きさらぎ駅

お題:きさらぎ駅/坂倉花梨おそ松カラ松チョロ松一松十四松トド松小説

ガタンゴトン、と揺られる電車の中、眩しい日差しにうっすらと目を開ける。窓から射す夕日が辺りの田舎景色を橙色に照らし、一日の終わりを告げていた。肩にかかる重さに少しばかり首を動かしてみると、遊び疲れて眠っている弟達の顔が見える。
この景色ではまだ、地元駅に着くにはかかるだろう・・・。
うとうとと意識を夢の中へと戻しつつ、彼は再び目を閉じた。
 
 
 
 
 
ふよふよとした形のないソレは眉を下げて言った。
 
『本当にいいの?』
 
不安げな声と顔色を伺うような目・・・だから言ってやったのだ。
 
『男に二言はないやい!』
 
『本当に本当?』
 
『本当の本当だよ、しつこいなぁ』
 
からからと笑うと、ソレも釣られて小さく笑う。
もう1人とソレらの手をとって、一緒になって暗がりを走った。
 
きっと、これから楽しいことの連続だ
 
 
そんな不確定な未来に浮き足立ちながら、
 
 
 
小さな手はおんなじ小さな手を引いた
 
 
 
 
“あれ”
 
 
 
疑問がぽつりと浮かぶ
 
 
 
 
“こいつら”
 
 
霞む視界に顔はよく見えない
 
 
 
 
 
“誰だっけ・・・・”
 
 
 
そもそもの話—————
 
 
 
 
 
 
 
ソレらの顔を見たことはあっただろうか?
 
 
 
 
 
ズルッと下に落ちる頭におそ松はハッと目を覚ました。目の先には電車の床。
危ない危ないと身を起こし、大きなあくびをかましつつも長旅(といっても日帰りだが)に凝った体を上に伸ばす。腕を上げつつも窓の外を見てみれば、電車の明かりに照らされて微かに見えたのは石造りのレンガのような壁だった。はて、行きでトンネルなんて通っただろうか?なんて首を傾げつつも、ふう、と息をつくとおそ松はようやっと体への重みに視線を向けた。左右には自分を囲んで寄りかかる弟5人。
折角の夏なのだから海へ行こう!と最初に言い出したのはおそ松だった。
 
面倒臭い 暑い あんなリア充の溜り場に行くの?
 
  この歳になって同じ顔6人で?  浮き輪あったっけ
 
ボート!  女の子たくさんいるかな    かき氷食べたい
 
 日焼け止め買ってこよう 水着が無い 全裸でいいよ
 
よ く ね ぇ よ
 
そんなこんな文句を言いつつも支度をして、6人は電車で3時間ほどのところにある海に来た。
海で泳ぐのは勿論のこと、ナンパしようとして横からイケメンに取られたり、海の家でイヤミを見付けてボッタクリだのなんだのいちゃもんをつけてタダでラーメンやら焼きそばやらカキ氷やらを食べたり・・・・・一通り遊びつくし、帰る頃には体力も尽きかけていた。
電車に乗り込んだ彼らは丁度空いていた座席に座ると、一人、また一人と心地よい疲れに、眠りに落ちていったのである。
結構大振りに動いたにも関わらず、おそ松に寄りかかっている一松は目を覚ます気配はない。
乗ったときもそれほど多くはなかったのだが、電車内には座席に数人座っているだけで、人の声も聞こえてこない。向かいの座席に1人、このクソ暑い日にスーツを着込んだ男が腕を組んで俯いている。
まるで終電のようだ・・・・。
 
“もしかしなくても降り過ごした?”
 
最後に外を見たときは夕方くらいだった筈。何分トンネルからなかなか出ない為に外の明るさもわからず、時計なんて洒落たものも常備していないので今が何時なのかわからない。
幸い目の前に人はいるのだし、終電だった場合は地元民っぽいこの人にごり押しで泊めてもらおうか。
まずは、とおそ松が左右で爆睡する弟達を叩き起こすことから始め・・・ようとしたのだが、ふと、彼の視界にとちらりと気になるものが写る。
それは目の前の座席に座っている人の手だ。暑苦しいスーツから露出している手は自身の肘を握って腕を組む形になっている。それはなんらおかしいことではない。それはいいのだが・・・おそ松はその肌の色が気になった。
 
どう見ても生きている人間のそれではない。
 
青白い色の肌は親戚の葬式なんかで見た棺桶に横たわるあれらと同じ色だ。どきり、と心臓が跳ねる。
いやそんなまさか、と頭が認知を拒んだが、その人が冷え性だとか、電車の冷房が効き過ぎているとか、それらを差し引いても青白かった。理由はわからないが突然死か何かか。
死体と2人きりランデブーなど堪ったものではない。おそ松は隣で未だ眠っている一松を揺り動かすとその耳に起きろと囁いた。
 
「起きろ一松・・・おい、起きろって!頼むマジで起きて!」
 
「ぅ ・・・んー・・・・、まだ眠い・・・」
 
「お願いだから1人にしないでぇぇ・・!!」
 
「う・・・・・ねむ・・・」
 
「イチマトゥぅ頼むよぉ!お兄ちゃん心細くて死んじゃうー!!」
 
「んんぅ・・・るせぇ・・・・死んどけば・・」
 
「ひっでぇ!」
 
拒否されるも何度かしつこく揺り動かしていると、一松は漸く「何処ここ・・・」と身を起こした。その際反対側で寄りかかっていたカラ松を向こう側へ突き飛ばして、間にいた十四松を引き寄せる。突き飛ばされたカラ松はその反動で目を覚ましたが、眉間に皺を寄せて酷く眠たげだった。
 
「ね、むい・・・」
 
「あれ、降り過ごした?」
 
「しーっ!」
 
「は?なんで声小さくしてんの?」
 
首を傾げる一松におそ松はあっち!と前に座るサラリーマンを示す。一見なんの変哲もないサラリーマンに『寝てる人に配慮できる人間だったっけ』と長男の人間性について失礼なことを考える一松。
尚もわからないという顔をしていると、おそ松はまた耳元に近付く。
 
「死んでんだよ!前に座ってる人!!」
 
「へっ?・・・はぁっ?!」
 
「だから静かにしろって!!」
 
「うっ、うん・・・えっ、兄さんがやったの?」
 
「ばっ、んなわけねぇだろ?!」
 
「じゃあなんでこんなコソコソしてんだよ
する必要ないじゃん」
 
「・・・・なんとなく」
 
「あっそう・・・」
 
もう一度視線をおそ松からサラリーマンの方へ移した一松は、ピクリとも動かない様子に息のないことを確認する。どうやらおそ松が寝惚けているわけでもないことを察すると、彼の影になっている方を覗き込んでチョロ松とトド松を起こすように言った。
 
「駅員に言った方がいいでしょ」
 
「えーでも俺たち疑われたらどうすんだよ」
 
「遺棄の方がまずいって
それにこの車両にいたくないし」
 
他にも数人座っているとはいえ、皆同じく眠っていて不気味で仕方がない。報告の任は兎も角として、一先ずはここから離れようという話になり、おそ松は右側で二重に寄りかかるチョロ松とトド松の肩を揺する。一方で一松は十四松を起こしつつも、隣で二度寝に入りかけているカラ松を引っ叩いた。
 
「痛い・・・・・」
 
「寝んなクソ松
おい、起きろ十四松」
 
「!!
おはyモガッ!」
 
「し、静かに・・・!!」
 
「う 〜・・・もう着いたぁ・・?」
 
「まだだけど緊急事態だ
お前も早く起きろって!!」
 
「緊急事態・・・?なんだよそれ・・・ふぁぁ」
 
ニートの寝起きなんぞ所詮はこんなものである。(十四松除く)
目を擦りながらも起きたカラ松、チョロ松、トド松と十四松は、一松同様におそ松からの説明を受けた。
そして眠気も一気にぶっ飛んだ。
ぎぎぎ・・・・と鈍い音が鳴りそうな動きで前方の席に座るサラリーマンへと視線を移す。相も変わらずサラリーマンはピクリとも動かない。息も無い。肌に生気も無い。いろいろと足りない人間に対して一瞬頭が理解を拒んだが、何度見ても死体は確かにそこに在る。
 
「嘘だろなんで」
 
「社会の闇・・・」
 
「ボクニートでよかったぁ・・・・!!」
 
「ディスティニーの悪魔に翻弄された末路・・・か」
 
「マジでやばいね、ぼくでもわかる」
 
「とりあえずここから離れようぜ」
 
「「「「「賛成」」」」」
 
総員一致で彼らは立ち上がると一列になり、静かに車両の移動を始めた。
車内に死体があるなんて知れたら大パニックになるだろうということで声のボリュームは変わらず小さめ。何より自分達が犯人と疑われて拘束される可能性もある。
それならばまだ素直に駅の関係者に伝えた方がマシというものだ。
そんなことをヒソヒソと話していた一行は、放置したら逆に捕まる、ということでそのまま先頭車両まで歩くことにした。
運転室には運転士がいる筈。関係者に言えば取り敢えずは安心していいだろう。
彼らは敢えて、俯いて眠っているように見える、左右の座席の人々を詳しく見ることはしなかった。
 
「あれ?」
 
「真っ黒・・・・」
 
先頭車両まで歩いてきた彼らは、運転室の真っ黒な窓を見て唖然とした。
まるでペンキか何かで塗りつぶされたような黒は、中の様子を伺うことが一切出来ない。
一応、窓を叩いてみたり、扉を開けてみようとガチャガチャ動かしてみたり、声をかけたりしてみたのだが運転士からの応答はなかった。
 
「なんかさぁ・・・変じゃない?」
 
ここで漸く、誰もが気付いていた事実にトド松が触れた。
運転士が(恐らく)いない、乗客も様子がおかしい。窓の景色もトンネルらしき壁のまま・・・。
一見普通の終電にも見えるが、確かに何かがおかしかった。
 
「そういえばトド松、お前スマホで時間見れたよな
今何時?」
 
現実逃避のようにチョロ松が時間を聞けば、トド松は「自分のスマホは?」と文句を言いつつもポケットからスマホを取り出した。対してチョロ松は電池が切れたと返す。
トド松がスマホで時間を見ると、画面には”1:36″と深夜帯の時間が浮かんできた。
 
「おれ達が電車に乗ったのって5時過ぎじゃなかったっけ」
 
「むちゃくちゃ長旅でんなぁ」
 
「やっぱりおかしいって
こんな時間に電車が動いてるはずないし」
 
「そもそもこの電車は何処に向かってるんだ?」
 
6人でどうしようと第ウン十何回目かの6つ子会議を始めようとしていたところ、ゴウッという音と共に窓の景色がバッと変わる。それに気付いて同時に外を見れば、沢山の木々の間に曇った真っ暗な空が見えた。
どうやらトンネルから出て何処かの林に入ったらしい。
 
『ま—-・なく、—・み駅、・・-や-・・— -・・き』
 
外に出て数秒後、電車内にひび割れた声のアナウンスが響く。掠れ掠れのそれに背筋を凍らせたが、どうやらどこかしらの駅に着くようだ。
 
「運転手いんじゃん!シカト?!」
 
「そういう問題じゃないだろ」
 
どう聞いても正常とはいい難いアナウンス。おそ松がまたもや運転室の窓を叩いたが、やはり中からの応答はなかった。
 
「トッティ、知識の箱でこのダークフォレストの名s」
 
「場所は検索できないの?」
 
「え、ちょ、チョロま」
 
「さっきからやってるんだけどバグってて」
 
「どんな風に?」
 
「現在地検索してるんだけど、どっかの大学指してるんだよねぇ」
 
まぁここが大学の敷地内ではないことは確かなのだが、カラ松の言葉を無視してトド松が5人に見せた画面にはとある大学の池が表示されていた。現在地を示すピンはその池のド真ん中を貫いている。
 
「何回検索してもここ指しちゃって」
 
「ぼくたち池の中にいんのっ?!すげーっ!」
 
「ドブ川バタフライするお前がそれ言っちゃう?」
 
「そのスマホ壊れてるんじゃないのか?」
 
科学の結晶も壊れればただの文鎮だ。
そんなこんなぐだぐだしていると、電車の速度が落ち始めた。窓の外を見れば、暗い景色の中にコンクリートの地面が滑ってくるのが見える。古い無人駅のようで気味が悪い。
電車は古びたホームへゆっくりと滑り込むと、完全に車体を止めて乗車口を開いた。
同時に不気味なアナウンスが流れる。
 
『や- ・・駅、—-・・・み、き・-・・』
 
「ねぇおっさーん
もっとわかりやすく言ってくんねー?
何言ってるか全っ然わかんねぇんだけどー」
 
「バカって怖いもの無いらしいよね」
 
「あーわかる」
 
とうとうガンガンと運転室の扉を蹴り始めるおそ松。さながら不良だ。
それを眺める一松は兄をバカ呼ばわりし、トド松が呆れたという目をしつつも頷く。
勿論運転室から誰かが出てくるということは無く、はぁー・・・とため息をついたおそ松は蹴るのをやめると外へ足を向けた。
 
「とりあえず出ようぜ
この電車気味悪いしさ」
 
「ホームとどっこいどっこいだけどね」
 
どちらかというとホームに電灯が少ない分明るい車内の方がマシに見える。
しかしこのままこの電車に乗っていても何処に行くかわかったものではない。
 
『ドア–・・閉、・・—- ・注意・・——さぃ』
 
「やべっ、早く降りよう!」
 
ホームの暗さに気乗りがしなかったのだが、乗車口が閉まるらしいアナウンスにおそ松が慌てて外へと進む。5人もそれに続いて電車を降りようと閉まりかける乗車口を滑りぬけようとした————だが、
 
「ッ!!待った!!!」
 
「ぐえっ!」
 
「ひぇっ?!」
 
「どっこいしょーっ!」
 
「に ゃあ?!」
 
「おわっ?!」
 
チョロ松が待ったをかけてカラ松のフードを鷲掴み手前、もとい電車内へと強く引いた。倒れかけたカラ松は反射的に目の前にいるトド松の肩を掴み、ビビったトド松は珍しく半袖で露出している十四松の腕を取る。さらに引かれた十四松も前にいた一松の脇の裾を掴み、こしょばいやら吃驚やらで一松も目の前のおそ松の腕を掴む。
結果—————、
 
ドサァアッ!
 
『発車・・ます——-・・・』
 
全員がその反動で電車の中へとよろけ、派手な音をたてて倒れこんだ。
乗車口がぴったりと閉まると電車は同じ進行方向へ動き出す。
 
「いってぇー・・・・おいシコ松!」
 
何すんだよ!!バッと起き上がってそう怒鳴ろうとしたおそ松は、チョロ松の表情を見て言葉を詰まらせた。
必死の形相、手は未だ離すまいかとカラ松のフードを強く掴んだままだ。
 
「い・・・今の所はっ、・・・・やめた方が、いいと、思う・・・」
 
「チョロ松兄さんそれって」
 
「なんか見えた?」
 
おそ松の問いにチョロ松は首を横に振る。
 
「何も・・・けどっ、な、なんか、嫌な感じがしたから」
 
「ユーレイッ?!ぼく倒すよ!」
 
「もーっ!ボクすっごいビックリしたんだけど!!」
 
「仕方ないだろ?!
本当に嫌な感じというか・・・なんか感じたんだって!
十四松は応戦しようとすんな!」
 
なんとも言い難いのか、チョロ松は十四松を止めつつも曖昧ながらそう訴える。
対しておそ松は首を傾げながら視線を未だ倒れているカラ松へと移した。
 
「幽霊見えんのってカラ松じゃなかったっけ?」
 
「オレもそんなにしょっちゅう見えるわけじゃないんだが
というか信じてたのか」
 
「だってお前相手すると面倒なんだもん」
 
「兄貴にだけは言われたくない・・・」
 
6人中かまってちゃんぶっちぎりの第1位はおそ松だ。その彼に言われたくないとカラ松は不機嫌に眉間に皺を寄せつつも窓の外を見る。
景色は林。暗い中を電車の明かりに照らされた木々が過ぎ去っていく。他に何も見えるものはない。
 
「空から零れる光すら呑む、闇に包まれたダークフォレスト以外には何も見えないな」
 
「ホント肋折れるからやめて」
 
「イッタイよねぇ
サイコパス通り越して変態でしょ」
 
「?
あ、あぁ、すまない・・?」
 
彼は未だイタいの意味も、自分のイタさもわかっていない。ある意味悲劇だ。
彼らは落ち着くとその場から立ち上がった。
電車の中は電車の音以外は静かで誰かが起き上がる気配もない。・・・いい加減現実逃避も限界か。
 
「ねぇ、次の駅に着くまでに電車の中におれ達以外で生きてるやつがいないか探さない?」
 
「ああそれ言っちゃうんだね」
 
「おまっ、ここに来て現実突きつける?!」
 
「あーもー!考えないようにしてたのに一松兄さんのバカッ!!」
 
「ありがとう」
 
「なんで?!褒めてないよっ?!!」
 
突然の礼にトド松は怒鳴る。このドM全くブレない。
一松の言葉の意味はそのまま、今のところ彼ら以外に生きている人間はいないということだ。
季節外れのコートに身を包んだ女性、ちらりと見えてしまったその人の肌が異常に乾燥・・・否、ミイラのように干からびていたのだって生きていないのであれば頷ける。
 
『次—-・・ぎ、き・・・らぎ—・・- 駅』
 
不気味なアナウンスが流れ、次の駅の名前を告げる。
またも聞き取ることが出来なかったが、少なくとも近所で聞いたことのある駅名ではなかった。
 
「ぎら駅?んだそれ?」
 
「ギアラんまいよね!!」
 
「珍しい名前だからって食ったらうまくてビックリしたよなぁ」
 
「脂がのってるとより一層ね・・・って今焼肉の話関係ないから!!」
 
「名も知らぬ未開の地・・・・フッ
漢カラ松の血が騒ッ」
 
ゴスッ!
 
「あでっ?!」
 
「黙れクソ松
さっきから何も言わなきゃ調子に乗りやがって」
 
「いたっ、ヒッ?!ちょ!!」
 
「お前は懲りないよな」
 
「イタ松兄さん頭カラッポだもんねぇ」
 
学習しないのではない、出来ないのがポイントだ。
さて、目の前の現実、もとい非現実を直視したところで一行はいつもの調子で賑わいつつも進行方向とは逆の車両に生存者を探して歩き始めた。
まばらとはいえ人は一車両に4〜5人座っている。この中の1人くらい生きていたっておかしくはないだろう。・・・なんてそれこそ逃避もいいところだが、そうとでも考えていないとドキッ☆死体さんと一緒幽霊列車の旅(ハァト)なんてやっていられない。
 
『まも—-・・く、き‐・・ら、・・駅、・・・-—さ、ぎ駅』
 
またもアナウンスと共に電車がゆっくりとスピードを下げていく。6人は手頃な扉の前で足を止めると窓の外へと視線を移した。
窓に見えるコンクリートの地面。次の駅は電車の中から見てもホームの全貌がある程度分かるくらいには電灯が点いており、ホームの数歩奥にベンチが数個置いてあるのが見えた。
 
「・・・・見つける前に着いちゃったね」
 
「だなー」
 
なんとも呑気な十四松とおそ松の会話。
暫くして止まった電車は再びアナウンスと共に、薄暗いホームへと続く乗車口を開いた。
見るからに不気味だが先程の駅よりは幾分かマシだ。カラ松と共に探るように顔だけを突き出したトド松は体を引き戻すと、同じく探っているらしいチョロ松に向き直る。
 
「チョロ松兄さんなんか見える?」
 
「わかんないよ、さっきのだって見えたってわけじゃなくて直感だし」
 
「オレの第六感が告げている・・・この先にはデンジャラスな冒険が待っている、とな・・・・!」
 
「ホントうるさい」
 
「黙れクソ松」
 
「心配なのか?安心しろブラザー
オレがブラザー達を安息の地へみちbゴブォッ!」
 
見事な一松のアッパーを食らったカラ松は電車の外へと吹っ飛ぶ。どうやら出ても問題はないようだ。
しかし青筋を浮かべる一松はそれどころではないらしく、既にノックアウト済みのカラ松のケツに対してメンチを切っていた。
 
「いい加減にしろよクソドベ松オ ルァッ!!殺されてぇのかぁあ ん?!」
 
「うわ一松兄さんキレたよ・・・」
 
「この看板きったねー!」
 
「お前十四松いつの間に?!
何勝手に降りて」
 
がしゃんっ!
 
「何今の音っ?!」
 
「わり、俺がベンチ壊した」
 
「なんで座ろうと思った?!」
 
いつの間にやら下車していた十四松は汚れて文字の読めない看板を前に仁王立ちしている。
そして大きな物音がして視線を音の方へ移せば、おそ松がばらばらになった1人掛けの椅子を尻に敷いていた。お前ら自由か。
だがまだ状況の把握もしっかりは出来ていない、何が起こるかわからない現状だ。下手に動かないほうがいいとチョロ松は2人を引き戻そうとしたのだが————
 
『・・アが–・・まり、す・・—- ・ご注意・・——ださ-・・』
 
「あっ」
 
「何してんだよ」
 
「えっ?!わっ!」
 
「トッティ早く」
 
「ちょちょちょ、嘘っ?!ここで降りるのっ?!!」
 
おそ松がチョロ松の腕を引き、一松がトド松の背中を押す。
全員が降りたと同時に乗車口が閉まり、そしてあのアナウンス。
 
『・・- —・- します』
 
ゆっくりと動き出す電車。速度は上がっていき、最終車両がホームを通過するとけたたましい線路を走る音と共に電車は遠くへと走っていく。
6人はそれが奥の方へ、光が消えるまでぼーっと眺めていた。そして光が消えた後・・・
 
「なんで降りたっ?!」
 
第一声、発狂混じりに叫んだのはチョロ松だった。流石はツッコミ担当というところだが状況が状況なだけにツッコミというよりはヒステリックな怒鳴り声に近い。
対して怒鳴られたおそ松は周囲に視線を向けながらも余裕の表情でこれをいなす。
 
「あのまんま乗っててもどこに着くかわかんないじゃん」
 
「だからって現在地すらわからない所で降りるか普通?!」
 
「またチョロ松お得意の普通かよ〜
お前その真面目キャラやめたら?
なぁー、トド松もそう思うだろ?」
 
「クソ長男マジありえない」
 
「うわ辛辣、お前のこと押したの一松じゃん」
 
取り敢えず死体と同じ空間から脱することはできたものの、降りた駅は見たところ前方を林に囲まれていた。
線路は林とホームを挟んで1本だけ。
 
「トンネルなんてあったっけ・・・」
 
電車の進行方向とは逆方向の線路の先には石造りのトンネルがあった。一松はおそ松に言葉を返さず、代わりに真っ暗な大口を開くそれを見て顔を歪める。
駅のすぐ近くにあるそれは、スピードを緩めた時点でわかる筈だ。
 
ガリガリガリガリガリ
 
「何やってるの十四松兄さん」
 
一同が周囲を見回す中、十四松は看板にその辺で拾った石を擦りつけ、やかましく音を立てていた。
それにトド松が問えば十四松は手を止めてトド松の方を見る。
 
「この看板めっちゃサビてるから削ったら何書いてあるか読めるかなって!!だから削ってる!!」
 
汚れとサビで文字が見えなくなった看板は恐らく駅名が書いてあるものだろう。
削って読めるようになるのであれば職人モノであるが、十四松ならそれができるかもしれない。スマホで現在地検索が出来ない今、駅名は貴重な情報だ。
一先ずは十四松にこの任を任せ、他4人(ダウンしているカラ松除く)はホームの左右へとバラけた。
何かしら情報がないものか。探してみるも無人の改札口が一つあるだけで、他は切れかけて点滅している電灯、腐りかけのベンチ、所々穴の空いた屋根とロクな発見がない。あとは『伊佐貫』と上に文字が彫られている不気味なトンネルくらいだ。
一応無人改札の外もチラ見はしてみたものの、相当ド田舎なのか駅から1m先は闇夜だった。
捜索を続ける中、チョロ松はトンネルの上の方を凝視してゴクリと唾を飲む。
 
「おーいカラ松ー、いつまで落ちてんだよ」
 
数分後、飽きたのかおそ松は未だ倒れていたカラ松の近くにしゃがみ込むと、彼の体を揺すり始めた。
うう ・・・と呻き声をあげたカラ松は、身じろぐと体を起こしてコンクリートの地面にぶつけた顔をさすった。鼻が少しばかり赤い。
 
「おっ、起きた」
 
「ふっ・・・・いいパンチだったぜブラザー」
 
「寝てねぇでさっさと何か探せよ」
 
丁度背後を過ぎる一松にカラ松が指ぱっちんをしつつも視線を送れば、一松は鬱陶しいとばかりに嫌な顔をして過ぎてゆく。
キメ顔でフリーズしていたカラ松だったが、暫くして静かに立ち上がった。同じく立ち上がったおそ松がその肩に慰めの手を乗せる。
 
「できたーっ!できたよみんなーっ!!」
 
一心不乱に看板を削っていた十四松が石をぽーっんと投げて叫ぶ。どうやら看板の文字が読めるまでに削れたらしい。
ホームの左側奥の方にいたトド松はさすが十四松兄さ〜ん!と十四松の方へ戻る。これで帰り道は確保できたも同然だろう。
 
「なんて書いてあったのー?」
 
「えっとねー!きさら・・・」
 
「え?何十四松兄さーん」
 
「あっ、・・・・うん、きさらぎ駅だよ!!」
 
「えっ?」
 
読み上げられた駅名にカラ松が短い声を出す。おそ松が何か知っているのかと問うと、数秒固まっていた彼は「いや、」と首を横に振った。
 
「どうやら聞き間違えたようだ」
 
「きさらぎ駅なんて名前の駅と似た駅なんてあんのー?」
 
「ああ、木更津と聞き間違えたんだ
俺としたことがブラザーの言葉を聞き取り違えるなんてな」
 
罪な男だぜ、と額に手を当てる彼ではあるがそこはおそ松。肋さえ無事であれば最早相手にはしない。
十四松の声が聞こえたチョロ松、一松もホームの真ん中へと戻り、トド松が検索結果を出すのを待つ。心なしかその表情は硬い。
円になって集まった彼らの中で、トド松は慣れた手つきでトントンと画面を叩いて帰り道を検索する。・・しかし、
 
「あっれぇ?おかしいな・・・・
きさらぎ駅だよね?」
 
彼は難しい顔をして首を傾げた。
スマホから顔を上げて確認をとるトド松に、十四松はこくりと頷く。
 
「うん、そうだよ」
 
「どしたー?」
 
「うんー・・・こう出ちゃう」
 
唸るトド松が見せてきたスマホの画面には大きなポップアップに赤い字で『一致する結果がありません』の文字。看板には確かに”きさらぎ駅”と書かれているが、天下のインターネット様はそんな駅は存在しないと仰っているようだ。
 
「田舎だからのってないのかな・・・・・」
 
いくらインターネットと謂えど人間の作っているもの、限界はある。この駅は見たところ、見た目の古さやホームの周りの暗さからもかなり田舎であることが伺える。
全体真っ暗。もしかすると田舎どころか明るくなったら改札の先も山の中かもしれない。
それにしても困った。これでは家に帰ることが出来ない。
電車が来るのを待つ、という手もあるが乗ってきた電車が電車だ。流石に次に来る電車がマトモな電車であると思えるほど、奇跡のバカもバカにはなりきれなかった。
 
「どーっすかなぁ」
 
「どう・・・・どう、か・・・」
 
おそ松は両手を頭の後ろで組んで、雲で真っ暗な空を見上げる。薄くかかった雲からは月の明かりがぼんやりと零れていた。
眉間に皺を寄せ、改札側を睨むカラ松も名案は浮かばないようだ。
周りは暗闇、電車は無し、ここが何処かもわからない。
 
「警察に電話は?」
 
思い付いたように提案するチョロ松は未だ表情が硬い。この提案にトド松は110番を打ち込んで電話を掛けた・・・が
 
「・・・・・・」
 
『・・・、・・・・・、ブッ、お掛けになった電話は、電波の届かない場所にあるか、使われておりません』
 
「ダメ、繋がらない・・・」
 
「そっか・・・・そうだよな」
 
電話の先から流れる無機質な声。はぁ・・・とチョロ松は片手を額に当ててため息をついた。
 
「朝まで待つしかないなぁー」
 
万策尽きたか、おそ松の言葉に5人は黙る。
折角楽しい日帰り旅行だったのにとんだ災難だ。
朝になれば少なくとも周囲の全貌がわかる。民家を見つけることもできるかもしれない。しかし夜中とはいえ真夏。昼間ほどではないにせよ、じっとりと湿った空気は生暖かい風も相まって少々暑苦しい。
暫くざわざわと、林の木々の葉が擦れる音だけがその場を占める。
 
「・・・・あのさ、トンネル歩くっていうのはどう?」
 
唐突に一松が静寂を破って発言する。彼が示しているのは電車の進行方向とは逆にあったトンネルの事だ。
突如出現したそれの異様さは認知したくないが為に一松以外誰も突っ込みはしなかったものの、6人共このトンネルが普通のトンネルでないことだけは理解していた。そこを歩こうと、彼はそう言っているのだ。
これに猛反発したのはトド松。
 
「一松兄さん本気?!あんな真っ暗な所歩くつもりなのっ?!!」
 
「懐中電灯ならお前のスマホがあるじゃん
それに線路歩けばもう少しマシな駅に着くかもしれないし」
 
「でもさー、前の駅って言ったらチョロ松がヤバイって言ってた駅じゃね?」
 
そんな駅に向かって歩いても大丈夫なのか?答えは確実にNOだろう。
しかし一松は首を横に振りつつも話を続ける。
 
「このトンネル、電車に乗ってるときはなかったし
別の所に繋がってるかもしれない」
 
「お前ガンガン言ってくんねぇ」
 
「オバケトンネル?」
 
「十四松兄さんホントやめて」
 
今しがた幽霊列車に乗ってきたばかりだというのにその発言は洒落にならない。
だが一松の言葉には一理ある。突然現れたある筈のないトンネル。少なくとも電車に乗ってるときになかったそれはまた別の道へと繋がっている可能性が高い。それに線路を電車の進行方向の逆に向かって歩いていけば、一般的に考えるなら元の場所に戻ることが出来る筈。
運任せにも程がある提案だが、意外にもこの意見に賛成の意を示したのは、普段危ない道を渡ろうとしない派のチョロ松だった。
 
「僕は賛成かな、ここがもし山の中だったら熊とか出るかもしれないし危ないだろ?」
 
「そうだけど・・・線路歩く方が危なくない?」
 
「ど真ん中歩かなければ大丈夫だと思う
それに多分だけどさっきのが終電だろ」
 
熊か電車か、どっちが脅威かと言われれば間違いなく熊だろう。
終電という概念が幽霊列車にあるのか、というのはさておき、これにカラ松もうんうんと頷き、十四松までもが話に乗ってくる。
 
「オレも賛成だブラザー
黒き魔物に襲わr」
 
「はいはいはいはいははーっいぼくも賛成!!
早く帰って寝たいっす!」
 
「あんだけ寝ておいて?!成長期かよッ!!」
 
あれだけ電車の中で爆睡していたにも関わらず、まだ寝ると言い出す十四松に、チョロ松のツッコミが炸裂する。言葉をさえぎられた安定のカラ松は「あっ・・あ、熊は危ないからな」と小さく控えめな声で言い換えていた。
 
「じゃあ行くかー?
俺もさぁ、明日イヤミとお馬さん見に行く約束してて早く帰りたいんだよなぁ」
 
「それイヤミ関係無しにお前が競馬に行きたいだけだろ」
 
「本当に行くの?!どっっっうみてもあのトンネルおかしいでしょ?!」
 
「でもあれ以外頼る道ないし」
 
「安心しろトッティ、いざという時はこのオレがブラザーを守ってみせるぜ」
 
「いざってときはカラ松兄さんを盾にしてでも生き残るよ」
 
「え・・・」
 
6人はホームの明かりに薄く照らされた線路へと飛び降りる。そうしてトンネルの前に立つと、改めてその異様さと嫌な空気に気圧された。
真っ黒に塗りつぶされたトンネルの奥は、ホームの明かりが届く範囲までしか中を知ることが出来ず、林からと同じく、生暖かい風が向こうから吹いてくる。しかしそれは同時に、向こう側に出口がある、ということを示唆していた。・・・それが”出口”であるという確証はないが。
6人はいざ目の前にして少々躊躇ったものの、
 
「・・・トド松スマホ貸せ」
 
「う、うん・・・」
 
トド松からスマホを借り、そのライトを頼りにおそ松が最初の一歩を踏み出す。それに続き5人もゆっくりとではあるが、トンネルの奥へと歩き始めた。
もし電車が来たら、と線路の上ではなく線路の横側にある通路のような部分を彼らは進んでいく。中は外から見たように真っ暗で、ライトに薄暗く照らされる石壁の側面は、湿気で所々緑色に苔生していた。
特に変わったところも無く、彼らは順調にトンネルの奥へと歩いていく。
 
「・・・・・・チョロ松兄さぁん・・」
 
「はぁー・・・ほら」
 
頼りない声でチョロ松の名を呼んだトド松は、呆れた顔をした彼に差し出された腕を掴むとそこに引っ付く。
暫く進んでいくと、奥に小さな光る点が見えた。出口かと足を速めた彼らだったが、それが出口の光ではなく、人型の影が持つランタンの明かりであると知るとその足を止めた。
こんなところに果たして、人がいるものなのだろうか・・・。
 
「話しかけてみる?」
 
おそ松がそれを指差し、振り返って5人に聞くと、彼らも微妙な表情で互いに顔を見合わせる。
 
「おい、クソ松」
 
「あ、ああ・・・・嫌な感じはしない、と思う・・・」
 
「思う、かよぉ
お前さっきの駅で使えなかったからな〜」
 
「だから言ってるだろ、いつも見えるわけじゃないんだ」
 
「チョロ松兄さんはどうっすか?」
 
「え、僕?」
 
トンネル自体、暗くて不気味であるものの別段寒気がするとか、何か嫌な感じがするわけでもない。それ故にカラ松とチョロ松は前方の異様な影に困っていた。何かありそうで何もない時ほど判断に迷うものはない。
円になってうんうんと唸っていると、唐突にトド松がバシバシとチョロ松の肩を叩いた。「痛いな何すんd」と言いかけたところでトド松は人影の方を差して引き攣った顔、震える声で言う。
 
「ああああああアレッ・・・こ、こここっち、こっち来てない?!?!!」
 
「「「「「はっ?」」」」」
 
この言葉にバッと5人が同時に振り向く。すると明らかに人影と小さな明かりは先ほどよりも此方の方へ寄っており、ランタンがゆらゆらと明かりを揺らしていた。よく見れば両腕が上にあげられており、その片方、少し下げられた手にランタンがかかっている。どうやら此方に手を振っているようだ。
 
「もしかして助けてくれんじゃねぇの?!おーいこっちこっちー!!」
 
「振り返すなバカッ!!違ったらどうすんだよ?!」
 
これで家に帰れる!!そう思っておそ松は影に向かって両手を振る。チョロ松がその頭をぶっ叩いて止めたが、影は尚も両手を振って近付いてくる。
「ねぇ」とここで一松がぽつりと呟いた。
 
「おれの目がおかしいんだよな・・・・」
 
「頭なら十分逝ってると思うけど何、一松兄さん」
 
「あの腕、子供の腕に見えるんだけど」
 
近付いてくるにつれ、人影の持つランタンの明かりでその正体が見えてくる。
腕を曲げてわざと下げているように見えた腕は長さの合わない子供の腕で、それがピンとランタンを上げて揺れていた。片方の腕は手が此方を指差す形になっている。
顔も微かであるが見えてきた。それはにたりと笑った60代半ばに見える男だった。口からは涎を垂らしていて正気とは思えない。
その足取りは酒を飲んだ酔っ払いのような千鳥足で、片方の足は膝から下をありえない方向に曲げて引き摺っていた。
服は酷く汚れているが、農作業着のようだった。
全員が全員ヒュッと喉を鳴らして次の瞬間にはぐるんっと足首を挫かん勢いで踵を返し、先程潜った入口へと猛ダッシュしていた。
頭が占めるのは得体の知れない恐怖。
 
「なんだあれっ?!あんなの見たことねぇぞ!!」
 
「オレが知るわけないだろうっ?!!」
 
「見たことあったら逆に怖いから!!」
 
「絶対人間殺してるって、捕まったら殺される・・・!!!」
 
「いいから逃げろ!!なんかヤバイ気がする!!」
 
「あの人正気じゃないね!ん?!人?!人じゃねー!!」
 
ドタドタと走り、入り口付近に差し掛かった彼らはバッと後ろを振り返った。
明かりの点は見えなくなっており、人影も見られない。
トンネルを抜けて外に出ると、ホッと一息ついて足を止めた。
 
「今の、幽霊かっ・・・なんかだよな・・・?」
 
おそ松は肩で息をしながらも、もう一度トンネルを振り返る。走って追いかけてくるでもないソレはしかし、異様な光景に気付いた時には足が動いていた。体があれ以上の接近を無意識に拒否していた。
 
「ごっ・・・ごめん・・・おれが、ッ・・余計な事っ・・・」
 
「オレ達も賛成したんだ、一松だけのせいじゃないだろう?」
 
「優しすぎかクソ松がっ・・・!!」
 
自分が提案したことに対して謝罪する一松にカラ松がフォローを入れると、一松はダンッと足で地面を蹴る。本人は照れ隠しのつもりだが、怒っていると勘違いしたカラ松は「えっ、ご、ごめん?」と疑問形になりながら誤り、一松はさらに舌打ちをかました。
いつもの2人は置いておくとして、おそ松はどうするかと改めて辺りを見渡す。
出来ればもうトンネルには戻りたくない。となればおのずと視線は改札の外へと向かう。
 
「・・・ん?」
 
「どうしたのおそ松兄さん?」
 
「んや、あれ」
 
彼の指差す先にはぽつぽつと明かりが灯っていた。ホームに上がって見てみれば、改札の外は先程とは打って変わって数本の電灯が広がる田んぼ道を照らしていた。少し遠くではあるが、大きな平屋の家もいくつか見える。
行ってみよう、とおそ松が改札を潜ろうとするとその腕をチョロ松が掴んで止めた。
訝し気にその手を眺めたおそ松は「なんだよ?」と不機嫌そうな声で睨む。だがチョロ松は睨まれて尚、手を離そうとはしない。
 
「さっきまで真っ暗だったのにおかしいだろ
またトンネルにいたやつみたいなのがいたらどうすんだよ」
 
「おかしいっつったらお前もなんじゃねぇの?」
 
「は?」
 
バッと手を振り払ったおそ松はチョロ松を睨んだ後、順にカラ松、一松、十四松に視線を向け、同じく睨む。
いきなりなんだとトド松は置いてけぼりを食らっていたが、ふとなんとなく感じていた違和感の正体に気付いた。
 
この4人、この場所について何か知っているのではないか?
 
ここに来てからというものの、この4人は様子がおかしい。落ち着かないというか、どうにも初見の態度ではなかった。
最初は駅名を見て口ごもった十四松。普段がアレではあるが流石に平仮名は読める。それに反応を示したカラ松もそうであるし、一松、チョロ松も終始周りを気にしていた。
長男おそ松は兄弟間の隠し事を嫌う。現在のような緊急事態であれば尚更だ。
 
「何か知ってるなら言えよ
今は早く家に帰る方が先だろ?」
 
「僕は何も・・・・」
 
「嘘だな、お前わかりやす過ぎんだよ」
 
正に目に出るチョロ松。動揺にキョロキョロと忙しない視線は嘘をついているも同然だ。
見兼ねたカラ松が横から口を挟むも
 
「おそ松、今は戯れに興じている場合では」
 
「他人事みたいに言ってるけどお前もだからなカラ松」
 
「フォアッツ?!」
 
「・・・・」
 
「ッ・・・・・・」
 
「おい、一松と十四松もだぞ」
 
「ギョエッ!!」
 
「・・・・・」
 
「え・・・何この空気・・・
チョロ松兄さん達本当にここに来たことあるの?」
 
何やら不穏な空気を察したトド松は本人に確認を取ろうとするも、チョロ松含む4人はだんまりを決め込む。
考えたくはない、考えたくはないが・・・・・・これでは、あのトンネルに得体の知れない何かがいると知っていて誘ったも同然ではないか。
いや、慌てぶりと逃げ方からして彼らもあれは想定外だったのか?
にしたって情報1つでも状況が変わる今、隠し事をしても誰も得はしない。
 
「・・・考えすぎでしょ」
 
「一松兄さん?」
 
嫌な空気が流れる中、視線を外し、口を閉ざしていた一松が低い声でぼそりと呟いた。
 
「確かにおれ達はここに来たことがあるよ
でもその時はあのトンネルから帰れたし、こんなことになると思ってなかったから」
 
「ならなんで隠してたの?」
 
「前に迷い込んだ駅と同じなのか確証がなかったから言わなかっただけ
隠してたわけじゃない」
 
気が済んだ?とばかりに一松は深いため息をつく。しかしおそ松は鋭い視線のまま、チッと大きめな舌打ちを打つと彼らに背を向けてしまった。これには一松も「えっ」と不安な表情を隠しきれない。目を見開いたカラ松はおそ松の背に向かって制止の声をかける。
 
「おそ松!!」
 
「もういい」
 
「えっ・・・え、おれ、お、おそ松兄さ」
 
「本当のこと言う気ねぇんだろ」
 
嘘にしたってもう少しマシな嘘をつけ、そう言わんばかりにギロリと睨まれてしまえば口を閉ざすしかない。
前を向いて改札の外へと歩き出したおそ松は、顔を向けることもなくトド松を呼ぶ。
 
「トド松行くぞ」
 
が、
 
「えっ、やだよ」
 
まさかの返しにガクッとコケかけた。ギャグアニメは伊達じゃない。
なんでだよ?!とおそ松が振り返るもトド松は真顔のままである。その口から出るは正論。
 
「チョロ松兄さん達はここのこと知ってるんだから、おそ松兄さんと帰り道探すよりさっさと帰り道聞き出して帰った方が楽でしょ?」
 
このドライモンスターどこまで心が冷えきっているのだろう?これにはバカ長男も動揺を隠しきれない。今のは絶対着いてくる流れのやつだろうに。
しかしトド松のアテは外れることとなる。
 
「あのなトド松、悪いんだが」
 
「ん?何カラ松兄さん?」
 
さっさとなんとかして聞き出してしまおうと考えていたトド松だったが、そんな彼にカラ松が非常に申し訳なさそうに話を切り出す。
続いて出た言葉は衝撃の一言だった。
 
「オレ達は帰り道を知らない」
 
「・・・え?」
 
「というか知ってたら帰ってる」
 
「は、はぁあっ?!嘘っ?!じゃあどうやって家に帰ってきたの?!!」
 
まぁそりゃあ帰り道を知っていればこんな不気味な所には一分一秒とて滞在はしないだろう。
その辺りの理由を単に『怖がらせたかった』のだろうと考えていたトド松は、この言葉に思わず大きな声が出た。問いに対しカラ松はおそ松にも向けて返す。
 
「一松の話は嘘なんかじゃないんだ!!
本当に前はトンネルから行けた筈なんだが・・・」
 
「冗談でしょ?!ならどうやって帰るのさ!!
なんか目星とかないのっ?!」
 
4人は互いに視線を合わせたが、数秒後に首を横に振る。つまりは”ない”ということだ。
トド松絶望。どうすんのさと頭を抱えてその場に座り込む。
そこに近付き、その腕を掴んだのはおそ松だった。
ぐいっと力任せに引っ張られ、ずるずると引き摺られる形で連れられたトド松が文句を言う。だがおそ松は振り返りもせずに改札の外へと進んでいった。
 
「ちょ、ちょっとおそ松兄さん!!」
 
「おいお前どこに!!」
 
「に、兄さん?!危ないっすよ!!」
 
チョロ松と十四松がそう叫ぶとおそ松は漸く足を止める。しかし振り返ろうとはしない。
彼はそのまま背を向けた状態で、かなり不機嫌な声で告げた。
 
「帰り道探す
俺はトド松と行くからお前らも適当に別れて探せよ」
 
「何勝手に決めてんの?!」
 
「いいから行くぞ」
 
「ちょっともう!!わかったから手離して!!」
 
4人が止める間も無く、おそ松は告げることだけ告げるとスタスタとトド松を連れたまま夜道を歩いて行ってしまった。
2人が暗闇に見えなくなった頃、取り残された4人はどうしようかという目で互いを見る。どうしようも何も、帰り道を探すしかないのだが。
 
「・・・僕一松と行くから、カラ松は十四松と行って」
 
暫くして、チョロ松はそう言うと一松を「行こう」と誘って改札を出ようとする。
カラ松は尚も不安げだ。
 
「本当に別行動するのか?」
 
「しょうがないだろ
3組で探した方が早く見つかるだろうし」
 
「でもおそ松兄さんとトド松に何かあったらどうしよう」
 
「多分大丈夫じゃないの?
・・・・この周辺ならだけど」
 
「いろいろと変わったようだしな」
 
彼らはトンネルの方へ視線を移す。
不安は尽きない。しかし防衛だけしていても家には帰れない。
この場所を知る彼らはしかし、知らない事の方がはるかに多かった。だから探すしかないのだ。
 
「さっさと探して早く帰ろう」
 
チョロ松の言葉にカラ松は渋々と頷く。
4人は改札を出ると、3方向に分かれる道の真ん中に立った。
おそ松とトド松が行ったのは中央の道。そこを除いて右へカラ松、十四松、左へチョロ松、一松に別れて歩き出した。
電灯の弱い明かりを頼りにしながら、彼らは暗い道を進む。
 
————何もないことを祈りながら。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
ぽつぽつと電灯が立つ田んぼ道のど真ん中を歩くおそ松とトド松。何も無いように見えるが一応、目指しているところはある。
前方に見えるは大きな平屋の民家。
異様な空気に包まれるそこではあるが、家があるということは恐らく人もいる筈だ。
これが田んぼが荒れているとかであれば即廃村決定なのだが、田んぼには幾分背丈の低い、青々とした苗が生暖かい夜風にその葉を揺らしている。少なくともこの田んぼを手入れしている人間がいるということだ、というのがトド松の見解である。
家っぽいものはぽつぽつとあるものの、それらに電機は点いておらず、数メートル間隔で立っている電灯の明かりだけが頼りだ。
夜道の暗さにおそ松の腕へぴったりとくっつくトド松は、隣で不機嫌そうに歩くおそ松をあきれ顔で眺めつつも一緒になって進んでいく。
 
「ねぇ〜・・・やっぱり皆で行動したほうがいいんじゃない?」
 
「・・・・・」
 
「もー、おそ松兄さぁーん?一旦戻ろうよ」
 
トド松が戻る様促すも、おそ松はその足を止めようとはしない。が、表情は少々後悔気味といったところか。
何処とも知れない場所で少人数に別れるのは自殺行為もいいところ。しかしああ言ってしまった手前、おそ松はなんやかんやであの4人が心配になりつつも自分から戻ろうとは言い出せない。
そこで末弟トド松の出番というわけだ。
あと数回も「戻ろうよ〜」と言えば「しょうがねぇなぁ」と踵を返してくれる筈。トド松はさらに畳み掛けようと口を開いた。
 
「こっち暗いしさぁ、一回駅に戻・・・」
 
言いかけた時、横を向く視界の端にちらっと人影が見えた。
トド松はビクリッと肩を揺らして素早く前方を振り向く。同時におそ松は半歩前に出て小さな声で「後ろは」と囁いた。言われた通りに恐る恐る後ろを確認したが、幸い背後に人はおらず、おそ松に対して首を横に振って何もいないことを伝える。
もう一度目の前の人影を見ると、電灯の明かりに照らし出されたそれは・・・・一人の老婆のようだった。というのも、見た目はただの老婆なのだが、その顔の目がある筈の場所には眼球が無く、黒い穴がぽっかりと空いている。
 
「おやおや、懐かしい匂いだねぇ」
 
老婆は確かに、2人に向かってそう言った。歯の欠けた口をにんまりと曲げて。
懐かしいとはどういうことか。一瞬そう思ったものの、カラ松達の言っていたことを思い出してあの4人のうちの誰かと間違えられているのだと納得した。体臭まで同じとは畏れ入る。
しかしこの老婆が味方であると断言できるわけではない。2人はその場から動こうとはせず、老婆の出方を探る。
すると、老婆は少しばかり匂いを嗅いだかと思うと意外そうな顔をした。
 
「・・・ん?おやまぁ、あんた達だけなのかい?」
 
のったりとした声の指す”あんた達”とは一体誰のことなのか。その答えはすぐに出てきた。
 
「カラ坊達とはぐれちまったのかい、あの子たちはほんにいけないねぇ」
 
よく知る名前にどきり、と心臓が跳ねる。”カラ坊”とは恐らくはカラ松のことだろうが、何故そうも親しげなのか。
この老婆、一体何を知っている?
 
「・・・・・なぁばあさん」
 
「?!」
 
「んん?なんだい坊や」
 
きっとこの老婆はカラ松達が隠す何かを知っているに違いない、そう確信したおそ松は意を決して老婆に話しかける。未だしがみ付いていたトド松は”なんのつもり?!”と目をひん剥いたが、意外にも老婆から返ってきた言葉は優し気なものだった。見た目のわりに物腰は柔らかい。
 
「カラ松達のことについてなんか知ってんの?」
 
どうやらこちらの話を聞いてくれるらしいことに安堵しつつも、おそ松は聞きたかったことをそのまま伝えた。下手に隠しても仕方がない。それにどうやら、口ぶりからしてもこの老婆はおそ松達のことも知っているようだ。
勿論、おそ松とトド松は両目が刳り抜かれた老婆など知り合いにいた記憶はないのだが。
おそ松の問いに対し、老婆は数秒程黙ると「そうかい」と小さく呟いた。機嫌を損ねたか?といつでも逃げられるよう身構えたが違うらしく、老婆はまたにんまりと不気味な笑みを見せると
 
「あの子たちには都合が悪かったんだろうねぇ」
 
「言ってる意味わかんねぇんだけど・・・・
っつーかそうじゃなくてさ!!なんでばあさんはカラ松達のこと知ってんだよ?」
 
「当たり前じゃないか
あの子たちはここにいたんだから」
 
「は?」
 
「えっ・・・それってどういう」
 
「坊やたちも知っている筈だよ
思い出してごらん、忘れているだけさ」
 
2つの空洞は目を細めるかのような動きで穴を狭める。笑っているのだろうか。
正直2人には老婆の言っていることの意味がわからなかった。いた、とは文字通りなのだろうがそんな筈はないのだから。
だってこんな不気味な所にいた覚えはない。だからといって6人生まれてこの方離れたこともない。
 
・・・・筈。
 
一瞬の不安がよぎる。
生まれた時も6人。その後もずっと6人。一緒に離れず、赤塚のあの家で過ごした筈だ。
しかし小さな不安がじわじわと拡大し、ついには頭を占めてこう問い質す。
 
ほんとうにさいしょから”6人”だった?
 
「坊やたちがここのことを覚えていたら都合が悪かったんだろう
あの子たちがなんなのか、わかってしまうだろうからねぇ」
 
そうだ、あの時は今の半分も身長はなかった。・・・・あの時?
あの時とはいつのことだろう。
視界が回るような感覚にぐらりと目眩を感じ、倒れかけた2人は互いに互いを支え合う。
2人だけというこの状況にも酷く懐かしさを覚えたが、小さい頃に相棒だったのは互いに違う松だった筈だ。しかし確かに、昔2人はよく一緒にいた。・・・・否、
2人でいざるを得なかった。
 
「坊やたちは大きくなったろう?」
 
口で弧を描く老婆は優しい声音で問う。
耳を塞いだ方がいいのかもしれない。この先を知れば引き返すことはできないだろう。
・・・・・しかし、知らなければそのままだ。
 
「なぁトド松、俺たち」
 
さぁ過去に言われたことを思い出してみよう。
ある夏の日、海に行ったあの日、母は自分達をなんと呼んだか。
 
『そろそろ帰るわよー!』
 
海辺で遊ぶ2人に手を振った母はあの時———
 
『うちの双子ちゃーん!!』
 
『『はーい!!』』
 
 
 
 
「俺たち6つ子なんかじゃない
 
双子だ」
 
 
 
あの場にいたのは最初も最後も2人だけだった。
 
 
 
 
 
 
 
 
父と母の隣に座り、眠りこけた小さな2人は目を覚ました時には電車の中に2人きりだった。
停まった駅で降り、知らない田んぼ道を歩き、案の定迷った2人が出会ったのは同じく小さな、白い靄のような人型だった。
4つあったソレらは2人のことを見ると小さく呟いた。
 
『いいなぁ』
 
何が?と問えば4つともがバラバラに、しかし同じく指らしきものを2人に向ける。2人は互いに「ぼくの兄弟はやらないぞ!」とばかりにパシッと手を握り合ったが、4つの人型は尚もいいなぁ、と呟くばかり。
 
『楽しそう』
 
『外、出たいなぁ』
 
『出たことないの?』
 
『ないよ』
 
『外って楽しい?』
 
『楽しいよ!!まいにちイタズラして大人をこまらせてやるんだ!』
 
『ええ・・・いいの?』
 
『気にしてたらイタズラなんてできないよ』
 
『うらやましいなぁ
ここは面白いことなんてないからさ』
 
『こうくらくっちゃなー』
 
真っ暗なそこに楽しみがあるとは到底思えない。
いいなと羨むだけの人影は特に何をするでもなく、そのうちの一つがさらに小さく、本当にぽそりと、独り言のように呟いた。
 
『ぼくも兄弟ほしいなぁ・・・』
 
これを拾ったのが、その時隣のトド松の手を握るおそ松だった。
 
『そんならぼくたちの兄弟になればいいだろ!』
 
『え、いいの?』
 
突拍子もない言葉に4つの影は揺らぐ。
2人は首を縦に振り、4つの人型に対してその手を差し出した。
 
『ぼくたちふたごなんだ』
 
『いまさら3人4人ふえても同じだよな!トド松』
 
『だよなーおそ松』
 
『・・・・・本当にいいの?』
 
不安げな声、顔色を伺うような仕草。確認とばかりの言葉におそ松はぶすくれて乱暴に手を取った。
 
『男に二言はないやい!』
 
『本当に本当?』
 
『本当の本当だよ、しつこいなぁ』
 
呆れたように首を横に振ったトド松も人型の手を取ると、その腕をぐいっと引いて、「じゃあ帰ろう」と言う。何処に?と聞かれれば当然のように「ぼくらの家だよ」と答えた。
 
『まだ行ってないところがあったからそっちに行こう!』
 
『でっかいトンネルだろ?』
 
彼らは駅にあったトンネルへと駆けた。
帰ったら家族に言いたいことが山ほどある。
不思議な駅に行ったんだ、そこでこいつらと出会ったんだ、新しい兄弟ができたんだ。
暗いトンネルの中だって、2人だけなら少し怖かったかもしれないが、6人もいれば怖怖いものなしだ。
並んで出口へ向かう6人の小さい子供達・・・・揺らめく影はいつの間にか、同じ顔同じ服同じ容姿で、手を繋いで駆けていた。
 
 
そして
 
 
いつの間にか両親の下へ帰ってきた時には
 
『もう何処に行ってたの?!
しょうがない6つ子ちゃんねぇ・・・』
 
 
彼らは6つ子になっていた。
 
 
 
 
 
 
 
「ちょっとおそ松兄さん、いつまで怒ってるんだよ?」
 
「うわぁあああっ?!?!!」
 
「ひぇええっ!!」
 
「っ!!!」
 
「わっ?!なんだよ?!!」
 
「えっ、あ、チョ、チョロ松?」
 
「・・・・僕と一松だけど?
暑さでただでさえバカな頭やられたのか?」
 
「お前今の声どっから出たの?」
 
ぼーっとしていたおそ松は唐突に背後から肩を掴まれて数ミリほど飛んだ。聞いたことのある声に後ろを向いてみればそこにはチョロ松と一松の姿。ちらりと隣にしがみつくトド松に視線をやると、今にも泡を吹き出して死にそうな顔をしていた。
 
「トド松大丈夫?何かあった?」
 
「なっ、何かって!!
2人がビックリさせるからでしょ?!」
 
動揺と驚いたのも相まってトド松の声は少し震えていた。
何か、といえばあったにはあった。というか大部分はお前らのせいだ、とここまで考えておそ松はハッと老婆のことを思い出して辺りを見回した。しかし老婆の姿はいつの間にか消えており、勿論前方にも見当たらない。
これだけなら全て幻覚だったと思えるだろうが、生憎と記憶の方はしっかり蘇ってしまっている。それらを隠すつもりもなければ、気にするほど繊細な精神をおそ松はしていない。
しかし、彼はなんとは無しに言葉を出しかけた口を閉ざした。
 
「おそ松兄さん?」
 
「・・・んーやなんも?
こっちは収穫なかった
そっちはどうよ?」
 
口をついて出る嘘。あれ?と本人ですら無意識に出た言葉に首を傾げ、トド松もちらりとおそ松の方を見た。
 
「歩いてる人に聞いたら、向こうに向かって歩けばどこかしらに着くだろうって」
 
「どこかしらってどこだよ」
 
「さぁね?
でもひとまずはここ以外の場所に行ければいいだろ」
 
向こう、とチョロ松が指したのはどこまでも続く田んぼ道。電灯に薄く照らされた道はかなり不気味だ。
 
「うわぁ・・・くら・・・」
 
「ぇえー、向こう行って大丈夫?」
 
「・・・・・」
 
「一松?・・・おーい一松どうしたー?
お兄ちゃんの顔になんかついてるー?」
 
小さい頃はそこまで深く考えられなかったが今ならわかる。ここは今までいた世界とは違う。一歩間違えれば何処に行くかわかったものではない。
当時は案外危ない橋を渡ってたんだなぁなんてしみじみ思ってしまう。
なるべく危なっかしいことは避けたいところ。それ故に渋っていたのだが、説明をチョロ松に任せて自分は一歩下がったところにいた一松が、穴が空かんばかりに見詰めて・・・もとい睨んでくるものだから、おそ松はからかうように笑った。一松がそれにつられて笑うことはない。代わりに、
 
「2人共もう知ってるんでしょ」
 
ピシリッと2人は固まった。
言葉を返すことが出来ない。なんのこと?なんてはぐらかしでもすればよかったのだろうか?
一松の言葉に一瞬焦ったような表情を見せたチョロ松も、次にはため息をついてうな垂れた。
 
「何も言わないの?
嘘つきとか化け物とか」
 
フヒヒとお得意の不敵な笑みを見せる一松。彼の言わんとしている事はどうやら彼らについてのことで間違いないようだ。
どういう原理か知らないが、彼らはおそ松とトド松、はてやその周囲の人間にも違和感を持たれることなく、さも最初からいた兄弟のように振舞っていた。アルバム、お揃いの服、通っている小学校、すべてが元から存在していたかのように。
 
「暴走すんな一松
って言ってもなぁ・・・うーん・・・・」
 
眉を八の字に曲げたチョロ松は腕を組み、難しい顔をして唸る。
 
「家に帰すまでは責任持つよ、多分僕らの性だし」
 
ショックから声の出ないおそ松と驚きに固まるトド松。それをいいことにチョロ松は勝手に話を続けた。
 
「お前らが帰れたら僕達は消えるからもう少しだけ付き合ってよ
僕と一松はもう十分
カラ松と十四松は・・・僕がなんとか言っておく」
 
結構楽しかったよ、と小さな声で呟いたチョロ松は、未だ反応のない2人を悲し気な目で眺めた。
あの駅が”きさらぎ駅”という駅名であることを知った時、こうなることは既に予感していた。だからこそあのホームから彼ら2人を出したくはなかったのだ。
ここを巡り、封じていた記憶が蘇らないという確率はないわけではない。
 
ここはきさらぎ駅
 
あの世とこの世の狭間に在る場所
 
 
時々混じる空間は、生きている人間を誘っては暗いこの村へと呑み込んでしまう。
あの日、小さい頃のおそ松とトド松が迷い込んで来た時もそうだった。しかし彼らは大抵の大人達が恐怖して動けなくなるこの空間をものともせず、あまつさえ楽しそうに駆け回った。
その姿があまりにも楽しそうだったものだから声をかけたのだが・・・・まさか兄弟になるなんて、あの時4人のうちの誰も想像などしてはいなかっただろう。
さて、ショックなのはわかるがここは人間がいつまでも留まっていていいところではない。幻影であったとしても、仮にも20年一緒に過ごした兄と弟だ。出来ることなら無傷で生きて帰してやりたい。
 
「まずはあいつら探さないと」
 
「置いて行っていいんじゃない?
後々面倒臭そうだし
どうせここに戻ってくるんでしょ」
 
「そうだけど人数は多い方がいいだろ
それにゴリラ2匹いるのといないのとじゃ安心感が違うよ」
 
「ふひっ、ゴリラと野球怪物じゃないの」
 
2人が話を進める中、”戻る”というワードにハッとおそ松は我に返った。
あまりにもあんまりな内容に殆ど聞いていなかったが今・・・・こいつは、『ここに戻ってくる』と言わなかったか?
それはつまり、
 
「てめぇ何勝手なこと言ってんだよ?!」
 
「わっ?!びっくりした・・・なんだよ?
まさか僕達と一緒に行動したくないとか言い出すんじゃないだろうな?
だましてたわけだからわからなくもないけど今は」
 
「んなもん知らねぇよ!!」
 
怒鳴ったおそ松はそのままの勢いでガッとチョロ松の胸倉を掴んだ。殴られる?!とチョロ松は短い悲鳴を上げながらも反射的に目を瞑り、一松も慌てて止めに入ろうとする。ここでトド松もハッとしておそ松の腕に手を伸ばそうとした。
 
が、
 
「隠し事してたのは百歩譲って許してやるとして!!
その上勝手に兄弟やめるとかふざけんなっ!!!」
 
「・・・・え?」
 
「き、気にするところ・・・そこ?」
 
「・・・・・っはぁー、兄さんが奇跡のバカで本当によかったぁ」
 
おい!聞いてんのか?!と怒鳴って未だ射殺さん勢いでチョロ松にメンチを切るおそ松に、伸ばしかけていた手を引っ込めたトド松は大きなため息をついた。
対してチョロ松と一松といえば、先程のおそ松達のように放心状態となっていた。
脳内処理が追い付かず放心している間にもおそ松はぎゃんぎゃんと喚き、「おい!!無視すんなライジング童貞チョロシコスキー松ッ!!」との言葉が出てきたところでチョロ松は我に返り、目を吊り上げて怒鳴り返した。
 
「長ぇわ!あと童貞はてめぇもだろうが童貞パチンカスニート松!!」
 
「チョロ松兄さん、その発言は全滅しかねない」
 
「つーか今はそんなことどうでもいいんだよっ!!
お前わかってて言ってんのか?!人の話聞いてねぇだろ?!
お前の兄弟の半分以上人間じゃねぇどころか血も繋がってねぇんだぞ?!!」
 
「だから知らねぇっつってんだろうが!」
 
「知らねぇってこっちこそわけわかんないんだけど?!」
 
「20年一緒にいて顔も同じだったら兄弟だろ?!!」
 
「ツッコミどころあり過ぎて過労死するわァアッ!!」
 
ゴスゥッ!!
 
「ゴフゥッ!」
 
繰り出される腹へのボディブロー。拳はおそ松の腹へと綺麗に入り、おそ松は胸倉から手を離すとその場に膝をついて腹を抱えたままうずくまり悶絶する。その前で拳を固めたままのチョロ松ははぁはぁと息を切らしている。
 
「おまっ・・・お前!俺がどんな思いで!!」
 
拒絶されると思い、顔を合わせるのだって怖かったというのに・・・・。
不覚にも滲む視界に込み上げるものをチョロ松はグッと堪える。
だがそこにトド松が追い打ちをかけた。
 
「ボク達のこと見くびり過ぎなんじゃないの?」
 
「はっ、はぁ?!どういうこ」
 
「今更その程度のカミングアウト気にしないって言ってんの
まだチョロ松兄さんが地下ドルにハマってドルオタになったって話された時の方がドン引きだよ」
 
そ の 程 度 と は
想定外の言葉に開いた口も塞がらない。今話していることは決してドルオタカミングウトでも、ましてやドM発言でもない。だというのになんだこれは・・・・。
 
「2人共おれ達の話聞いてたよね?」
 
「聞いてたよ?」
 
一松が思わず確認するもトド松は素面で即答する。
 
「ならなんで」
 
ごく当たり前の質問だ。
考えてみてほしい。今まで血の繋がった家族と疑わず信じて一緒に過ごした兄弟が兄弟ではなかった。
あまつさえ人間ではない何かの上に、記憶を改ざんして平気な顔で寝食を共にしていた。
これで今まで通りでいられると思う方が無理な話ではないだろうか?
しかしこの問いにトド松は苦笑してなんだそんなこと?とばかりに答えた。
 
「だって兄さん達って元々人間っぽくなかったし
今更妖怪だとか未知の生命体だって言われてもねぇ〜、あーやっぱりー?としか思えないよ
ね?おそ松兄さん」
 
「っつー・・・十四松はドブ川でバタフライするし、カラ松はサイコゴリラだし」
 
膝に手をついて立ち上がるおそ松は弟達の人間離れした個所を上げていく。
そう、彼らにとってこの程度など取るには足らない。
 
「一松は猫に変身するし、チョロ松は自意識ヤバイし」
 
この20云年間で築いてきたものを崩すには至らない、極小さな事柄でしかなかった。
 
「びっくりはしたけどさぁー
俺言ったじゃん、男に二言はねぇって」
 
一度抱え込んだものをみすみす逃すつもりはない。
世界はどうやら、彼らが思っている程非情ではないらしい。兄と弟の発言に感動、というよりは絶句に近い形で口を開けずにいたチョロ松は、やっとの思いで言葉を絞り出す。まぁそれも2人に対する文句のようになってしまったのだが。
 
「お前ら・・・・僕が言うのも難だけど、もう少し危機意識持った方がいいよ」
 
この空間に戻ってきたと知った時、彼らが一番に恐れたのは2人の記憶が戻ることだった。
記憶を封じたのは何もやましいことがあったからではない。小さい頃のおそ松達は幼いが故に彼らを恐れることはなかった。しかし人間というのは大人になると得体の知れないものに恐怖を抱くものだ。それを知っていた4人は未来の拒絶を恐れ、あたかも自分達が最初からそこにいたかのように周囲の記憶ごと塗り替えた。
それがバレてしまえば、普通であれば確実に信用を失うだろう。そのくらいの感性は20年も人間として過ごしていればわかる。
だたここで一つ、彼らは大事なことを頭から抜かしていた。
“普通”なら、・・・そう、普通であったなら6つ子解散もあったかもしれない。
 
“カラ松達のこと、力ずくで止めなくて済みそうでよかった・・・”
 
チョロ松はほっと胸を撫で下ろす。2、3回死ぬ覚悟をしなくて済んだのは大きい。
特に離れたくないと言い出しそうな十四松のことを考えれば余計だ。
さて、どうやら受け入れられたらしい空気についていけていない者が約一名・・・・一松は口を半開きに固まっていた。彼は聞き分けはいいが誰よりも兄弟を想っている。元々自己評価が低いのも手伝って現状を認知出来ないでいるらしい。正に思考回路はショート寸前というやつだ。
その間にもチョロ松は「なら話は早い」とまず、カラ松達と合流してから田んぼ道が大きく広がる暗がりの方へ向かうよう説明し始めた。この情報は2人が別行動をしている時、背が3mほどもある黒い影から聞いた話なのだが、どうやらトンネルの方は最近に悪食名高い”獲り込みや”と呼ばれる混合霊が住み着いてしまったらしい。あちらは唯一人間が認識できる帰り道だ。それは考え方を変えれば餌になる。
話がここまでであれば詰んでいたのだが、どうやらどこに繋がっているのかもわからない道の方も現実に続いているらしい。確証のある話ではないにしろ、今はこの話を信じるより他にない。
 
「その人信用できんのー?チョロ松の友達?」
 
「いや人間以外の友達なんていないし
信用はできないけど行くしかないだろ」
 
「チョロ松兄さんと一松兄さんってここに住んでたんだよね?
なんで地元なのに地理そんなに弱いの?」
 
「地元って・・・僕らもここにいたのって2、3年だったからあんまりよく知らないんだよ」
 
「へぇー、てっきり何十年いるのかと思ってた」
 
偏見だがそういうものだと思っていたトド松は意外そうに目を丸くする。対しチョロ松は地元というワードに少々嫌な顔をした。
 
「お、おれっ、おそ松兄さんのことまだ兄さんって・・・呼んでいいの?」
 
「んー?何」
 
唐突に一松が口を開き、3人共が視線を一松へと向ける。
 
「おれ達まだ2人の兄弟でいていいの?あの家に帰っていいの?」
 
さっきは平然と戻る、なんて言ってみせたがこの2人と一番離れたくないのは一松だ。
自分の都合のいいように取っているだけでは?そんな不安から数度同じようなことを聞く一松におそ松は顔を歪めて呆れた声で返した。
 
「いいって言ってんじゃんしつけーなぁ」
 
「許してくれると思ってなかったし・・・」
 
「は?許してないよ?」
 
「え?」
 
「ちょ、おそ松兄さん?!」
 
「帰ったらビール奢れよな」
 
「・・・うん」
 
一瞬固くなった表情が注意して見なければわからない程度の笑顔に変わる。500円前後で買い戻せる仲ならいくらでも出してやろうではないか。
 
「ああいたっ!おーい!!」
 
「皆さんお揃いでっかー?!」
 
「あっ、カラ松と十四松じゃん
今からお前らのこと探しに行こうとしてたんだよ」
 
声のする方を向いてみれば、数メートル先から走ってくるカラ松と十四松の姿があった。4人の下に着くと早々、カラ松は困ったような表情でおそ松に文句を言い出した。
 
「お前が集合場所も言わずに行くからどこにいるのかと探したぞ」
 
「あーごめんごめん」
 
そういえば駅を離れる時に頭に血が上っており、すっかりそういったことが頭から抜けていた。軽く謝ればこいつ反省していないなという目でカラ松が見てきたが、おそ松はその視線を無視する。
しかしこの2人、どうやってこの場所を知ったのか。多分十四松の鼻をアテにここまで来たのだろうと察しはつくが、一応とトド松が聞くと
 
「ぼくが2人の匂いをたどって来たんだよ!!
トッティアロマの匂いするからわかりやすかった!」
 
「えー十四松俺はー?」
 
「おそ松兄さんは煙草!!アロマと混ざって超カオーッス!!!」
 
「あれ?ってことはチョロ松兄さん達はどうしてボク達がここにいるってわかったの?」
 
至極当然の疑問だ。チョロ松も一松も今までの生活から言えば十四松ほど人間離れはしていない。
ならばこの広い範囲からどうやってここを突き止めたのか。聞いたのはチョロ松と一松に対してだったのだが、ここで彼らより先にカラ松が平然とこの質問に答えた。
 
「一松は夜目も利くし、ブラザーの声なら100m先でも聞き取れるんじゃないか?」
 
「そうなのっ?!」
 
「一松兄さんすっごいよね!!」
 
「猫は夜行性だからな」
 
「銭湯で女風呂の音聴き放題じゃん!!」
 
「てめぇは食いつくところそこかエロ松!」
 
「うん、超よく聴こえる」
 
「ってお前も聴いてんのかよ!」
 
100mというと、このだだっ広く薄暗い田んぼ畑でも視認できないような距離だが・・・・。
驚くトド松を他所に半分の松は別トークで盛り上がる。が、ふとおそ松はカラ松の方を向く。熱い視線()に気付いたカラ松はお決まりのイタい言葉をかけようとしたのだが、それより先におそ松が口を開くことで肋骨折は阻止された。
 
「お前俺たちが知ってるの知ってんの?」
 
「知ってるのを知って・・・なんだ?」
 
「いやだから
お前らのこと思い出したの知ってんのって」
 
あと十四松も、とおそ松は付け足す。
つまりはおそ松達に全てがバレていることを把握しているのかというのを聞きたいのだが、チョロ松達はどんな原理か記憶が戻ったことを知っていた。ならばあとの2人も知っているのではと考えたのだが、それにしては妙にいつも通り過ぎる。
カラ松と十四松は互いに顔を見合わせると、またおそ松の方を向いて変わらない表情で答えた。
 
「勿論知ってるぞ」
 
「うん知ってるよ!!」
 
「こいつらみたいにヤバイとか思ったりしねぇの?」
 
「フッ、オレはおそ松とトド松を信じていたからな
取り乱す必要は・・・ない!」
 
「ぼくもぼくも!!2人なら大丈夫だと思ったから!」
 
「はぁー・・・これだからこいつら止めると思うと気が重かったんだよ」
 
「なるほどなぁ・・・」
 
信じてる、もとい『離れるつもりはない』・・・・もう何も言うまい。
さて、これで6人全員が揃った。チョロ松は収穫がなかったと謝るカラ松達に対し、先程おそ松達に話したことを伝えると、早速民家すら建っていない方へと全員で田んぼ道を進み始めた。
辺りは静かで暗く、進むにつれて電灯はその本数を減らしていく。一行は気晴らしに他愛もない話をしながらも、無意識に互いの間隔を狭めながら進んでいく。
 
「そういえばお前達はどうやってオレ達の秘密の箱をオープンできたんだ?」
 
「は?」
 
「あっ、何故ここでのことを思い出したんだ?」
 
「目のないばーさんに会ってさぁ
直接的なことは言われてないけどなんか思い出した」
 
「目無し婆の仕業かよっ!!」
 
「目無し婆?」
 
「目無し子沼の婆さん、略して目無し婆」
 
「そのまんまじゃん」
 
「向こうにある沼に住んでるんだ
よく足を引かれて沼に落とされかけた」
 
「それ大丈夫?」
 
「だいじょーぶいっ!!水の中でも息できるよ!!」
 
「お前はできるだろうな」
 
「でもあの沼の水は死んでるんでできれば入りたくないッス」
 
「それな」
 
「目無しばぁ超いたずら好きだから、おれ達のことからかって教えたんじゃないの
あんた達が受け入れるのわかってて」
 
「お前らよりばあさんのがよくわかってんじゃん」
 
「うっ・・・しょうがないだろ
僕だったら少なくともドン引きしてるよ」
 
「カラ松兄さんこっちでは空坊って呼ばれてたの?」
 
「婆さんが言ってたのか?」
 
「うん、親しそうだったけどそうでもないんだね」
 
「お前らって漫画みたいに変身とか出来たりすんのー?
あ、一松は猫になるか」
 
「ぼく野球マン!!」
 
「それ変身とちゃいますがな〜」
 
「あんれまぁせやったなぁ一松はん」
 
「昔の形ならあるけど」
 
「何それ
ていうかお前らって幽霊かなんか?」
 
「それに近いと思うよ」
 
「ああ、オレ達は———」
 
ドッシャァアアアアアアン!!!
 
カラ松が言いかけたところで言葉は背後からの爆音にかき消された。
風圧がブワッと迫り、よろめきながらも彼らは振り返る。
 
———そこにあるのは、巨大な足だった。
 
「・・・・む、村が・・・ギルトガイなオレを離さなくてつらいぜぇ〜?」
 
「提案、クソ松を置いて逃げよう」
 
「「「「賛成」」」」
 
「ぇええっ?!」
 
これはカラ松が悪い。普段であればここで一松の拳が飛んでもおかしくはないのだが、そうふざけている余裕もなかった。
ビル4階建てを裕に超えるそれに胴体はなく、さらに言えばもう片方の足もない。首を傾げたがすぐに理由はわかった。田んぼを踏みしめる巨大な足のすぐ下に、トンネルの奥で見た男性がいた。不恰好なそれは体を不気味にくねらせ、巨大化した足を上へと上げる。
最早恐怖より生理的な拒絶反応が占める割合のほうが大きい。
 
「きっもちわるっ!!!!」
 
「言ってる場合じゃないと思うぞ?」
 
「ま、まさか幻覚だろ・・・・」
 
本心がそのまま出てきたトド松の言葉に冷静にツッコミを入れるカラ松。当のツッコミ担当は引き攣った顔で幻覚だとのたまっている。
宙に浮いた足は土をぱらぱらと落とし、20cmほど窪んだ足跡の先、もといおそ松達の方へと動き出した。
 
「走れ————ッ!!!」
 
おそ松がそう叫んだと同時に6人は前方へと全速力で走り出した。数十秒後、ドシャアッンという派手な音を立てて地面に降りた足は胴体をぶら下げてさらに前へと歩を進めていく。
 
「常識的に考えてありえねぇだろ?!」
 
「もーなんなのあいつーっ?!」
 
「最初に着いた駅
あそこ”やみ駅”っていって黄泉への電車が止まる駅の1つ
ヤバイやつしかいないって聞いたことある」
 
「そこから来たってことか?!」
 
「一松兄さん物知りでんなぁ!!」
 
「昔にあっちで餓鬼やってたやつが教えてくれた」
 
「ヒェ〜チョロ松お手柄じゃん」
 
「そっち回避できても今これじゃ意味ないだろ?!」
 
「カラ松兄さん肝心な時に使えないよねぇっ!!!」
 
「うっ・・・!!す、すまないブラザー!昔はよく視えてたんだが最近視えなくなってきてなぁ」
 
「しみじみ言ってる暇があったら走れ!」
 
6人揃って20代、いい大人が全力で田んぼ道を駆けてその後ろを巨大な片足が追う様は第三者から見ればかなりシュールな絵面だ。しかし追いかけられる本人達は堪ったものではない。決して運動能力が低いわけではないのだが、どんなに走っても後ろとの距離は縮まっていく。ピンチの時にいい案を出すおそ松も、流石にこの状況の打開策は思いつかないのか表情は険しい。
いよいよすぐ後ろに風圧を感じ、死を直感するも尚も諦めずに走り続ける6人。
その時、カラ松、チョロ松、一松、十四松がザッと同時に足を止めて後ろを向いた。
目の前には止まることなく迫る巨大な足———————
 
「っ?!!お前ら何してんだっ!!!ひき殺されるぞっ!!」
 
「まさかおとりにでもなるつもりっ?!
バカ?!!あんたらが死んだらボクも死んでやるからっ!!!」
 
おそ松、トド松はフッと消えた4人の姿に後ろを振り向き、立ち向かう4つの背に叫んだ。頭上へと振り落とされる凶器に4人は動こうとはしない。
踵を返し、4人の方へ走るおそ松、トド松。だが、
 
「勝手に殺すなブォケ!!!前に走れ!!」
 
チョロ松がそう叫んだ瞬間、青、緑、紫、黄の閃光が足の裏へと放たれた。4つの線は足にぶつかって尚止まることはなく、肉を貫通し空へと走る。描かれた線は放たれた方向、4人の方からゆっくりと掻き消えていった。
巨大な足は血のようなどす黒い何かを噴き出しつつも上の方へと弾かれ、バランスを崩すと横の田んぼへと高波のような水飛沫を上げて倒れた。
おそ松、トド松は何が起きたのかサッパリわからなかった。ただ1つわかることは、踏み潰されると思っていた4人が生きて此方に走ってきていることだけ。
 
「何をしているんだ!!早く走れ!」
 
「いいいい今の、なっ、ぇぇえっ?!」
 
「チッ・・・今のでも死なねぇのかよ・・・!!!」
 
「ぼく連発してきていいっすか?!いいすか?!?!!」
 
「なっ・・・・?!!お前ら今のなんだよ?!」
 
「ノーン駄目だ十四松、人成らざる秘技はブラザーでも一度が限界だぜぇ?」
 
「説明はあとでするから走って!!次起き上がられたら僕らでも防げないから!!」
 
「ッ・・・・!!
お前ら長男様の質問攻めから逃げんじゃねぇぞ!!!容赦しねぇからな!!」
 
「ふひひ・・・言葉攻め付き?期待してるね」
 
「期待しなくていいからドM松兄さん!!」
 
今は逃げることが最優先。起き上がろうとする足を見向きもせずに再び彼らは前方へと駆ける。
後ろを気にしている暇はない。その時間ですら惜しいとばかりに限界まで走り、
 
辺りが白んできた頃だった
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「ハッ?!」
 
「おはようニート達
起きたならさっさと洗濯物出しておきなさいよ」
 
「へ?!あっ、」
 
「ン・・・?マミー?」
 
「こんなところで寝て・・・あんた達ももういい大人なんだから体力考えて遊びなさい」
 
チュンチュンと窓から聞こえる鳥の声。タバコのにおいが混じる見慣れた風景。
身を起こした彼らは唖然と、洗濯物を抱える母を見た。
周りへと視線を移せばいつもの家の居間で、その辺に海に持っていった荷物が散乱している。いつの間に帰って来たのだろうか。・・・いや、もしかすると夢だったのかもしれない。
 
「朝ごはん作るから3ニートこっちに来なさい」
 
体は疲れと固い床で寝たことも重なってだるい。出来ることならギリギリまで寝ていたいところだ。
彼らは何を言うでもなく視線を合わせると、片手を挙げて叫んだ。
 
「「「「「「最初はグーッ!ジャンケンポンッ!!」」」」」」
 
「あ ーっ!!!お前後出ししただろっ?!!」
 
「してないから!!ほらさっさと行ってきて〜」
 
「渾身のシザークロスがッ・・・!!くっ」
 
「チッ、負けちゃったー」
 
「今お前舌打ちした?え?舌打ちしたよね?」
 
「マッスルハッスルおはようございマーっスル!!」
 
「十四松怖っ・・・」
 
騒がしい一日が今日も始まる。

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