河童

お題:河童/まうおそ松カラ松チョロ松一松十四松トド松その他小説

 1.

『もしもし、すみません、松野のお兄さんですか——?』

 その日、一本の電話が松野家に掛かってきた。
 父は仕事、母も買い物に出かけており、家にいるのは六つ子のうちの五人のニート達。
 電話の主は、兄弟にまたも黙って単独行動を取っていた末弟・トド松の友人である、あつしと言う男からだった。
 電話口から、切迫した様子が伝わってくる。どうやら病院から掛けてきているようである。

 事の経緯はこうだった。

『滝、見に行こうよ! あつしくん、車持ってるんでしょ? 女の子たちも誘ってさ!』

 それが一週間ほど前のこと。
 あつしは車で先に女の子を二人乗せ、トド松と合流し四人でとある県の山間にある滝を見に出かけた。
 真夏の照りつける太陽も、山の中へと入っていけば木漏れ日となり、爽やかな森林浴も兼ねて四人はドライブを楽しんでいた。
 そうして、目的の滝が見える場所に近い駐車場へ車を付け、そこから10分ほど山道を行く。
 女の子二人はそれぞれおしゃべりを楽しみつつ、トド松も女の子たちの輪に自然と入っていく。
 あつしはそんな三人の様子を微笑ましく見守りながら、時計を見下ろし今が昼前の11時過ぎになることを確認した。

 観光地ガイドに載っているほど有名と言うわけでもなく、それでも地元の人間に聞けば、あそこだよ、と説明されるほどの知名度の滝だった。
 岩場から流れ落ちる清流は水しぶきを上げ、夏の暑さを忘れさせてくれる。
 ざああ、と流れ落ちる三メートルほどの滝を見上げ、ふわあ、と童心に返ったように四人は目を輝かせた。
 すごいね、今日、来てよかったね、と笑う女の子たちへ、トド松も楽しそうだ。
 あつしは昼食をどこで取ろうかと、用意してきたバーベキューセットを広げる場所に目星を付けようとする。
 その、目を離した一瞬だった。
 滝からの水しぶきとともに上がる風に、女の子の一人が被っていた帽子が持って行かれてしまう。岩場の隙間に挟まり、滝のそばまで下りていかなければ届かないだろう。

『大丈夫、ボクが行ってくるから! こう見えて、ロッククライミングとかもやってるんだ』

 ウインクをして、任せてほしい、と言うトド松に女の子たちは羨望の眼差しを向ける。
 大丈夫だろうか、無理はしないでほしい、とあつしもはらはらするが、トド松はひょいひょいと大きな岩から岩へと渡っていく。
 滝つぼの、水面に付くか付かないかと言う隙間に、女の子の帽子はあった。
 トド松が帽子のつばをつかむと、岩に挟まっているのか、なかなか取れない。あまり強くひっぱっては帽子が壊れてしまうかもしれない、と、もう一段降りようとした時だった。

 にごった緑色のウロコ塗れの腕が、トド松の手首をつかんだ。

 ひっ、とトド松は息を呑む。反射的に帽子から手を離そうとしても、もう遅かった。
 子どもの腕のようにも見えるが、その力は大の大人よりも強い。
 ぎりぎりと手首に跡が付くのではと言うほど強くつかまれ、そのまま岩場から水面に引きずり込まれる。

『トド松くん!』

 上から見ていた女の子二人が、悲鳴を上げる。
 あつしも慌ててトド松の元に駆け降りるが、既に水の中に引きずり込まれた後だった。
 ぶくぶくと泡だけが浮かび、やがて小さくなり、消えてしまう。
 どうどうと滝の落ちる音だけが、その場で響いていた。

 2.

 あつしからの一報を受け、茶の間で六つ子(この場合は五人だったが)会議が開かれた。
 最初に挙手をしたのは三男のチョロ松だった。

「あのさ、別に放っておいてもよくない? あいつが勝手に遊びに行って、勝手に病院で寝込んでるってだけなんだし」

 滝つぼに落ちたトド松は、姿が見えなくなってから10分ほど後に水面に意識を失った状態で浮かんできた。
 あつしが飛び込み、引き上げて身体を横向きにさせ、背中をたたいて水を吐き出させる。すぐに意識を失ったのか、あまり水を飲んではいないようだった。
 身体を揺さぶり、名前を呼びかければトド松はゆっくりと目を開けた。
 そして、何かを言ってはいるが、ほとんどふにゃふにゃと聞き取れないような状態だった。
 何か恐ろしい目に遭ったのか、夢うつつのような、正気ではないことがすぐにわかる。
 あつしは女の子たちに車に戻るように言い、トド松を背負って自分も車に乗り込んだ。
 そして近くの病院へと運び、女の子たちを家へと送り帰す。再び病院に戻り、医者から家族への連絡をお願いします、と言われたところでようやく松野家へ電話が鳴ったのである。
 医師からの診断では、一時的な心神喪失、原因ははっきりとは分からない、とだけ告げられた。
 しばらく検査入院の必要もあるかもしれない、脳波も調べてみないと、と費用などのこともあり、金の工面をどうするかと言われれば、

『ボクの責任です! お金はいくらでも出しますから!』

 と、友情に厚いあつしが、気前よく入院や検査費用を負担すると言って出た。
 さすが一軍のあつし君、と末弟の見る目はやはりただものではない、と兄たちは見直すが、根本的な解決にはなっていない。

「何を言ってるんだチョロ松、今はトッティの一大事じゃないか! 早く病院に行って、ブラザーを元気づけてやらないと!」

 無駄な使命感を燃やす次男、カラ松の熱さに、うんざりしながら四男の一松がぼそりと言う。

「……溺れて意識不明ってのは分かるけどさ、その後も様子がおかしいって、何か変じゃない? 滝つぼに落ちたって言うより、何かに引っ張り込まれたみたいにも見えたって……言ってたんでしょ?」

 妖怪か幽霊の仕業かもね、と一松は不気味に笑う。
 ぞっと背筋が冷たくなるも、はいはいはははーい!と五男の十四松が声を上げる。

「とりあえず、現場に行った方がいいと思いマッスルハッスル!! トッティのことも、心配だし!」

 うんうん、と弟たちの意見を聞き終え、あぐらをかいていた長男のおそ松が膝を叩く。

「んじゃ、とりあえずあつし君ってのと合流すっか。話によると、使われなかったバーベキューセットの肉も、たんまり残ってるみたいだし!!」

『他人の金で食える肉、サイコー!!!』

 五人の声が一つになった。
 どこまでもクズな六つ子である。

 3.

 あつしが松野家の前まで迎えに来ることを電話で打ち合わせし、五人の兄たちはそれぞれ支度を整えた。

「あ、ちょっと待って」

 と、チョロ松が神棚から何かを取り出して中身を取り換えていた。
 それを見て、一松だけが何かに気付く。
 だらりと猫背のまま、ジャージのポケットに両手を突っ込んだまま、一松はそっと耳打ちする。

「チョロ松兄さんにも、分かったの?」

「……まあ、予想が当たってないといいなって、思っただけ」

 はあ、と自称常識人の兄の苦労を、皮肉屋の弟は笑う。
 ファミリータイプの大きなワゴン車が松野家の前に到着する。
 あつしは身なりのいい、いかにも金を持っていそうな大学生、と言う雰囲気だったが、今は友人の一大事と言うこともあり、緊張した面持ちだった。

「お兄さんたち、すみません。よろしくお願いします」

「まあまあ、そんなに固くならないであつし君。弟の不祥事は兄貴がちゃあんと責任取らなくっちゃね!」

 がっしりと握手を交わし、おそ松はあつしを金づると認識すると、気前のいい笑顔を浮かべて見せた。
 うわあ、とその背後で弟たちがドン引きしていたが、いち早く乗り込んだのはカラ松だ。

「さあ、トッティのソウルフレンドあつし! オレたちをブラザーの元へ案内してくれ!!」

「あ、病院に寄ってから滝のところまで行くと、今からだとどれくらい掛かりそう? あんまり夜の山って行きたくないんだよねえ」

 チョロ松が時計を確認すると、今は14時を回ったところだった。
 トド松の入院している病院までは1時間半ほど、滝まではそこから30分ほどだと言う。

「夕方までには着けるんじゃない? まあ、夜になる前に片付けりゃいいっしょ!」

 へへっ、と鼻の下をこすっておそ松が何の根拠もなく笑う。
 ぶん!と、その横で十四松が豪快にバットを振り回す。

「ぼくが、トッティに悪いことしたやつを、とっちめるよ! いちげきひっさつ、ほーむらーん!!」

「十四松、車乗るからバットはしまって」

「あいっ!」

 一松の言葉に、十四松は大人しくバットをしまった。だが、いつでも振り回せるようにと手からは離さない。
 助手席にカラ松、二列目にチョロ松とおそ松、三列目の最後尾には十四松と一松が乗り込んだ。

 4.

 山のふもとにある病院に到着して、受付に行くと看護師から一目でトド松の身内のものだと察してもらえた。こういう時、六つ子と言うのは便利である。

「トッティ!」

 十四松が駆け寄ると、「あははー、うへへー」と腑抜けた声をベッドの上でトド松は上げていた。
 兄たちがやってきたことに、気付いた様子はない。
 完全に腑抜けとなってしまっているようだった。

「ブラザー! お前の兄が来てやったぞ! さあ、目を覚ますんだ、お前の世界はここだ! 目覚めろトッティ!!」

「………」

 カラ松の呼びかけにも、答える様子はなかった。
 目はうつろで、焦点はどこにも合っていない。

「……これじゃ、面会の意味もないでしょ。じゃあ、次行かない?」

「一松! お前、薄情すぎるだろう!? トド松が今、一人でどんなに心細かったか……」

 さめざめと泣きだしそうになるカラ松を、おそ松が襟首を引っ張って病室から引きずり出す。

「はいはーい、俺たちの出来ることはここにはねぇってさ。んじゃ、あつし君、次よろしくー」

「は、はい、滝の場所まで案内しますね」

 すっかりおそ松をリーダーとして認めたようで、あつしは五人を乗せて滝の場所まで向かう。
 既に日が暮れ始め、あたりは夕焼けに照らされていた。
 どうどうと落ちる滝の音だけが静かに響いていく。
 昼間は涼しい、と感じていたが今は少し肌寒ささえ感じられる。
 トド松が下りた岩場とは別に、滝のそばへと行ける石段を見つけた。地元の人間が使っているものなのか、あつしがトド松を引き上げたときにはそこを使ったと言う。
 滝つぼのそばには、茂みと別に二メートル四方ほどの平らな場所があった。そこだけは土がむき出しになっており、踏みならしてあるように固くなっている。

「んじゃ、ここでいいんじゃね?」

 おそ松が告げ、夕方のバーベキューパーティが始まった。
 元々が四人分の量だったが、後から気を利かせてあつしが肉を買い足していた。
 強い責任感を感じているのか、肉や野菜が焼きあがっても、あつしは中々食が進まない。

「……隣、いい?」

「あ、は、はいっ、どうぞ」

 すとん、と一松があつしの横に座る。はい、と焼けあがった肉と野菜の串を押し付けるように渡す。

「うまく言えないんだけど……あんたの、せいだなんて……おれたち、誰も思ってないから……」

「……え?」

 あつしが目を丸くすると、がぶりと一松は肉にかぶりつく。
 したたる肉汁で唇を汚し、はぐはぐと一松は無言で食べ続けた。

「はい、ビールあるよー!」

 あいあい、と伸びきった黄色の袖のパーカーで、両腕に缶ビール抱えて十四松が二人の元にやってくる。
 酒なんて飲める気分じゃ、とあつしが断ろうとすると、「飲んだら?」と一松がまたも押し付ける。

「……いただきます」

 ぷし、とプルタブを引き、ぐびりと一気にビールをあおる。
 飲んでなければやっていられない、そう言う時もあるのだと、あつしはアルコールの回る頭でぼんやりと思っていた。

「なあチョロ松ー、次の肉はー?」

「うるせえボケ長男! 人に焼かせてばっかりじゃなくて、お前も動けよ!!」

 網のそばでトングをつかんだまま、チョロ松が怒鳴る。既におそ松は缶ビールを三本空けており、大ぶりの肉に噛み付き、すっかりバーベキューを満喫している。

「あ、肉が無くなった。カラ松、クーラーボックスから取ってきてー」

「な、なあチョロ松、おそ松も……本気で、トッティのことを心配しているんだよな??」

 ?マークを浮かべたまま、カラ松はいまいち乗り切れていない。
 バーベキューは確かに美味いが、今はそんなことをしている場合なのだろうか。カラ松の中では、かなりフィルターが掛かってはいるが、ベッドの上でうなされているトド松の様子がリフレインされていた。何故か「助けて……カラ松兄さん……」と、ねつ造までされている。

「はいはい、ちゃんと心配してるから。今は肉取ってきて、ほら、早く!」

「あ、ああ……」

 端に置いていたクーラーボックスの方へカラ松が行くと、何故かふたが開けっ放しになっていた。
 板氷とともにバーベキュー用の肉がまだ一パック丸々残っている。だが、野菜の袋が破られている。冷やしキュウリにしようと思っていたキュウリだけが、丸ごと無くなっていた。

「は?」

 まさか野生の動物の仕業だろうか、とカラ松は慌てて辺りを確認する。ふと足元に、キュウリの齧りカスが落ちていることに気づき、しゃがみ込んで茂みを覗き込むと……、

 ぱり、ぽり、と小気味いい音をさせ、“何か”がキュウリを齧っていた。

「ひっ……!」

 カラ松が飛び退くと、慌てて“何か”も立ち上がる。それは身長120cmほどの、子どもほどの背丈のある、だが、人間とはとても思えない姿をした生き物だった。
 にごった緑色の、肌なのかウロコなのかで腕や足はびっしりと覆われていた。濡れた髪はずるずると長く、頭の上には丸い皿が乗っているようだった。背中には大きな亀の甲羅を背負い、ぎょろりと飛び出したような目玉は黄色く濁っていて、まるで生気と言うものを感じられない。水が濁り腐ったような、鼻をつまみたくなるような悪臭も漂う。
 カラ松は吐き気を覚えたが、すぐにそれがトド松を襲った輩だと気づく。

「お前が元凶だな! トド松を元に戻せ!!」

 恐れを捨てて、カラ松は突進した。茂みの中でもつれあい、取っ組み合いになれば、その力にカラ松は驚く。
 背丈からすれば子どものようなのだが、腕も足もぬるぬると濡れて、ぶよぶよと膨れた肌は嫌悪感が浮かぶ。冷えきった水死体を相手にしているような、言いようのない恐怖に襲われる。だが、心を奮い立たせてカラ松はそれの上に馬乗りになり、殴りつけようとした瞬間、ぐるりと反転させられ、ずぶりと腕が食い込んだ。

「ぐおぉっっ!!」

 のた打ち回りたくなるような痛みが、カラ松に襲いかかる。
 身体の中から何かが抜き取られる感触と共に、青く輝く玉のようなものが手のひらに乗っていた。

「ま、ま、て……」

 ふにゃふにゃと、身体にまったく力が入らない。
 なるほど、トド松もこれを抜き取られたのか、とカラ松は悟る。
 そして、相手が何者なのかにも気づく。

「あらら、こりゃほんとに本物の“河童”かよ」

 おそ松がのんきな声を上げ、最後の一口を飲み込んだ。

 5.

「お、おそ松……?」

 ぐらぐらと揺れる頭で、カラ松が何とかおそ松の方へと手を伸ばそうとする。
 缶ビールを飲みきり、ほんのりと赤い顔でおそ松はカラ松を襲ったばかりの緑色の不気味な存在へ声を掛けた。

「なあ河童、俺の弟を二人も、よくも可愛がってくれたよなあ? んで、お前が手に持ってるそれが尻子玉ってやつ? そいつを奪い返せば、めでたしめでたしってので、合ってる? 合ってる、よなあ!」

 ぶん、と回し蹴りをおそ松は食らわせようとする。
 ぐらり、と身体を傾け河童はそれをかわすも、その背後から黄色い影が迫っていた。

「ねえねえ君、本当に本物の河童!? かっ○っぱー、かっぱっ○ー、ちょーっといいきもちー!って、あの歌、歌える??」

 バットを持った人間とは思えないスピードで迫ってくる十四松に、逃げ道を奪われて河童はバーベキューを広げていたはずの、開けた土の場所まで追い込まれた。
 すでに道具は片づけられ、簡易的ではあるがそこには“あるもの”が出来上がっていた。

「さあ——お前の大好きな遊びを始めようぜ?」

 しこを踏み、まわし姿じゃなくてごめんなあ、とおそ松が口だけで謝る。

「行司役も必要だよね?」

 チョロ松が土俵の中心からわずかにずれて立っていた。
 丸く円を描き、中央に二本の線を引いてそれは確かに土俵になっていた。
 文献で得た知識だが、とチョロ松がこの作戦を思いついたのはあつしからの一報を受けた後だった。河童から尻子玉を抜かれた人間は腑抜けになってしまう、河童は強力の(ごうりき)持ち主だが、大の相撲好きでもある、と言う事柄を合わせれば、きっと相手はこの作戦に乗ってくる。

「ピンクと青の他にも、赤と緑と紫に黄色もあるぜぇ? ほらほら、とっとと土俵に上がれよ、河童野郎!」

 おそ松の挑発に、河童はのこのこと土俵に上がる。
 行司役のチョロ松が、おそ松の口に一口ほどの丸く握った、おにぎりよりも小さな飯を放り込む。
 ごくん、と飲み込み、おそ松も腰を落とす。

「はっけよい、のこった!」

 がし、とまわしの代わりに腰をつかみ、河童とおそ松が四つに組む。河童の力もさることながら、おそ松もそう簡単にはやられない。

「おそ松兄さん、がんばれー!」

「……まあ、ほどほどにね」

 土俵の外では十四松と一松が声援を送っている。
 あつしはカラ松と河童が遭遇した時点で、十四松から「ふんぬっ!」と気絶させられ、車の中に運ばれていた。
 ずりずりと土の上で両者が押し合い、土俵際でおそ松が踏ん張るも、肝心なところで飲み過ぎた酒の影響からか、よろけてしまう。

「ああーっ!!」

 どさりと倒れ、土が付くとまたも河童がずぶりと腕を潜り込ませ、尻子玉を抜き出す。それは赤く輝く玉で、代わりにおそ松は白い煙を吐いたように白目を剥いていた。

「……文献じゃあ、神様の前にお供えしたご飯を食べたら、パワーアップして負けないってあったのになあ……ったく、クソ長男ときたら肝心なとこで決まらないんだから……」

 ぶつぶつと文句を言うチョロ松に、河童が次はお前か、と視線を向ける。

「はいはーい! ぼくがみんなの仇を打つよー!!」

「十四松……下がって……」

「ふえ?」

 意外にも、土俵に上がったのは六つ子一やる気と言ったものとは無縁の、四男の一松だった。
 気だるそうな様子はそのままに、いつも掛けているマスクを外し、便所サンダルを脱ぎ捨てて裸足となって土俵の土を踏む。

「もうめんどくさいからさあ、これで最後にしようよ? お前が勝ったら、残りのチョロ松兄さんと十四松の分も総取りで、おれが勝ったら、お前が今まで取った三人分をこっちに返すってことで、どう?」

 にたり、と笑う不気味な笑みは河童をも納得させ、いいだろう、と土俵の上でにらみ合う。

「はい両者とも、見合って見合って……」

 行司役のチョロ松が、神妙な面持ちで試合を見守る。

「せっかくの大勝負なんだからさあ……ちゃあんと、おじぎしないとじゃない? ほら、もっと深く頭を下げて……もっとだよ……」

 言われるまま、ぐぐぐ、と河童が一松にならって頭を下げる。頭の後ろまで見えてしまいそうな角度になると、土俵の上にばしゃんと水が落ちた。
 河童の皿から、水が流れ落ちてしまう。
 河童は慌てて、水を得ようと滝つぼに飛び込もうとするが——、

「——敵前逃亡ってのは、無しじゃない?」

 がばりと一松につかまり、既に戦意を喪失し力の源である水を失った河童は、土俵に倒れ伏した。
 それから、河童は十四松からペットボトルの水を皿に注いでもらい、約束通りピンクと青と赤い玉を返して、滝つぼの中へと泳いで消えて行ってしまった。
 赤い玉をチョロ松が複雑そうに受け取り、どこに戻せばいいのかを分かっているだけに、「……ごめん、やっぱり十四松お願い」と十四松に渡した。

「ぃよいしょー!」

 すぽーん、と景気のいい音と共に、びくりとおそ松が覚醒する。

「うおー! やべえ、死ぬかと思った!!」

 びっくりしたー!と、胸をなでおろすおそ松を確認し、青い玉もカラ松に戻さねばだったが、何故か一松が持っている。

「十四松、取ってこーい」

「あおーん!」

 何故か十四松も犬の恰好をして、ボール遊びに興じている。
 よーしよしよし、と一通りのコントを終えて、カラ松の尻子玉も元に戻された。
 残ったのはトド松のピンクの玉。
 それじゃあ戻りますか、と片づけを終えて、車で気絶していたあつしの元へと向かう。

「カッパさーん、ばいばーい! もう、いたずらしちゃ、だめだかんねー!」

 十四松がぶんぶんと滝に向かって手を振るも、返事はなかった。
 気絶しているあつしを助手席に寝かせ、カラ松が車を病院へと走らせる。

 6.

「……やだ、こないで……くるなって、うわあああああっっ!!!!」

 悲鳴を上げ、がばりと起き上がるとそこが家ではなく病院のベッドの上だと言うことにトド松は気づいた。
 ベッドの周りでは、五人の兄と友人のあつしが涙をこらえて自分を取り囲んでいる。

「あ、あれ、何で兄さんたちとあつし君が……? って、ボク、滝を見に行って……それで……」

 首をひねり、記憶を手繰り寄せる。
 滝つぼに落ちた帽子を取りに行こうとして、ぐいと緑色の不気味な腕に引きずり込まれ、水の中に落ちてそこから……。

 ぞわり、と全身に鳥肌が立つ。

 生きた心地がしなかった、とトド松は自分の身体を抱きしめた。

「まあまあ、無事でよかったな、トド松!」

 へへっ、と肩をばしんと叩いておそ松が笑う。

「そうだぞトッティ! 次からはこのオレも誘ってくれよ!?」

 ドヤ顔でキラキラ効果を発言させながらカラ松もおどけているのか慰めているのか、微妙な言葉を掛ける。

「ほんと……心配させないでよね、お前でも、居なくなったら一応心配するんだからさ」

 はあ、とため息をつくチョロ松の言葉に、「……ごめんなさい」とぽろりと返すとトド松の目からは涙が溢れた。
 ほっとして、生きて帰ってこれたことによる、緊張の糸が切れたのか。

「だ、大丈夫!? トド松君!!」

 おろおろと心配するあつしに、トド松はタオルを顔に当ててうんうんと何度も頷いた。

「……まあ、ほんと良かったよねぇ。河童から取り出した尻子玉を、意識半分のお前のアソコにああしてこうしてずっぷり突っ込んだ腕がここまで入るんだーってみんなでびっくりしながら奥の奥まで見られてたけど、無事に回復できて」

「は——はああああああ!?!?! 何それ!?! ってか、河童って何!?! ボクのアソコにずっぷりナニを突っ込んで奥の奥まで何見たって言うの!?! 何!?!?」

「やるなトッティ!!」

 一松の落とした爆弾発言に、大混乱するトド松を十四松がはやし立てる。
 『病院内ではお静かにお願いします!』と、看護師から怒鳴られるまで、あと数秒。

(終)

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