飼育小屋

お題:飼育小屋/まう一松十四松小説

 1.

 ぼくの名前は、松野十四松。
 この新学期から、新しく飼育係になったんだ。
 学校のグラウンドの端っこにある飼育小屋にはねえ、ピーチクパーチクいっぱい鳴いてる鳥さんたちがいるんだよ!
 ぼくと同じ名前の、『十姉妹』って子たちもいるよ!
 ぼくは六人兄弟の五番目で、今よりもっと小さいころは『ジュウシマツ』なんて長い名前は呼びづらいからって、他の兄弟よりも呼んでもらえることが少なくって。
 だから、ぼくはいつでも、『ねえ、聞いて聞いて!』って、自分から声を掛けていく。
 六つ子って珍しいんだって、六人兄弟とは違うの?って聞かれると、よくわかんない!

 だけどぼくは、上に兄さんが四人と、下に弟が一人。
 みんなぼくの大切な兄弟で、家族!
 同じ日、同じ場所で生まれた、大事なぼくの仲間だよって!

「みんなー、ごはんだよー!」

 飼育小屋に毎朝ご飯をあげに行くのは、ぼくのお仕事!
 下には砂を敷いて、ご飯の籠には小さいゴマみたいな粒の鳥さんたちのご飯を入れ替える。
 ここで油断しちゃいけないのが、外から見ていっぱい残ってる!って思っても、実は鳥さんは外側の茶色い殻だけをきれいに残して、中を食べてしまうのだ。だから、ふーって息を吹きかけると、空っぽの殻だけのやつは軽いから飛んでいっちゃう!
 また新しいご飯に入れ替えて、お水も新鮮なものにして、小屋の中をお掃除すれば、朝のお仕事は完了!
 ぴいぴいって、鳴く鳥さんたちの声は、とっても可愛いんだよ!
 おはよう!って言うと、ぴいぴいってお返事してくれるんだ!
 ぼくはうれしくって、鳥さんたちと一緒に歌を歌う。
 インコに文鳥に十姉妹、とくに寄り添って兄弟みんなで同じ止まり木に止まってるのは、十姉妹!
 ぼくたち兄弟と一緒だね!なんて、いつも笑顔で話しかけてた。
 朝と夕方の二回、毎日欠かさずに。
 他の飼育係の子は、係を決めた時からめったに来なかった。
 それでも、ぼくはちっとも構わない。
 むしろ鳥さんたちと一緒の時間を邪魔してほしくなかったから。
 小屋の中を掃いていると、慣れた子がぼくの肩に乗って、ぴい、と甘えるみたいに鳴くのがかわいい。
 みんな大好きで、大切で、元気でいてくれたら、とってもうれしいよって!

 そんな風に、毎日学校に行くのが楽しかったんだ。
 毎朝、教室に行くよりも先に、飼育小屋に行って、鳥さんたちに「おはようございます!」って言うのが。

 楽しかったんだ。
 楽しかったんだよ?

「……なんで?」

 いつもの通り、ぼくは鳥さんたちのために朝、飼育小屋の前に来ていた。
 砂の上に散らばった鳥の羽根。色とりどりのはずなのに、どれもどす黒い血で汚れてる。
 飛び散った羽の跡、無残にちぎれたかわいそうな姿に、ぼくはぼうぜんとする。
 何が起こったのかわからない。
 何があったのかもわからない。
 わけがわからなくなって、わあわあとその場にしゃがみ込んで大泣きしてしまうと、声を聞きつけて一松兄さんが来てくれた。

「十四松! ……これ……」

 すぐに一松兄さんは他のみんなも呼んでくれて、先生も駆けつけてきてくれた。
 立てなかったぼくを引っ張り上げて、一松兄さんが歩かせてくれる。
 頭ががんがんする。泣きすぎた目もじんじん腫れて痛い。

「一松兄さん……ごめんなさい……」

「……いいよ、別に」

 うえ、ええ、と涙がまた溢れてくる。
 落ち着くまで保健室に行こうって、兄さんが連れて行ってくれた。
 その日は結局、放課後までベッドから出てこれなかった。
 だって、目を閉じると朝の光景が浮かんでくる。

 もう、二度と鳴いてくれない鳥さんたち。
 動かなくなってしまった鳥さんたち。
 変わり果ててしまった飼育小屋の中。
 暴れ回ったんだろう、飛び散った羽があちこちに生々しく残されて。どんなにあの子たちが怖い思いをしたのか、考えなくても伝わってくる。

 ひどいよ、ひどい、なんてひどい!

 身体がぶるぶると震えて、止まらなかった。
 先生が何回か声を掛けてくれたような気がした。
 それでも、やっと動けるようになったのは、カーテンを開けて一松兄さんが入ってきてくれてからだった。

「十四松……警察の事情聴取だって言うけど、おれも……一緒に、いるから」

「う、ん……」

 のろのろと起き上がる。
 紺色の制服を着たお巡りさんは、帽子をかぶっていて顔がよく分からなかった。
 声の感じは若い人みたいだった、でも、どうでもいい。

 お巡りさんから、ぼくが第一発見者だと告げられる。
 現場の状況、いつもと違う様子、気づいたこととか、色々聞かれたけどよくわからなかった。
 ぼくが答えられない時は、一松兄さんが答えてくれた。
 いつもは無口なのに、今日はたくさん喋ってくれてる気がする。
 となりにいてくれて、ぼくがまたぶるぶると震えてくると、手をぎゅっと握ってくれて。

「……もう、いいでしょ? こいつだってかなりショックだったんだから」

 そう言って、お巡りさんからの事情聴取を切り上げてくれた。
 ぼくはもうふらふらで、思っていたよりも精神的に疲れてたみたいだった。
 どうやって帰ったのかは覚えていない。
 気が付いたら、家に帰ってて、いつも寝てるみんなと同じ布団で寝ていた。

 ぴい、ぴい、とまだ耳に残っている、鳥さんたちの声。

 また明日ね!って、ばいばいって手を振ったのが、最後になるなんて。

 2.

 翌日、飼育小屋には立ち入り禁止のロープが張られていた。
 元々、ぼく以外の生徒はほとんど立ち寄らない場所だったから、みんなの関心もあんまりないようだった。
 警察の人が調べた結果は、飼育小屋の網の一部が破れていたことから、外から入ってきた動物の仕業じゃないか、なんてそんなところで決着がついたらしい。
 大人の中では、不審者の仕業じゃないか、とか、まだ犯人が見つかってないんじゃないか、とか、色々言われてたみたいだったけど。
 学校の周りの防犯カメラを調べてみても、怪しい人は見つからなかったって。

「きっと、野良猫の仕業でしょう」

 そんな風に締めくくったのは、ぼくに事情聴取をしたお巡りさんだった。
 ぺこりと一礼をして、自転車に跨って行ってしまう。
 担任の先生から肩を叩かれて「大変だったな松野、あまり気を落とすなよ」と言われる。
 普通に授業を受けて、放課後になると自然と足が飼育小屋の方へ向かっていた。

 もう、中は空っぽになってしまったのに。
 もう、鳥さんたちの声は聞けないのに。 

 傷ついた姿の鳥さんたちは、みんなきれいに片づけられてしまった。
 破れた網の部分には、ネットを掛けて応急処置がしてあった。
 また次の動物が入ってくるまで、と言うよりも、もうここには何の生き物も入ってこないような気がする。

「……十四松、ここにいたの?」

「一松、にーさん……」

 ぐし、と袖口で目をこする。
 泣いてない、もう、泣かない。
 にこっと笑って、空元気でも何でもいいから。

「ごめーわく、おかけしやした! もー、だいじょうぶだから!」

 かえろー!と、一松にーさんに向かってぶんぶんと手を振る。
 そっか、ととなりに来てくれたにーさんと並んで、家路につく。

 ふいに、飼育小屋の方を振り返って、一松兄さんが呟いた。

「……猫は、あんなことしないよ」

「え……?」

 ぼくが目を丸くすると、一松兄さんは肩を丸めてマスクで口元を覆い隠してしまう。

 3.

 空っぽになってしまった飼育小屋の中で、また生き物の姿が見られたのは、それから一週間後のことだった。
 今度は黒山の人だかり。
 生徒は一切立ち入り禁止、と言われても人の口に戸は立てられない。
 先生や警察や報道陣、その他もろもろのすごい騒ぎになってしまった。

 何故なら、飼育小屋の中で発見されたのは、あのお巡りさんの死体だったんだから。

 仰向けになって小屋の中で折れ曲がるようにして倒れていたところを、用務員のおじさんが見つけたらしい。
 部活の朝練でたまたま目にしてしまった生徒から、担架で運ばれていったとき、ぽろぽろと何かが落ちてしまったのを、慌てて拾い集めていたらしい。

 それから少しして、ネットの噂で知ってしまった、真相は。

 飼育小屋の中で、大量の猫たちから、はらわたや肉を喰われて、ずたずたに千切れてしまった、お巡りさんの無残な姿。

 その写真はすぐに削除されてしまったけれど、猫たちがむしゃむしゃとまるで美味しそうに獲物に向かって食らいついている姿が、一瞬見ただけでも強烈な印象だった。

 真相は、闇の中。

 あのお巡りさんが、飼育小屋の鳥さんたちを殺した、犯人だったのかもしれない。
 そして、犯人(人でない場合はなんて言うんだろう)の汚名を返上するために、猫たちが真犯人に報復をしたのだとしたら。

「……十四松、何考えてるの?」

 ふひ、と唇をゆがめて、一松にーさんが笑っている。
 今日は満月、二階の窓からこうこうと月光が降り注いで、眩しいくらい。
 みんなが寝静まってしまった夜、窓を少し開けて、カーテンがひらひらとなびいてる。
 窓枠に腰かけて、今にもふらっと夜の散歩に出てしまいそうな、猫みたいなにーさん。
 きらきらと、その目を覗き込んだら、金色に光ってるんじゃないかと思って、近づいてみたくなる。

 一松にーさんが、もし、そんなことができるとしたら。

「んーん! 何でもないっす!」

 ぼくは笑って、ごまかした。

(終)

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