにチョロ松と一松は見えなくなるまで手を振り返す。
「なっちゃん、かわいいね! ボク弟が出来たみたいでうれしいかも」
「良かったな、トド松」
はしゃぐ相棒にカラ松が頷くとうふふ、と笑い返す。同い年でも一番下で甘え三昧かと思いきや、兄ぶりたかった様子に兄弟たちもにこにことトド松を見守った。
(なつ、いい子なんだけど…なんだろ、なんか足りない)
午後の日差しに六つ子の影が伸びる、それをぼんやり見ながら一松は新しい友達に小さな不審を抱いた。

「なっちゃん!」
プールのフェンスからなつを見つけたトド松が手を大きく振る、それに応えてなつは昨日と同じ雲梯の傍で矢張り小さく手を振り返した。
(昨日と同じ服だ)
一緒になって手を振りながらチョロ松はなつの服装が気になった。サイズの大きなシャツは腕の半分まで袖が下り、細さを強調する。穿いているハーパンも大きめで、膝下までがばがばとしていて少し動きにくそうだ。
それに対して靴は小さいらしく踵を踏んで履き、髪は長く肩まで届いていて前髪を分けて目許を出している。一見おんなの子みたいでかわいいが何か違う、そう思っていると横から一松が「気が付いた?」と小声で聞いた。
「おれもちょっと、気になってさ」
「…うん、おうちが、むつかしいのかもね」
「うん…」
「ぼく達は、友達だから、さ…」
「うん」
なんて言ったらいいのかわからずチョロ松は困って眉を下げ、口許をへの字に曲げる、その様子に一松はにこりと笑うともう一度「うん」と頷いた。
プール講習が終わるとトド松は大急ぎで着替えると髪もろくに拭かずに校庭へ飛び出した、なつのもとに走って行き両手をとってくるくる回る。
「トド松、夏が困ってるって」
おそ松に首根っこを掴まれてひよこの悲鳴を上げて歯向かうトド松にカラ松が「コラ」と口先だけで叱る、昼飯食ったらまたここに集合な、と言えば一目散に家へ向かって走って行った。
「あーもートド松の野郎…ごめんなぁ? 夏、また後で遊ぼうな」
「うん、おそ松君。後でね」
次々に帰っていく兄弟に手を振ってなつは独り雲梯の傍へとぼとぼ歩いた。
「いいな、みんな一緒で、仲良しで。きっとおそ松君たちのお母さんのご飯、おいしいんだろうな」

初めて会った日から、六つ子たちは毎日のようになつと一緒に遊んだ。なつはいつも校庭の雲梯の傍に佇んでいてみんなが来ると慌てるのかいつも最初の一歩を躓いていた。あわてん坊、とからかうとほっぺたを真っ赤にして怒ったり恥ずかしがったりする。そんな仕草と四年生にしては小さめなせいもあって、弟の欲しかったトド松は特になつをかわいがっていた。
「あっづーい!! 今日さ三十五度になるって、さんじゅうごど! 死ぬよね」
校務員さんにわがままを言って校庭の水撒きさせてもらう、はしゃいだおそ松がホースの先を潰して兄弟たちに次々と攻撃してくるのを躱しながらみんなは走りまわった。
「よーし! 夏にロックオン!!」
「カラ松かよ!? なつ逃げろ!」
おそ松の持ったホースがなつに向かう、逃げる間もなくなつは勢いのある水をもろに被った。
「いたっ…」
「なっちゃん!!」
びちゃっとなつは尻餅をついた、つい兄弟にやるのと同じ要領で水を向けてしまったおそ松は慌ててなつを抱き起こした。
「ごめん夏! 痛かった?」
「へ、平気…びっくりしちゃった」
「洗って、着替えなきゃ。なっちゃんちどこ?」
トド松がなつの服をめくった瞬間、なつはばちん、とトド松の手を弾き落とした。
「…っ」
「あ、ご、ごめんなさい! ぼ、僕っあの…ごめん……」
「今のはトド松が悪い~、いきなり触るなよーびっくりするだろ? なつは一人っ子だから慣れてないんだよ」
おそ松の助け舟になつは頷いたり首を振ったりする、嫌がられたのかと思ったトド松はおそ松の言葉にほっと息を吐き笑顔に戻った。
「ごめん、なっちゃん」
「ううん…ごめんねトド松君。僕着替え…今日はここで帰るね! また明日…あした、ね!」
慌てて裏門の方へ駆け出すなつを見送った六人は顔を見合わせた、時計を見ると五時少し前。帰ろうとぽつぽつ校門へ歩き出す。
「また明日ね、なっちゃん」

銭湯で湯に浸かっているとトド松がもごもごとなっちゃんが、と言いだす。どうしたのとチョロ松が根気強く聞いていると半べそで見ちゃったと打ち明けた。
「なっちゃんのお腹…アザみたいに、いっぱい…」
「見たんか」
おそ松とカラ松がトド松を挟むように移動すると頭を代わる代わるに撫でた。
「にいさん達、知ってたの…」
「ああ、足も裾から…見えて」
チョロ松も一松も痛そうな顔で頷く、何も気が付かなかった十四松は驚いて口許を両手で抑えた。
「どうしたのかな、なっちゃんずっと…校庭にいるのかな、お昼とか、だいじょぶなのかな」
「せ、先生と母さんに言ったほうがいいの?」
十四松がおろおろとカラ松に訴える、でも兄二人は首を横に振った。
「…先生も知ってるかもしれないし、二学期になったら保健の先生に聞いてみよう」

また明日、なつは遊んだあとそう言った。

六つ子の世話に明け暮れる両親は夏休みになるとさらに忙しくなる、それをさすがに察することが出来るようになった兄二人は毎日学校の校庭へ行こうと決めた。だからなつに会えた、このまま一緒に過ごしていれば詳しく知ることも出来る。助けることは出来なくとも友達として力になれることがあるはず、と末弟二人に説明の出来ない複雑を飲み込んでおそ松は明るくトド松に言った。
「また明日なつと遊ぼう、一緒にいよう、な?」
 

いつもより暑くない朝の空気にトド松は起き上がってカーテンを引っ張る、窓の向こうはざあざあと雨が降っていた。
「雨…」
今日はなつに会えない、と肩を落とすトド松に十四松が寄り添う。
「明日晴れたら行こう、ね? トド松」
「今日は涼しいから宿題やるよ」
涼しいからぐだぐだしたかった発言者チョロ松以外は愕然とし、一松はもう一度布団に横になった。それを叱咤して布団を片付けさせて一同は階下へ向かう。
「なつ、今日…」
口籠る一松の背中をとんと叩いて、チョロ松は大丈夫だよと笑った。
何がどう大丈夫かなどうまく言えないが、また明日会えるんだからと。

「今日も雨じゃん!」
「台風の進路が変わったんだって」
クソ台風! とテレビに八つ当たりするトド松を横目に一松は窓の向こうを見ていた、明日も大雨だから校庭には行かれない。なつはどうしてるだろう、寂しくしてなきゃいいんだけど。
六年生にもなって食後の昼寝をする兄弟たちの脇を縫って、一松は部屋を出た。玄関を開けると風が少し治まっていて雨もひどくない、顔だけでも見に行こう、いないかも知れないけどと学校へと歩き出す。
雨降りだからにしては人気の全くない通学路に一松はふと不安になった、周りに建つ家々の中はどこも暗くて真夏なのに寒々しい雰囲気をよこしてくる。ここってこんなんだったっけ、と見まわしながら急いで学校へと歩いた。
「…い、いる。傘さしてない…なつ!」
いつもの、雲梯の傍、なつはぼんやりと立っていた。
一松は急いでなつへと駆け寄り傘の中に入れる。
「か、風邪ひいちゃうよ…え、なんで…?」
いくら緩くなったとはいえ雨はたくさん降っている、それなのに全く濡れていないなつに一松は触れようとした手を引っ込めた。
「よかったぁ、一松君だけでも来てくれて。さみしかったんだ、僕ずっとさみしかんたんだぁ」
「な、なつ?」
「僕のこと、みんな気が付いてたでしょ」
なつは服をまくって身体を一松に見せた、紫や赤黒く変色したアザや丸いやけどの痕、切り傷の数々。
「……」
こんなにひどいことになっているとまでは想像がつかなかった一松は思わず目を背けた。
「お風呂も入れてもらえなくって、みんな僕のこと臭いって、教室にもいられなくなっちゃった…校庭しかなくなっちゃったの」
「そんなことない! 臭くなんかなかった、ほんとだ、言う方がおかしいんだよ、そんなことない…」
「ありがと一松君、みんなも…松野君たちと友達になれてうれしかったよ」
「うん、友達だよ…おれ、これあげようと思って来たんだ、お揃い」
一松はポケットから猫のマスコットを出すとなつの手に握らせた。
「来れない時とかさ、これ…俺たちのかわり、じゃないけど…さみしくなくなるおまじないみたいにって」
「ありがとう…猫かわいい、僕猫好きなんだ」
「おれも、おれも猫いちばん好きなんだ。そうだ、今度猫の泉に一緒に行こう」
「猫の泉?」
「猫がすげー涌いてるみたいにいるとこがあるんだ、行こう」
「うん、行きたい…でもね、僕行けないんだ」
マスコットをぎゅっと握りしめてなつはにこりと笑った。
「ここから、動けないの」
「……え?」
「僕、校庭が好きなんだぁ…うんていがね、一番好き。僕得意だったから」
だったから。
さっきから、なんで昔みたいに言うんだ。一松は思わず一歩後退った。
「おじさんがね…僕のこと嫌いだって。お母さんはおじさんが好きだから言うこと聞きなさいって、でも僕もおじさんが大嫌いなんだ」
ぎゅっとなつは一松の手を握った、その異様な冷たさに振り解こうとするが年下とは思えない力に何も返せない。
「お母さんも嫌いになっちゃった、だって二人で僕をぶつんだもん…タバコつけたりさ、痛いから」
「そんなこと…だめだよ、誰かに言った方がいいよ」
「誰も信じてくれなかったよ、先生も」
「そんなことないよ、う、うちの母さんならきっとわかってくれる! 言ってくれるよ、おれ母さんに話すからさ」
「ほんとう?」
「うん、ほんと、今からうちに行こう? 母さんに話そう」
一松はなつの手を引いて歩き出そうとした、だけど。
「……? あ、あれ、動けない、足うごかない…ねえ、なつ、行こう? ねえ…」
「さっき言ったじゃない、僕行けないって。校庭から出られないんだ」
「え……?」
ぎゅう、と握られた手から一松の身体の温度が奪われていく。寒さと握られた痛みで膝をついた一松になつはにこりと微笑んだ。
「がんばって、校庭まで逃げてきたの。僕うんてい好きだったから、ここしか隠れるとこなかったから…でもね見つかっちゃった」
「だ、だれに…」
「うんていで、もう一度遊びたかった」
「なつ…」
なつは一松を引きずって歩き出した、振りほどこうとしても敵わず、身体からは力が抜けて上手く歩くことさえ出来なくなってくる。
「な、なんで…なつ、やめてよ…」
「一松君、僕の友達って言ったよね。だったら一緒にいて? 僕ひとりぼっちなんだ、ずっと、ずうっと前から」
雲梯の少し向こうにぽっかりと黒い穴が開いている。
渦のようにゆっくりと穴のふちが回っているように見えて、一松は待ってと足を踏ん張った。
「どうして? さっきのウソだったの? 友達ってウソついたの?」
「ちがう、ウソじゃない、でも一緒にはいられないよ、おれ明日も来るから、遊ぶから…」
「ウソだ、友達って思ってないんだ、僕のことほんとはキライなんでしょ」
「ウソじゃないって言ってるじゃんか! キライでもない! だから放せよ!」
「じゃあ来てよ一松君」
なつの足が黒い穴の中に一歩入る、必死に抵抗するが一松の身体は少しずつ引きずられていった。
(どうしよう、連れてかれる…助けて、にいさん、みんなぁ……)

「だめええええ!!」

背後で大きな声、同時に一松の身体は誰かにがっしりと抱きかかえられた。
「え? 十四松? みんなも…」
「ナツごめんねえええええ」
「なつ、ごめん」
「夏、ソーリー」
「夏ゴメンな? 一松はオレ達の大事な兄弟なんだ、いなくなったらダメなんだ」
黒い穴の中に半身を沈めていたなつは恨めしそうにみんなを見上げ、ぎりぎりと唇を噛んだ。
「なっちゃん、ごめん。友達だからちゃんと言うね、ボク達から一松兄さんを持っていかないで。それは友達じゃなくなっちゃうから…ごめんね…返して…」
トド松も一松に抱きついて引っ張った、綱引きのように「オーエス、オーエス」と掛け声をかけ合い、必死に一松を引っ張る。
「い、いだい…痛い! 腕もげる! もげるぅぅ!!」

「いいな、一松君。みんながいていいな」

「な、なつ…?」
一緒に遊んだ時の笑顔に戻ってなつは「ごめんね」と呟いた。
「なつ……ってぇぇぇぇぇぇ!!!」
「うお? おおっ!?」
急になつが消えて六人は引っ張っていた方へ一気に倒れた、雨と泥でぐちゃぐちゃになったまましばらく呆然と座り込む。
「…! なつ、なつは? なつ、どこ?」
一番に我に返った一松は立ち上がって辺りを見回した、校庭をぐるっと見渡してもなつの姿はどこにもいない。
「…なつ」
「一松、ぼく見たんだ」
「チョロ松?」
「なつが…男の人にぶたれてるとこ…女の人が傍に立ってて…なつがお母さんっていうのに知らん顔してるんだ、た、タバコの火とか…もっと、もっとひどいことされてるの、夢に出てきて」
「起きたら一松がいなくて、そしたらチョロ松が校庭だって。早く行かなきゃって」
間に合ってよかった、とおそ松は鼻の下を人差し指でぐい、とこすった。
「なつ、校庭まで逃げてきたって言ってた。うんていが好きだったからって…」
一松の言葉に五人は溜め息を吐く。
「なつ、どこにいるんだろ」
「オレ達六人は友達だよ、夏」
雲梯に向かって言うとおそ松はまだしゃがみ込んでるトド松を抱き起こした、カラ松も半べその十四松に手を差し出す。
「また会えるかも知れない、待っていよう」
「うん」

二学期になってからも、冬休みになっても、寂しいバレンタインの日も、六つ子は雲梯の傍に立つなつを探した。
やがて春になり、小学校を卒業する日を迎える。でもなつは校庭に来ることはなかった。
「なつ、会えなかった」
「四年のクラスにいなかったしな…」
きっといないだろうことはわかっていたが、それでも六つ子は全学年全クラスを探し歩いた。図書室の卒業アルバムも全部めくってみたがなつはどこにもいなかった。
「転校しちゃったのかもね」
「いいとこだといいな」
最後の一歩を揃って踏み込み、六つ子は校舎と校庭を後にした。両親の後をぞろぞろついて行く途中、ふと見返した雲梯の傍に。
「なつ!!」
真っ先に気が付いたチョロ松が声を張り上げた、みなも揃って校庭を、雲梯へと目を向ける。
「なつ…」
六つ子を迎える時と同じように、小さく手を振ってなつはしゅんと消え去った。手を振り返すことの出来なかったトド松がぐしぐしとべそをかく。
「わかった、足りないもの」
一松の言葉に五人は何言いだすの、と聞いた。
「影だよ。なつ、影がないんだ」
「ああ。それだ…」
「カラ松、わかってたの」
「いや、なにか足りないって」
なんとなく、薄々と、それは一松だけでなく五人も気が付いていた。
きっともうなつには会えない、六つ子は認めたくなかったことを受け入れた。
でも不思議と怖くない、それはなつだったからだろうと六つ子は頷いた。
 

中学生に上がり、毎日は一気に忙しくめんどくさく楽しくなった。部活に勤しんだり新しい友達が出来たり、六人の記憶からなつはどんどん薄れていった。
「あーあっちい…つか何なの、あの宿題の量!! 殺す気か? 殺す気なんだな?」
「も~おそ松兄さん、今からやってかないと後で泣くよ? ボク達手伝わないからね~」
え~とぐずるおそ松を足でうちゃって、トド松はテレビのチャンネルを変えた、速報の文字と見慣れた風景に近所じゃん、とおそ松を引っ張った。
「ほんとだ…うわ…子どもの遺体って…」
画面には不法投棄の清掃に来た区の職員がバスタブの中に雨水と一緒に浸かる黒ビニール袋を発見した、警察が中を改めると数年経っているだろう、幼い子どもの遺体が出てきたと騒いでいた。
『かわいそうに…猫の防犯ブザーを握りしめていたそうです…早く犯人を…』

「なつだ」

一松がぽつんと言った。
「え?」
「おれ、あげたんだ。なつに猫のマスコット…防犯ブザーになってるやつ…」
そんなものでなつを救えるとは思っていなかった、でも誰かに気が付いて貰えたらと願って。
「遅かったんだ…もっと早く、会えてたら…」
その後のニュースで七年前になつが死んでいたこと、なつの名前が夏輝だったこと、お腹の中が空っぽで何も食べさせてもらってなかったこと、母親と内縁の男が捕まったことを知った。
「卒アルに載ってない訳だ、これじゃ見つけられない」
「そんなん…もう、今更知ったって…」
六人は遺体の発見現場に花を手向けに行った、そこは薄暗い雑木林でじめじめと寂しい場所だった。
「がんばって校庭まで来てたんだな」
「うんていが好きだって言っていたな」
「もう痛くない、大丈夫だよ」
「……ごめん」
「天国でも元気でね、またね」
「もう、寒いのとかお腹空くのなくなるよ…なっちゃん……さよなら、忘れないよ」
ひゅう、と突風が六人を撫でて消える、真夏なのに冷たい、氷が触れていくような風だった。

 

「なつ、久し振り」
百合の花束をそれぞれ置いて、二人は無言で手を合わせた。
「チョロ松が夢に見なかったら、おれ…」
「…はは」
何か言おうとするが上手く言葉にならない、二人は黙って立ち尽くした。

「一松君」

ふいに耳元でなつの声が響く、一松はきょろきょろと辺りを見回した。しかしなつの姿はどこにもない。
「……っ」
肩に冷たい掌の感触が降りる、ここにいるのかと一松は見えない手に自分の手を重ねた。
「一松君、僕さみしかったの、ごめんね」
(おれこそごめん、一緒に行けなくて)
「遊ぼうよ」
(おれはもう大人だから一緒に遊べない、無理だよ)
「そんなことないよ」
肩が重く、身体が沈む。足元を見るとあの日の黒い穴が爪先で、点から丸へと大きくなろうと蜷局を巻いていた。

「…っ!」
「一松? どうした?」
一松の様子にチョロ松が怪訝な顔をする、汗がすごいとハンカチを差し出した手を掴んで一松はチョロ松に訴えた。
「…放さないで、おれを一人にしないで」
「? しないよ、みんなもいるし。どうせしがないニートだろ?」

「僕たちは友達だよね? 一松君」

「そうだよ、友達だ。でも…言ったろ? おれ達は六人だって」
「一松? 誰と喋ってんの? まさか…なつ? なついるの? どこ!」
現実的になったはいいが故に現実逃避を続けるチョロ松にはもう感じ取れないのか、辺りをきょろきょろするばかり。一松は帰ろう、とチョロ松を引っ張った。
「ここにはもう二度と来ちゃダメだ、いいなチョロ松?」
「わ、わかった。わかんないけど、わかる。来ないよ」
そうだ、一松は思い出した。なつが死んだとわかった日から、トド松は一人でトイレに行けない、家風呂も一人で入りたがらない。
いつも暗闇を見ないようにしている。

「僕たち友達になったんだよね」

なつの声がまだ耳に残る、一松は早足で家路を急いだ。
「おれたち、離れたらダメだ。一緒にいなくちゃ、ずっと一緒に…」

「ずっと一緒に? どうかな、わかんないよ?」

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