体育倉庫にいたもの

お題:体育館/くろひつじカラ松小説

 その日、松野カラ松は部活動の時間が終わってから、自主練で一人体育館に残っていた。
 もうすぐ強豪校との試合がある。バスケ部の主将としてはしっかり勝ちに行きたいし、何より怪我で遅れている身体の調整をしたかった。
 顧問の先生もそれを汲んでか、遅くまで残りたいカラ松に付き合ってくれていた。
 ダンダン、キュッキュッ、と一つのボールが跳ねる音と一人分の足音が、明るい体育館に静かに響いている。
 外はとっぷりと日も暮れて、窓の外から見える空は綺麗な紺色をしている。
 不意にガラガラと体育館の入り口が開く音がして、顧問の先生の声がした。
「おーい松野!」
「あ、先生」
「そろそろ上がろう。さすがにこれ以上は無理だ」
 入り口の方を見やれば、白いジャージ姿の顧問の先生が少し呆れた顔で立っている。
 時計はすでに午後8時を回っていた。
「そうですね」
「じゃあ、片付けて着替えて、鍵を掛けたら職員室に来いよ」
「分かりました」
 そう言って先生から鍵を受け取る。
 先生が体育館から出て行くのを見送って、
 ーーあと、一投だけ。
 スリーポイントラインに立って、ボールを持って構える。ゴールを睨みつけながら、手首のバネを使って投げた。
 ボールはオレンジ色のゴールの輪っかにガツンと鈍い音を立てて弾かれてしまった。
 カラ松は、はぁ、とため息をついて、床に跳ねて転がったボールを拾い、ダンダンとボールをつきながら体育倉庫へと向かった。
 どうしても遠い位置からゴールを決めるのが苦手だ。強すぎるとゴールの板に弾かれ、弱すぎると届かない。その微妙な加減がいまいち掴めない。
 ガララ…と鉄製の引戸を開けると、むわっと汗と土の混ざるようなザラザラした臭いがした。
 体育倉庫の中は薄暗かった。扉を開けて差し込んだ光に照らされて、とび箱やマットレス、バレーボールやバスケットボールがそれぞれはいった大きなカゴ、平均台なんかも少々乱雑に並んでいるのが見えた。壁側には卓球のラケットやボール、バドミントン用の羽などが入った箱が整頓されている。
 バスケットボール用のカゴは倉庫の奥の方にある。少々横着をして、電気も点けずにカラ松はボールを奥のカゴに向かって、スリーポイントシュートを狙うように放り投げた。
「あっ」
 しかし、ボールは無情にもガツンとカゴの縁に当たって、とび箱の向こう側へと跳んでいってしまった。
 この距離でも入らないなんて、今日はツイてないな。
 そう思いながら、カラ松は仕方なく薄暗い倉庫の中へと足を踏み入れる。入り口と窓から入る光もあるのでまぁ良いかと、灯りを点けずにボールを探す。
 とび箱の向こう側。そちらをひょいと覗くと、2つ並んだとび箱の、ちょうど谷間になる位置に、黒い丸いものを見つけた。
 ああ、あった。
 そう思い、対してよく見ずにひょいと持ち上げてからドキリとした。
 いつも触るゴムのザラザラとした感触とは程遠い、少し湿った柔らかい手触り。心なしか温かく、ぶよぶよしていて、手の甲にサラサラと髪のようなものが触れている。
 これは、ボールではない。
 じゃあ一体何を掴んでしまったのか?
 恐る恐る視線を手元へと向ける。
 窓からの灯りに照らされたそれは、まあるいカタチに目と鼻と口、そして髪の毛のある、人間の頭部だった。
「……ひっ!」
 声にならない悲鳴が出た。カラ松はソレをその辺りに放り出し、一目散に倉庫から飛び出す。
 そして、急いで倉庫の扉を閉めた。
 扉を背にして、はぁはぁと荒い呼吸をする。冷や汗がドッと噴き出した。
 恐る恐る両方の手のひらを見る。何もついてはいないが、あの生々しい感触はまだ残っている。
「あれは、一体……」
 見たものが信じられずにいると、今度は背中の方から、ドォンと大きな音がした。
 背後にあるのは、体育倉庫の、薄いけれど見るからに頑丈そうな鉄製の扉だ。
 その扉に向かって、体育倉庫の内側から、何かがぶつかったのだ。
 振り返りながら慌てて離れると、また扉の方からドォン、ドォン、と激しく何かのぶつかる音がした。
「な、なんなんだ?!」
 一体何が起こっているのか分からない。カラ松は目を離せず、音のする扉を少しずつ後ずさりながら見つめ続けた。
 音は次第に激しさを増していき、遂に鉄製の扉にボコッと丸いでっぱりが一つ、二つと浮き上がる。
 さすがにマズいと感じて、カラ松は意を決して扉に背を向けて走り出した。

 翌日、体育倉庫の扉が壊されていた、という話を聞かされた。
 前日遅くまで残っていた生徒がカラ松だけだったので疑われたが、学生一人で出来るような諸行ではないとして不問にされた。
 扉を新しいものに取り替えるその作業を見にいくと、少し古くて重たくて、頑丈な鉄製の扉はボコボコに凹み、くの字に折り曲がっていた。
 あの時逃げ出さなければ、自分もああなっていたのかもしれない。

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